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謎の転校生 (全7回・第1回)

●01)
 店は商店街のほぼ真ん中、ただし、細く長い階段をもぐらのように降りた地下にあった。ここならば多少騒いだところで外に迷惑をかけることはない。
 貸しきりの店内に集まった男女は皆私と同じ歳のはずだが、三十路近くなると老い方に差が出てくるのか、やけに老けている奴もいれば、まだ二十歳そこそこに見える奴もいる。平成元年生まれの私たちは、小学校を卒業して十七年。誰かが言いだして久々のクラス会が開かれた。前回がちょうど大学を卒業した二十二歳の時だったから、あれから五年が経つ。
「久しぶりね、龍也くん」
「え?」
 開会の前に早く来すぎた私は奥の席に座って用意されていた缶ビールをどの銘柄にしようか悩んでいるところだった。
「変わらないね、龍也くん。ビールを選ぶ横顔、あの頃とちっとも変わらないよ」
 どうせ飲むなら今の気分にあった美味いものが飲みたい。それは人として当然のことじゃないか。
 いや、それはともかくだ。
 親しげに話し掛けてくるこの女、誰だっけ? そもそも私はクラスの女子生徒とはほとんど話さず、男子とばかり遊んでいるいわゆる腕白坊主というタイプだった。
「ひょっとして、私がわからない?」
 本来ならここでさらっと答えを返したいところだが、残念なことに本当にわからない。思い出せないのは歳のせいではなく、男子としか遊ばなかった少年時代のせいだ。
「その……すまない」
 だから、素直に白状することにした。
 女性は、龍也くんらしいとケラケラと笑う。
「たしかに龍也くんって、男子とばかり遊んでたものね。コタとか」
「コタ……あ! ひょっとしてフミ?」
「あたり!」
 コタという名前で思い出した。コタは虎太郎の愛称で、小学生時代の悪友だ。そして虎太郎には幼馴染みの女子がいて、それがこのフミ、一ノ瀬文恵だった。
「すっかり見違えたよ」
「アラサーだもん、当然よ」
「いやいや、そうじゃなくて! フミの小学校の頃ってもっと引っ込み思案だったじゃないか。今は堂々として、いい意味で変わったよ」
「えへへ、ありがとう。ところでコタは、まだ来てないの?」
「まぁ、そうみたいだな。何事もなけりゃ、そのうち来るだろ」
「コタと連絡取り合ってないの?」
「ああ、とくには」
 私の答えに、文恵は大きなため息をつく。
「そういうところも変わってないのよね。そんなんだから、文通も続かないのよ」
 文恵は脈絡もなくそういう。
「文通?」
「そうよ、文通。途中でやめたでしょ?」
 何のことだろう。そもそもこの私が文通なんてするガラだろうか? そもそも文通なんて遠くの人と……ああ、思い出した!
「文通って……あいつのことか!」
「それも忘れてたの? あれって龍也くんが一番輝いてた頃じゃない!」
「一番って……その後の俺が鳴かず飛ばずみたいじゃないか!」
「じゃあ、今は飛んでるの?」
「そ、それはだな……だいたいコタも文通やめたじゃないか!」
「イヤイヤ、俺はタっちゃんより2ヶ月長く続いたから!」
 突然後ろからツッコまれた。その声に驚いて振り返ると、そこにはやけに男らしくなった虎太郎が立っていた。こうして顔を合わせるのも何年ぶりだろうか?
「おお、コタじゃないか!」
「タっちゃん、フミ、久しぶり」
「私には久しぶりじゃないでしょ? 昨日もコンビニで会ったじゃない」
「自宅暮らし同士ってのはこれだから……」
 やれやれと言わんばかりのゼスチャーをする虎太郎は、小学校の頃から変わってない。こいつは小学校時代からどこかニヒルだった。むしろ歳を経た今はそのニヒルさが板についている。虎太郎はテーブルを回り込み、文恵の隣の席に座る。
「いま、あいつのこと話してた?」
「まぁな」
「懐かしいねぇ、あの一件……」
 虎太郎は時を超えて顔を見るように目を細め、しみじみとそう言った。虎太郎に言われるまでもない。私だってそう思う。あれは私の小学校時代の大切な一ページだ。


●02)
 それは小学校四年生の頃。クラス替えで新しいクラスメートと友達になった五月も中旬のことだ。ゴールデンウィークの連休が終わり、やっと勉強に集中できる……なんてのは大人の言い分。子供たちにとっては連休が終わり、別の楽しいことがほしくなる時期だ。そんなときに、私たちのクラスに一人の転校生がやってきた。
「夏木遼です。リョウって呼んでください」
 そいつは名前も顔も格好良かった。その転校生がクラスに入ってきただけで、女子生徒たちが黄色い声をあげたくらいだ。
 こういう転校生はまずはクラスの一番の人気者になる。それは転校生という珍しいもののためだ。
 休み時間になるたびに転校生に周りには人だかりができる。私にはそれが妬ましくもあり、またほかの生徒に交じって転校生に群がるのは負けな気がした。特に……いや、なんでもない。
 とにかく私と虎太郎は彼と彼に群れる、特に女子生徒を見下すように、その実は強がりで眺めていた。こうしてみていると中でも委員長の桜川麗子の張り切りようはわかり易いほどだ。よほど優秀さをアピールしたいらしい。……クソ。
「タっちゃん、行かなくていいの?」
「コタこそ、いいのかよ?」
そしてどちらからともなく、苦笑いをする。
「何か、違うんだよなぁ……」
「……わかる」
 単純に見栄だけで、私たちはその様子を眺める。本当に子供の思考だ。でも大人ぶりたいそんな気持ちは解ってもらえるだろう。
 こうして私たちと夏木遼との出会いは壁が残った状態で始まることになった。とはいっても、その壁は私たちが一方的に作ったものだったが。だがこの壁のせいであんなことが起こったとも言える。

 十日もすると転校生はすっかりクラスに馴染んでいた。こいつは勉強も出来たし、顔もいい。何より大人びた仕草が女子だけでなく男子にも人気だった。すべてがガキっぽかった私とは真逆なタイプだ。まるで水と油。そのせいで私は彼に苦手意識を感じ、いまだに話しかけることが出来ずにいた。まぁ、理由はそれだけじゃないが。
 当時の私は勝手にライバル心を燃やしていたが、張り合えるのは体育くらいであとは惨敗。大きく負け越しているのは明らかだ。たぶん転校生は私のことなどまったく気にかけていない。
「夏木君、まだ何か分からないことはない?」
「大丈夫だよ、委員長。おかげでこの学校のこと、よく分かったから」
「そう? また何かあったらいつでも聞いてね?」
 相変わらず委員長は転校生にべったりだ。美形の転校生と美少女の委員長。二人が並ぶと絵になった。私はそれを苦々しく見つめる。そう、これが私が転校生をライバル視する理由だ。当時の私は自分の身の程をわきまえず、クラス一の美少女である委員長の桜川麗子に淡いあこがれを持っていた。
 どこが好きと聞かれれば、格好良いから、綺麗だから程度の理由しかない。
 今にしてみれば本当の恋愛感情とはほど遠いと思うが、小学生男子の恋心なんてこんな物だ。漫画やアニメのヒロインに惚れるようなもの。クラス一の美女に格好良いところを見せたいと言うだけだ。
 まぁ、結果はごらんの通り。はじめから勝負になどなってやいない。

「……ん?」
 勝手に敗北感を感じて、何とか一矢報いたくて、どこかに付け入る隙きが無いものかと、私は暇さえあれば彼を観察していた。そしてあることに気づいた。
「……ふぅ……」
 誰も見ていないとき、彼はよくため息をつく。別に一人の時とは限らない。みんなに囲まれていてさえ、誰も見ていないわずかな隙間に彼はあの表情でため息をつく。それは何か無理をしているとき特有のものだ。たとえば、そう、嘘をついているときのような、相手を騙しているときの心苦しさの表情だ。
「アイツ、何かを隠してる?」
 思い込みとは恐ろしいもので、当時の私は彼が何か大きな秘密を隠しているのだと決めつけた。彼は突如このクラスに現れ、素性を知られないままクラスに溶け込み、秘密の任務をこなそうとしている謎の少年……まるで漫画の世界だが、転校生という非日常の存在ゆえにその空想がありえなくはないものとして、私の想像力を刺激した。思えば私は小さい頃からごっこ遊びが好きだった。それは非日常の存在への憧れの現れだ。そして転校生の秘密を暴けば、委員長はきっと自分を見直すにちがいない!
「あいつには、絶対に何かある」
 私はその考えを休み時間に虎太郎に話してみた。
「……それ、マジか?」
「証拠はないよ。だけど、何かクサイんだよなぁ」
「ふぅん……」
 転校生を眺める。相変わらず彼の周囲には数人の女子生徒が集まり、人気者ぶりを発揮している。
「でも、確かに何かあるかもな」
 突然虎太郎がそう言う。
「夏木ってさ、学校ではみんなと仲良くしてるけど、放課後に一緒に遊んだことがある奴、いないらしいぜ?」
「うそ!? 家に行ったことある奴、いないの? あいつが来てから、もう一週間以上経ってるじゃん?」
「そうみたいだぜ。なんか隠してるみたいっていう、タっちゃんの推理、当たってるかも」
 虎太郎に背中を押されたようで、私は心強くなった。そうなると次に沸いてくるのは、事実を確認したいと言う衝動だ。
「コタって、今日の放課後、何か用事ある?」
「ないよ。……タっちゃんってば、やる気?」
 どうやら虎太郎も私の意図に気づいたようだ。
「ああ、アイツを付けてみよう」

《つづく》

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葉月 陽
ゲーム業界に身を置いたのは、はるか昔…… ファミコンやゲームボーイのタイトルにも携わりました。 デジタルガジェット好きで、趣味で小説などを書いています。 よろしければ暇つぶしにでもご覧ください。