ぐじぐじ卵とテールスープ。
男子厨房に入らずという言葉は我が家には存在しない。
しかも何故かうちはほとんど毎日料理を作ってくれた母のお袋の味ではなく、日曜シェフであった父の味、親父の味の方が強く印象に残っている。
父は朝ごはんを作りながら「昼はなん食べるや?」という食いしん坊で、私が子どもの頃から日曜日の食事は父が作っていた。
高級料亭から街角のちゃんぽんやまであちこちで食べ歩きをしていたので料理の素材を選ぶのも作るのも上手で、ステーキでも豚カツでも火の通し具合が絶妙でどれを食べても美味しかった。
日頃は仕事や接待などで朝から夜遅くまで家にはいなかったので、日曜日は料理をするのが楽しみだったようだ。
朝は炊きたての白ご飯に辛子明太子とおきゅうと甘鯛やカレイの一夜干し。それに季節の美味しいものが加わって賑やかな食卓だ。
例えば夏は子供達がおつかいで近くのお豆腐屋にいき出来たてを買ってきた冷奴だったりする。
鰹節と生姜をのせてお醤油をかけて食べるお豆腐は自分で買ってきたという気持ちもあって余計に美味しかった。
それにぐじぐじ卵はかかせない。
ぐじぐじ卵というのは父のオリジナルで卵とちりめんじゃこを混ぜて醤油と味の素で味をつけて卵焼き器で薄く焼いた卵料理だ。
材料がシンプルなだけに焼き方にコツがありとろりとしてなんとも言えない美味しさ。
これはごはんにのせていただく。
ごはんにのせるで思い出したけれど、白菜のお漬物にちょっと醤油をたらしてごはんの上にのせくるりと巻いて食べる「どうどうごはん」も懐かしい。
父も母も亡くなってもうそんな時間を過ごすことがなくなってしまったけれど美味しい思い出はいっぱいだ。
冷凍庫をあけると目の前に丸々一匹の鴨がはいっていてびっくりしたり、父の晩酌の定番ウネを横から奪ったのも懐かしい。
特に何日もかけてことこと煮込んだ父の作るテールスープは絶品だった。
数日前から冷蔵庫に入っているので早く食べたくて出来上がりの日にちを聞き、いよいよそれをいただく時のわくわく感は今も忘れられない。
兄弟が多いので当時は勿論こんなに大きな塊は入っていなかったけれど丁寧にあくや脂を取り除いて作られた澄んだスープは美しく、またテールから旨味が溶け出した滋味溢れるスープはかなり美味しくて私たち家族をいつも笑顔にした。
時折焼肉を食べに行くと卵スープやわかめスープと並んでテールスープがある時があり、それをつい頼んでしまうのは、やはり父や家族との思い出があるからだと思う。
ただ出てくるスープの味はさまざまで、今まで食べた中で父と同じ味だったのは1度のみ。
ああ、もう一度父の作ったあの濃密な味わいのテールスープや日曜日定番のぐじぐじ卵を、両親と一緒に食べられたらどんなにか幸せだろう。
そして時々昼ごはんを作りながら夜は何を作ろうかと思う私は、やはり父の遺伝子をしっかりと受け継いでいるらしい。
さて、今夜は何を作ろうか。