それっぽいこと言ってしまったり
前期に倫理を勉強していたが、テーマ抽象的だけど内容がとにかく深かった。
その中の一つ。
よくありがちな「空気」や「同調圧力」
これらが生まれる要因には、
多くの人が、同じ価値観で同じ行動しなければその環境で「上手くやっていく」ことが難しくなる、
と思ってしまいがちであることだと思う。
互いに理解し合えているようにも感じるし、
なにより事が上手く流れていく。
ゆえに、最も安全な選択とも言える。
ただ、そこに、物事の本質を一人ひとりが見つめる、その時々に応じた判断や行動が果たしてあるのだろうか。
世の中に生きにくさを感じている人が増えているのには、
現代は、多様性の社会と言いながらも、上記にあるような空気感が余分にも溢れてしまっているからなのかもしれない。
幼い頃から、周りの人と上手くやっていく方法は十分身についても、
個性や自分らしさ、各々の価値観を大切にすることに難しさを感じながら歳を重ねていく人が多いというのは、なんだか、悔しいなあと感じたり。
というのも、自分は数年前まで、自分がどう感じ、考え、どうしたいのかが分からない、
「自分」を持たない人間だった。
もちろん、そのことに気づいてすらいなかった。
歳を重ねて、関わる人の変化とともに、
自分と向き合い、深い部分で自分はどう在りたいか考えるようになったとき、
自分の変化とかつての自分の薄っぺらさに気づく。
と同時に、孤独も感じた。
それは、哀しいものではなく、
腑に落ちたような感覚だった。
人はそもそも、それぞれが自分の道を生きていくべきであり、結局のところそれが現実だと思う。
そこに孤独は付き物だ。
孤独と向き合いながらも、自分で感じて、考えて、判断したり、行動するなかで、
ようやく深く分かり合える人間関係や生きる環境に出会うことができるのでは。
というか、誰にとってもそうであってほしいと思うのです。