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健康生成論と患者主体性に関する考察

今日、家庭医療学における健康生成論(Salutogenesis)と患者主体性について深く考える機会がありました。

外来診療は往々にして「病気を見つけて治す」という病因論(Pathogenesis)的アプローチに終始しがちですが、それだけでは不十分なのではないかという思いが強くなっています。

健康とは単に「疾患がない状態」ではありません。健康と疾患は共存し得るものであり、健康とはむしろ日常生活を支えるリソースであり、ウェルビーイングの状態と言えるでしょう。

アントノフスキーの健康生成論によれば、健康の要素を左右するのは「首尾一貫感覚(SOC: Sense of Coherence)」であり、これは把握可能感、処理可能感、有意味感から構成されます。

そして各種ストレスに対処するための「汎抵抗資源」が、人生経験の質を高め、SOCを形成していくのです。患者さんの健康問題に取り組む際には、医師による客観的な強みの評価と、患者さん自身が考える主観的な健康リソースの探索という二つのアプローチが重要です。

「あなたの強みは何だと思いますか?」などと尋ねることで、患者さん自身も気づいていなかったパーソナルヘルスリソースが見えてくることがあります。

プライマリケアの価値は、疾患の治療や予防だけでなく、健康そのものへのアプローチにこそあると感じています。

また、ドゥリックの理論に基づく「身体化された主体」という視点も興味深いものでした。

患者主体は「一貫性」と「エンゲージメント」から成り立っており、一貫性は欲望・欲求、記憶、好奇心、想像力という4要素で構成されます。

一方、エンゲージメントとは自分がつながっている世界に意味を見出すことです。

臨床現場でFIFE(感情、考え、機能、期待)モデルが十分に活かされない状況は、こうした患者の主体性へのアプローチが欠けているからかもしれません。

例えば、糖尿病患者さんが治療法を守らない場合、単に「不遵守」と捉えるのではなく、その行動に隠された一貫性を見る必要があります。毎朝の散歩を欠かさない患者さんの場合、それは単なる運動習慣ではなく、近所の方との挨拶を交わす社会的つながりの場であり、自己の一貫性を保つ重要な行為かもしれません。また、治療上は「不適切」とされる食習慣でも、家族との食事の時間を大切にする価値観や、祖母から受け継いだ料理を作る行為に意味を見出している可能性があります。

こうした一見医療的に「意味がない」と思われる行動の背後にある一貫性やエンゲージメントを理解することが、真の患者中心のケアにつながるのです。

これからの診療では、病気だけを見るのではなく、その人全体を見る。そして単に疾患がない状態を目指すのではなく、たとえ病気があっても、その人らしく生きられる健康状態を一緒に作っていくことが大切だと思います。

患者さんの強みを活かしながら、ともに健康を生成していくプロセスを大切にしていきたいと思います。


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