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【遅咲き桜の蕾が開く時】第五話 絶望感

第五話 絶望感


36歳なんて結婚して子供がいて自分の家庭を築いてもおかしくない歳なのに、私は何をしているんだろう。
世間一般の人達の考えや言葉が桜の胸を突き刺す。


他人と親密になる事を避けて生きてきた桜にとって、リョウとの出来事は人生における一大事になってしまった。
何もできない無気力感に襲われると、また鬱を再発したのかと不安になる。



でも、こんな事を母に知られるのは怖い。
自分をなんとか振い立たせて、会社を休んで有給を使ったのは2日だけにした。


出社すると田村がいの一番に桜に声をかけた。


「休むの珍しいね。体調良くなった?」


「は、はい。大丈夫です。
 ご迷惑おかけしました。」


「風邪流行ってるらしいね。無理せずに。」



優しさが胸に染みる。
桜は壊れてしまいそうで、自分の思いをノートに書き殴った。


『自分は何をしているんだろう。 
 大学の時とまた同じ事を繰り返した気がする。
 思えば風香は私の事を気にかけてくれてたのに
 自分から関係を絶ってしまった。
 自分に興味を持ってくれた男性から声を
 かけられると断れない。

 恋愛の仕方も、人間関係の構築もわからない。

 こんな時相談できる友達もいない。

 何よりも母親の目を気にする自分がいる。
 きっと私のこの心を縛っているのは
 母親かもしれない。


 勉強ばかりして、
 それがみんなの望む事だと思って生きてきた。
 いつしか周りも誘ってもこないと、
 休日に遊ぶ友達もいなくなった。
 私は真面目に頑張ってきただけだったのに
 何がいけなかったのだろう。


 「お母さん。私、好きでもない人と寝たの。
  そして自分が傷ついてるの。

  どうやって人を愛すの?
  どうやってみんな結婚相手を見つけるの?」


 こう思っている事を母親にぶつけられたら
 どんなに楽だろう。
 好きでもない相手のはずなのに、
 関係を絶ってしまうと必要とされなかった
 みたいで寂しさが
 込み上げる。
 これが相手の思う壺というやつなのか。

 リョウの事はそんな悪い子には見えなかった。
 2人で過ごした時の可愛らしい
 人柄が垣間見える行動を時折思い出す。
 けれど……。

 私は空っぽだ。
 だから良いように言いよる男に
 利用されるのだろうか。
 どうやってみんな人間関係を築くの?


 みんなは母親の目が気にならないの?
 きっと思った事を言うと私は嫌われて
 捨てられてしまう。
 そうやって子供の頃から生きてきた。』



男性に対しての感情なのか。
母親に対しての感情なのか。
桜は混乱したまま毎日を過ごしていた。


このままじゃいけない。
いつもと違う態度を母にバレてもいけない。


休日、籠ってばかりだと動けなくなる気がして、気分転換に街に出ることにした。
しかし地方都市だと、街の中心部の範囲はとても小さく、遊べる場所はいつも見慣れた所ばかりになってしまう。

リョウと初めて待ち合わせした地下鉄の駅、一緒に行った映画館、食事したレストラン…
それまで1人で行動していた場所が、相手がいた事によって思い出となり全て目に飛び込んでくる。


「たった数ヶ月の出来事なのに…」


思わず立ち止まって呟く。


本名なのかも確信できない相手と過ごした淡い時間。
なのに心にしっかり残ってしまった。

飲み屋街に進む道を歩いていくのに従って、カップルが多くなってきた。

今ならわかる。
この中で付き合っている『ホンモノ』のカップルはどのくらいいるのだろう?
桜とリョウも周りから見たら付き合っているように見えたのだろうか?
でもよく見て見たら釣り合わない服装や年齢のカップルがごまんといる。
みんな何を求めて相手といるのだろう。


寂しさを埋める為?

お金の為?

リョウと出会わなければ考えもしなかった、カップルの存在のあり方。


慌ただしい日曜の商業施設をゆっくり歩き、時にはベンチに座りながら、通り過ぎる人達の波を陽が落ち始めて薄暗くなるまで眺めていた。



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