『No Surrender』epiosode.3 『craving for passion』

蝉の声が乾いた空を引き裂き、太陽が川の水を吸い上げるほどの灼熱を持て余していた昼は疾(と)うに過ぎた。

俺はいつものように仲間と街を彷徨い、
"何か"を求めていた。

川遊びに疲れ果て、無言で自転車を走らせていると、ふと街角に佇む酒屋にたどり着いた。

そこは、賑わいの衰えた酒屋で、人気(ひとけ)もなく、虚しく過ぎ去る風に身を任せたくなるほどに閑散としていた。

そんな秘境の地には、いくつかのガシャポンがあった。よくあるアニメのフィギュアや流行りのカードが立ち並ぶ。

寂(さび)れた風景の片隅で、俺は不意に目を光らせた。

名前はうろ覚えだが、〇〇ハーツというアクセサリーのガシャポンだった。当時は気が付かなかったが、完全にクロムハーツのオマージュである。素材にシルバーは使われていないが、小学生の俺には随分魅力的だった。

その数年前、ジャニーズのKAT-TUNが『Real Face』でデビューした。彼等はみんな、痺れるほどにカッコ良く、誰も彼もが夢中になっていた。

彼らの歌にも嵌(はま)っていたが、圧巻のスタイルにも引き込まれた。ギラギラしたお兄さんというイメージと、アクセサリーを手懐ける様がカッコよくて、微かに、俺の中での理想系を形創っていた。

その甲斐もあってか、アクセサリーに興味を示すのが早かったのだろう。自販機で缶ジュースを買い、渇いた喉を潤す仲間たちの輪を外れて、アクセサリーのガシャポンの前に立った。ありったけの金を注ぎ込んだ結果、十字架のネックレスとリングとブレスレットの一式が手に入った。

それらをすぐに装着し、舞い上がった。

黄昏の夕陽が静かに移ろいゆく間、掌中(しょうちゅう)にあるアクセサリーたちの美しさに酔いしれていた。

なにか、特別な気分になれた。
装着するという行為に対する高揚感を噛み締め、眩(まばゆ)く光る手元を見ては、口元が緩んでいた。

仲間たちの談笑に耳を傾けることもなく、1人静かに、その時を楽しんだ。

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それからしばらくの時が経って、
俺たちの行動範囲は広がった。

わずかばかりの金を握りしめ、俺たちは楽園に向かって走った。車のクラクションに威嚇され、風の猛威に立ち向かいながらも、パラダイスを目指した。

小学校高学年になってからは、自転車を漕いで30分ほど先にあるショッピングモールに足を運ぶことが多くなったのだ。

"純粋な楽しさ"への渇望は尽きず、欲望は膨れ上がる一方で。

少しだけ悪さをして手に入れた金は、すぐにゲームセンターへと飲み込まれていった。

金も吸い取られ、行く宛のない俺たちは巨大なショッピングセンター内を徘徊した。

俺たちは、行き交う人々の姿に圧倒されることはなかった。だが、我が物顔で道を進んで行った先には、か弱き俺たちにとっての脅威があった。

薄暗い店内に張り巡らされたギラギラの装飾類。刺々しい外見の青年たち。こちらを睨みつけている。朗(ほが)らかなモールには、明らかに場違いな店だった。

異様とも言えるその佇まいは、ケラケラ笑う妖怪のようにどこか底気味悪く、今にも、魑魅魍魎の世界へと吸い込まれてしまいそうになるほどだった。

心が脆く崩された気がした俺たちは、踵(きびす)を返して、その場を去った。

街の小さな支配者を気取っていた俺たちにとって、あの場所は核の違いを見せつけられるには絶好の場所となったのだ。

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中学生の俺は、小学生の頃よりかは幾分かまともになっていた。呼び出されて叱られることはあるが、非行には走っていない。部活や勉強に縛られていた生活の中に嫌気がさしていたが、部活動は俺にとって絶対に逆らえない存在だった。強制的に突き動かされるだけの退屈な毎日の一片で、わずかばかりの休息を取ることが楽しみだった。

そんな折、友達とよく足を運んでいた行きつけの漫画喫茶で、あるファッション雑誌と出会った。

煌びやかな服装に身を包む華やかなお兄さんたちが掲載されている『MEN'S KNUCLE/メンズナックル 』という雑誌。

奇抜な格好でとんがりブーツ、長い襟足にジャラジャラなアクセサリーを見に纏ったお兄さんたちが、自身の生き様を見せつけるように着飾っていた。

それはまるでKAT-TUNのような豪華さ。

KAT-TUNは当時、お兄系と呼ばれる立ち位置にいた。

令和の今では廃れているお兄系だが、俺が中学生の時はまだまだ勢いがあり、お兄系こそが街の主役を気取っていた。

お兄系ほど人気はないが、オラオラ系のファッションも流行っていた。

当時、理想の人物は元KAT-TUNの赤西仁(さん)だった。苦笑いを浮かべ、クールでミステリアスなロングヘア姿が格好良かった。大人たちから短髪を強要されていた俺は、ロングヘアに強い憧れを抱いていたのだ。

だからメンズナックルはドンピシャだった。令和に入る少し前から爽やかさを取り入れていたメンズナックル だが、当時はガッツリギラギラだった。爽やかさはなく、どちらかといえばロック調のファッションが流行っていて、それが俺の心を鷲掴みにした。

それからというもの、俺はファッションに興味を示すようになった。イオンや近所の服屋に行って服を見ることが楽しく、ギラギラのシルバーが並んでいるのを見ることが楽しくて堪らなかった。

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シルバーには、魔除けという概念が存在するらしい。強い輝きから放たれる光が、あらゆる邪念を跳ね返してくれるというのだ。

俺は、もしかしたらシルバーが持つ本来の意味に惹かれていたのかもしれない。見た目の豪華さや煌びやかさに目を奪われていたものだと信じていたが、幼き頃に背負った"人間への尽きない憎悪"をずっと感じていたからこそ、表面の形よりもっと、深い部分に心惹かれていたのかもしれない。

綺麗な世界だけを求めて歩き続けたい俺だからこそ、シルバーは汚いもの全てを遠ざけるためのアイテムだったのだ。

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行きつけのカラオケ屋では日頃のストレスを発散していた。当時はKAT-TUNやBon Joviなど、どちらかと言うと明るいロック調の曲を好んで歌っていた。喉が枯れるくらいにひたすら叫んでいた。部活動でも大声を張り上げているのに、カラオケでも喉が張り裂けるほどに叫び倒していた。

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全てはどん底への布石だったのだ。
数年後の俺は絶望と戦っていた。

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脳裏に媚びついた劣等感が、敗北の名に刻まれた魂の声が、暗い空の下で再び舞い上がる。俺は怯え狂っている。突如くる"あいつ"が恐ろしい。何もかもが嫌いだ。夢も希望もなく、足掻くだけの気力も失った。汚れた世界でニヒル笑いを浮かべる肉の塊を全て壊したい。俺を憐れみの目で見るな。全ての捩(ねじ)れた顔面を引き裂きたい。お前らになにがわかる。寄り添う心にも楯突いて俺は孤独に長い暗闇を歩き続けた。何度目かの孤立に心が腐り、人間への嫌悪感は止まることを知らず、俺は神経を常に尖らせていた。道端ですれ違う奴らも隣に座った奴らも、目の前で喋っている奴らも、全部悪魔だ。その目が憎かった。

怒りが心を焼き尽くす。俺は失望した。

闇の中を彷徨い続ける俺は、いつになれば全ての悪夢を片付けられるだろうか。
絶望の迷路は、雪山の寒い夜を思い浮かべることでなんとか凌いでいた。

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