緑豊かな懐かしい異郷
「お前達は頭が良いから、机の前に座ってるだけで稼げるだろう」
盆に帰省して、父方の叔父にそう言われた。
私も妹も曖昧に笑って、それから「そんなに楽じゃないよ」と返した。
父の実家は農家である。
姉一人、兄三人、そうして父の五人兄弟。
一番上の姉は他所に嫁に行って、長男の叔父が家を継いだ。
叔父は勉強したかったらしいが、祖父がそれを許さず、高校に行けなかった、とは聞いた。
「お前達は頭が良いから」
折に触れて彼はそう言う。
果ては学者か、医者か。
盆と正月に集まる度にそう言われていた。
そう言われる度に、ざらざらとしたものを感じていた。
頭が良いから。体を動かす仕事ではないから。
そこにあるのは相互不理解だろう。
私も農業の大変さは知らない。叔父が、会社で働くことに付随する億劫なあれこれを知らないように。
私も、農家の長男の大変さを知らない。叔父が、『女の一人暮らし』の大変さを知らないように。
知らない部分があるのは、別にいい。
でも、知らないものがあるなら口を出さないでいてほしい。
父方の親戚は、得意ではない。
田舎特有のくちさがのなさと距離感で、遠慮なく踏み込んでくる。
父も母も、「そういう人だから」と曖昧に笑う。
親戚であろうがなんだろうが、人として踏み込まない領分はあると思う。
妹は「田舎の人にそれを期待するだけ無駄」と言う。言い分としては彼女に理があるが、不快なものは不快である。
「こんだけ天気が続くと大変でしょう」
そんな風に話を変えた。
話題は転がって彼等の息子、叔母の姉の孫、そんな方面に広がった。
田舎特有の近すぎる親密さで、『親戚がどこで、なにをしているか』は筒抜ける。
盆と正月の度に、耳にしていた噂話。
私には醜悪に見えるそれは、けど、その地域で生きている人達に取ってのコミュニケーションだ。
転職して、地元を離れた。
離れる前から感じていた『居心地の悪さ』は、こうして帰省すると余計に強くなる。
地域で一番頭のいい高校を出た。
女一人の東京暮らしで、デスクワーク。
そんな、私に紐付く情報が、どこまで広がっているか分からない。
そうしてそれを元に、また、好き勝手に言われるのだろう。
沢山のものに制限をかけたコロナウイルスは、けど、親戚回りをしなくて良いことだけは楽だったな、と思った。
見慣れた光景の田舎は、今ではもう、違和感を覚える異郷になってしまった。
多分、それだけの話なのだろう。
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