色
彼が彼女を見ていた。
彼女は彼を見ていた。
彼は、彼の目から見た彼女が、確かにそこに在る彼女自身の全てであることを証明したかった。ベタの尾びれの気配を持った、あの髪の流れが、花の侘しい佇まい有るその目が、確かに在ることをただ見ようとした。
彼はそれを成し遂げる為に、彼の視界に混ざるひとすくいの彼自身を、どうにか振りほどこうとするも、それは取り除きようのないものだった。
彼女は彼の中にある、彼女に酷似したあれやそれを彼女の中のそれと同一のものであることを証明したかった。その青銅色の憂鬱に、軽やかな沈黙を密かに共有する、恋情。その全てが自身のそれらと完全に同一であることを、寸分の狂いなくそうあることを、見極めようとした。
それは、彼女と彼にある、どうしようもない皮膚という隔たりに阻まれ、ついに完遂されることは無かった。
彼らはただ見ようとした。それは成し遂げられない事だった。
ただ、視線を交えることでさえも、彼らには不可能であった。
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