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路上、猫は肉塊になる

とても良い夜。
濃霧で空気もアスファルトもじっとりと湿っていて、お陰で車の周りは外の何もかもから遮断されている。昨日磨いた古いベルエアの車体が、街頭に照らされて、ライトブルーの車体は心地よい加減できらめいている。

おまけにタイヤの下に、愛しい彼の頭がある。

とても良い夜よ、少なくとも私にとっては、間違いなく最高の夜。

小さな口論から、縋るように謝罪を繰り返す彼は、謝罪すべき本質を見失なって、唯ひたすらに哀願を繰り返すばかりだった。だからといって別段、憎いわけでは無かった、唯、何となく愛おしい彼の情けなく泣きじゃくる様を見て、轢きたいと思っただけだった。

だから、それを、何の躊躇いもなく遂行した。それだけの事。

彼の美しい顔は、不様に赤く裂けていた。
開けっ放しの運転席の窓の下から、膝を抱える様に丸くなっている彼の胴体が見える。

タイヤの下から絶え間なく、潰れた頭で、謝罪と愛を繰り返す彼。
それが子守唄の様に心地よく聞こえて、私は取り敢えずゴロワーズに火をつけ、一口二口と煙を飲んだ。

もう少ししたら、アクセルを踏んで、彼の頭を解放してやろう。そうして助手席に彼を座らせて、痛々しく裂けた唇にキスの一回ぐらいしてやろう。

あと少しだけ、彼の歌う子守唄を聴いてから。

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