見出し画像

細胞と色彩と

 彼女は淡い紫色の、冷たい呼気を吐いていた。
僕はどっちつかずの、群青の、ぬるい呼気を細細と
誰の目にも触れないように吐くしかない。

 僕の、言葉をなくした細胞達が、多色のガラスで作られた、淡く光るランプの色彩を持って、ぬるりと眼球を絡めとる。

 細胞が、見ている、細胞で、見て、いる。
何を?
 世界を。

 彼女の細胞達はクスクスと笑い、淡いピンクを湧き上がらせて、当たり前じゃない、と言った。
僕の極彩色の細胞達は羞恥心と何故か少しばかりの安堵を持って、僕の眼細胞達の裏に身を潜めてしまった。

 伽藍堂になった僕の四肢は、色彩を失い、そうして頭部に集まった細胞達は、困惑と頭皮の色で油膜の模様を作っていた。細胞が思考する、細胞が世界を見る、聞く、そして、他の何かの細胞を、僕を形成する夥しい量の細胞が、食す。

 当たり前のことじゃないか、常識としか言いようの無い現象であり、生命体として生きる上で、それが上手くできて然るべき、なのだ。
 しかし僕は、何故か、如何してかは分からないが、生まれながらにしてそれが上手く出来なかった。

 別に良いじゃない

 彼女の赤く光る細胞達が、歪になった僕の、くすんだ極彩色の細胞を見て言った。

 生き物だもの、得手不得手があって当然よ。 
 恥じる事はないわ。
 大事なのはちゃんと見て、
 ちゃんと感じて、
 そして自分にとって上手く出来ることを見極める  事よ。
 無論誰かに、誰の細胞に何を言われても気にする事ないわ。

 僕の細胞達が驚いて淡い黄色を吐き出した、そうして細胞達が眼細胞あたりから徐々に元いた場に戻っていく、細胞達は口々にそうだよな、だとか、両腕の細胞達はそういえば、僕達作ることが出来たよな、だとか、声帯の細胞は歌うこともできるぞ、だとか呟きながら。

 そうして最後に脳細胞が、僕は作る事も歌うこともそれについて思考する事も出来るけどね、と誇らしげに言った。

 僕の細胞の動きを見ていた彼女は、彼女の細胞達は満足そうに琥珀色を称えながら、微笑んでこちらを見ていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?