それは間違いなく救いの日々
ハムスターとかいう生き物ほんとにかわいすぎる。
前職、某デカめの駅ビル内テナントで販売のおしごとをしていた頃の5月末。
GWを乗り切ったものの疲れが癒えることもなく店の人間関係も終わり散らかしており、心身ともにもうダメかもしれん……となってふらりと立ち寄ったのが同ビル内のペットショップだった。
わたしはそこで運命と出会いました。
1ケージの中で数匹一緒に団子になっているちいさいいのちたちを眺めていると、ふと1つだけ小ぶりなケージの中に単体でおかれている真っ白なコに目がいった。
(後に理解したがたぶん狂暴すぎて他のコたちと隔離されたんだと思う)
勢い、というには冷静に必要なものを揃えるだけの理性はあったが、わたしはそのコをお迎えした。
1人暮らしもそこそこ長くなっていたが、初めてのペットだった。
姉妹LINEで名前を募集し、「たまご」と命名。命名っていい言葉だよね命の名前。
でもたまごちゃん、とか呼ばれたのは動物病院行ったときくらいで「ごっさん」だとか「ごつ」だとか「ごちゅ」だとか呼ばれることになる。誰?
ちいさないのちとの日々はわたしを大いに救ってくれた。このコのために生きようと思ったし、ふらふらと飲み歩くのをやめた。
食べさせるための新鮮な生野菜を絶やさず買って、一番新鮮でおいしいところをたまごさんにあげて、置いているうちにしなしなになってきた頃にわたしがいただいた。
たまごさんはキャベツを特に好んで食べた。
わからないことや不安なことはすぐに調べたり、病院に連れて行った。わたしの前ではケージをめちゃくちゃに噛むし、ケージを掃除した後は激怒してわたしの指に穴を空けるほどの戦闘系女子だったが病院の先生の前ではおとなしくなり、「すごくいいコだね~」とたびたびほめられた。誰?
そして受付で「〇〇(わたしの苗字)たまごちゃん~」と呼び出される。本当に誰?
しごとの出張が入り、当時は電車で30分ほどのところにあった実家にたまごさんを預けることになり、母親は当初「ハハ(うちの母親の一人称はハハ)は面倒見らんからね!」と言っていたもののあっというまに陥落されていた。
「ごつ~♡ばあばよ♡」とメロメロになっていた。完全に孫だと思っている。
出張関係なく母親からの要請で数日たまごさんだけ実家に滞在するとかいう謎の期間が数回あった。うちにいるときより実家にいるときのほうが規則正しい生活を送り、いいものを食べ、たまごさんはもちもちになった。
そんなある日、たまごさんの口元の少し下にピンク色の小さなハゲがあると連絡が来た。ケージ噛みまくるからハゲちゃったのかなあとのんきに思っていたが、ハゲはどんどん広がり、ピンク色の部分は少しずつ盛り上がってきた。
すぐさま実家に向かい、たまごさんを引き取り、翌朝病院に連れて行った。
腫瘍だった。
抗生物質のお薬を処方され、たまごさんはいいコなので素直にお薬を飲んだ。けれど腫瘍が小さくなることはなかった。
かかりつけの動物病院が、設備の整った別の動物病院を紹介してくれた。
手術だ。
ハムスターの身体はちいさい。とてもちいさい。
手術できる病院だって限られているし、麻酔だってとても難しいらしい。
でも、このまま腫瘍がただ大きくなって口の中まで腫れてしまってごはんが食べられなくなるたまごさんを見るのは嫌だった。
紹介された病院につれていき、手術を決めた。
手術の日、母親がついてきた。
麻酔の経過次第では当日中に帰れるかもしれないから、夕方また来てくださいねと言われ、母親と祈りながら昼間の時間を過ごした。
夕方、まだ麻酔がきいていて眠っているたまごさんはなんだかくたっとしていた。毛並みは湿っていて、ところどころ血がついていた。まだ帰れなさそうですねと言われ、そんな状態のたまごさんに別れを告げてわたしと母親は病院を後にした。
母親がついてきてくれてよかった。わたしは気が動転していて帰り道よくわからない方向へ歩こうとしていたらしい。
母親と別れ、帰宅後泣いた。まだ一緒にいたいよ。いつかお別れはくるものだってわかっているけど、まだ早いよ。まだおいていかないでよ。まだ。まだ。
翌日夕方、病院にお迎えに行くと、すっかり元気でごはんをモリモリ食べていてほっとしてまた泣きそうになってしまった。
手術の痕はどうしても引き攣れてしまい、今まで通りにごはんは食べられないから、やわらかくて食べやすいものをあげてくださいね、と説明される。
お口の下のハゲが痛々しかったけど、でも元気でまだ一緒にいられるなら、何だってするよと思った。
結局1か月くらいして腫瘍が再発してしまってお別れとなってしまったのだけど、それまでの間、恐るべき生命力を見せてくれた。
手術痕のハゲにはぱやぱやと毛も生えはじめ、毎晩元気に回し車の音を聞かせてくれた。
息を引き取る直前、どうにかあたためたくてだっこしていたわたしの手に、すり、と身を寄せてくれたあの瞬間のこと、ずっと忘れないよ。
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