週間手帖 三頁目
2021.08.29
間に合わなかった心もすべて夕立に流して、遠い昔へと追いやる。不器用は悪いことではないよ、と答えて一筋の光。償いは満たされない。
2021.08.30
あからさますぎるくらいに目を伏せて、知らないままでいようと思った。醜いものも美しいものも、知らなくていいと思った。最善と最良を与えることはたやすいけれど、そんなに簡単にハッピーエンドを飾られては困る、困るんだよ。何もかも手放して、来た道なんて全部忘れて帰れなくなってしまえ。点と点が繋がるまで、あと一歩。
2021.08.31
形に残るものよりも思い出に残るものを見つけにいこう。身の回りは最小限に、最低限のものだけを握りしめて。いつまでも、とかいつか、とか、そんなものはどうでも良くて。ただ今日も呼吸をしていることを知ることができれば、それだけで。あなたのやさしい目は少し揺れていた。
2021.09.01
密度のあるしなやかな睫毛を羨んでは喜びに浸る。しがらみから放たれて、心を緩める束の間のひと時。意識が沼に落ちていく様子を見つめながら、小さな温もりを重ね合わせて、食べかけの赤玉をひとつ摘まんだ。可愛い人は可愛いものを食べて生きていると聞いたことがあるけど、同じものを食べても君のようにはなれなさそう。だからいいんじゃん、ってけろりと笑って、なんて事のない朝を迎えるのさ。
2021.09.02
溢れ出たものを掬って、また溢れて、また掬って、それでも足りなくて。長い髪に隠れた熱っぽい眼が、肌を通り心臓を射抜く。この世はどこまでも罪深くて、どこまでも欲張りだ。溺れて溺れて、息苦しいくらいがちょうどいい。熱に浮かされた頭で罪を数えながら、今日もまた甘さを喰らう。
2021.09.03
遠く遠く、大きな歩幅に見合うように、線の細い身体を捻り上げて、高らかに歌う。大人にも子どもにも、天使にも悪魔にもなれるんだよ、と表情を転がして、飄々とした顔つきで愛を奪う。きっと泥だらけに汚れても、犠牲と血を浴びたとしても、君は美しいままなんだと思う。夢を通り越して、思考が追い付かないその先へ。光をあつめて、三千里。
2021.09.04
AM2:00、シカゴの雨、ヒールが折れた赤いパンプス、食べかけのサンドイッチ。チカチカと点滅するライトには、この世のすべてを爆破させる力はない。離れた家から漏れ出ているのか、うっすらと聴こえるジャズミュージックに酔いしれながら、瓶を地面に叩きつける。死人に口なし。這いつくばって生きる人を嘲笑うその人もまた、底辺を彷徨う運命にある。夜は毒だ、どこまでも一人なのだと突きつけられるから。さぁ名前を捨てて、今夜はどこへ行こうか。
2021.09.05
昨日の昼に路地裏で会った男は、死体の横で本を読むことが趣味らしい。美しいものには生を与えるんだ、とまるで興味のなさそうに言うもんだから、お前は神様になったつもりかと、赤いソレを振り払いながら馬鹿にしてみた。奴は怒りも喜びもせず、「そんなものがいなけりゃいいのにな」と小さく嘆いた。あぁ、間違いない。生命のかおりに包まれて、そこで味を占めようもんなら、永遠の不幸が待ち受けている。「お互い光が見えなければいいね」と何の得にもならない激励を送ったあとは、それぞれ迷子に戻るだけ。