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私を拒絶する老犬

1.川に落ちた老犬


2021年8月4日の朝、
切羽詰まった一本の電話。
「川に大きな犬が落ちてるが、引き揚げられない!」
現場に到着すると、
水に流されないよう必死に踏ん張る
大きな老犬の姿があった。

この川は、段々になっていて
あと少し後退すると
さらに深い川に落ちてしまう…
レスキューは、時間との戦いだった。
「流されるな!踏ん張れ!」

1人が川に降りて下から老犬を抱えあげ、
もう1人が上からリードで引っ張り上げた。
「やった!レスキューできた!」

なぜ、民家もないこの場所に居たのだろう…?
いつから、川の中に居たのだろう…?

こうして「いのちのはうす保護家」に
連れてこられた老犬だけど…
複雑な感情が伝わってきた。
「助かった!ありがとう」
決して感謝等ではなかった。
「何しやがるんだ!」
「家に帰してくれ!」

老犬は気付いていない。
飼い主から見捨てられた現実を…

どんなに酷い飼い主であっても、
老犬にとってはかけがえのない
パートナーなのだろうか?
こんなにノミダニがはい回ってる体を、
こんなに酷い皮膚炎を放置できる
「毒飼主」だったのに…なぜ?
健気に家に帰りたがる老犬の姿に
胸がしめつけられた。

悔しい…!
「必ず「毒飼主」を忘れさせてやる!」
「必ずあんたを笑顔にしてやる!」

強く心に誓った。

2.命名「ひばり」

命名「ひばり」
超高齢犬のひばりが
室内で寝てばかりなのは
全盲で慎重なだけだろう…
そう思ってたのは間違いだと気付いた。

ひばりは、とにかく家に帰りたかった。
今、自分が置かれてる現実を
受け入れることが出来なかった。

だけど、ボランティアさん達が
ひばりに優しく声をかけ続けた結果、
自分の足でドッグランに出て歩き出した!

人間の優しさに触れたのが
生まれて初めてだったのかもしれない。
だけどひばりは、
しっぽを振って甘える子ではなかった。
自分から甘えるのではなく、
「人間に甘えさせてあげてる」認識だった。

3.猟犬のプライド

ひばりは猟犬だった。
まわりの犬達の反応を見て気付いた。
猟犬の中でも至高な猟犬なのだと…
リーダー争い?猪との闘争?
食いちぎられた顎、変形した鼻が
壮絶な過去を物語っていた。

語弊があるかもしれないけど、
それでも生き延び、
おそらく自然治癒力で回復した強さ…
ひばりの過去を想像すると
「かわいそう」ではなく
勇敢な勲章のようにすら見えた。

ひばりは、今の自分を受け入れると同時に
人間を顎で使うようになってきた。

ある程度は尊重できるものの
あまりに度が過ぎすると
「ひばっ!!」
怒号を飛ばしたり、大きな音を出して
ひばりの暴君を阻止するようにしたが、
有能な猟犬だったひばりにとって、
私という存在はあまりにも頼りなく、
リーダーとして認めてもらえなかった。

ひばりと私は同じ信念を抱えていた。
『絶対に服従したくない!』
互いに頑固者だったふたり。
何があろうが一歩も譲らない。
どんなに唸られても怒鳴られても
互いに一ミリも怯まない。
「オマエ大嫌いなんだよ!」
ひばりの感情が伝わってきた。

ボランティアさんの前では
締まりのないデレデレ顔なのに、

私の気配がすると、
急に「猟犬」の表情に戻る。

私はそれが逆に嬉しいと感じてた。
嫌われてようが敵意だろうが、
ひばりにはこういう緊張感や刺激が
活性化エネルギーに繋がると
ぼんやり感じたから。
いつか私を服従させようと
それだけを生きがいに
頑張ってるようにも見えたから。
だけど…

レスキューから三年後…
ひばりの老化現象が徐々に進行。

認知症はないものの
もう今まで通り歩くこともできない。
無意識に寝ながら粗相してしまう毎日。

4.老犬ホスピス卒業

「老犬ホスピス卒業」
ひばりは私の自宅でもある
「看取りの家」に引っ越してきた。

大嫌いな私と24時間共に生活するなんて
地獄に突き落とされた感覚?
だけど…
生活が一変したことで
ひばりに大きな変化があった。

「看取りの家」には規則がない。
「自分の好きに生きる」
これが唯一のルール。

要求吠えしても
「マテ!」とか「順番!」
一切存在しなくなる。
立ちたいと言えば直ぐに立たせる。
外に出たいと言えば直ぐに付き合う。
24時間体制でのつきっきり介助は
自宅兼「看取りの家」だからできること。

数分もたたずして要望が通るようになった今、
ひばりは穏やかになっていった。
あんなに要求吠えしてたひばりが、
一切声を出さなくなった。

鼻でピーっと鳴けば
直ぐに来てもらえることを
ひばりは知ったから。

私はひばりの手足となった。
ある意味ひばりに服従したのかもしれない。
私が近づくだけで不快感オーラで
唸ったり逃げたりしてたひばりだけど、
私不在時には体調不良になったり、
心が抜け殻のようになっていた。

犬猿の仲だった長い時間を埋めるかのように
私とひばりは「共依存」してた気がする。

愛おしすぎる…
お互いにそう感じてた気がする。

5.12月11日

ひばりは歩けなくなった。

最期の時まで歩かせてあげたい!
たぶん…ひばりがそう思っているから。
補助しながら一日何度も歩いた。
歩いて欲しかった…
自分の足で
最期まで…

6.12月15日

深夜に発作が起きた。
数分間隔で襲ってくる発作…

10:00
これ以上苦しめてはいけないと
坐薬で眠らせたが
「今日が最期の日かもしれない」
ひばりの寝顔を見ながら察した。

7.初めてひばりで号泣

15:30
坐薬が切れたようだ。
意識が戻り始めた。
坐薬を追加して眠ってる間に
最期を迎えさせるべきなのか…
意識がある中での最期を迎えさせるべきか…
ひばりはどっちを望んでいるんだろう…
もうろうとした意識の中
手をバタつかせるひばりを見て
皮膚が傷つかないよう
テーピングを巻きはじめた。
そんな自分が滑稽に見えた。

ひばりはもうすぐ死ぬのに
私は今、なぜに
皮膚の保護をしてるんだろう。
なんでだろう…
なぜだか分からないけど
一気に涙があふれ出た。

ひばりの変形した鼻、
ひばりの欠損した顎、
全てが愛おしくて、愛おしすぎて
何度も何度も触れた。
「立派やわ…あんたの生きた勲章やね」
ひばりはその言葉を
待ち望んでいたかのように…

8.最期の時

16:47 呼吸停止
16:48 心臓停止
意識が戻ってからの最期を
ひばりは望んでいたのだろうな…
なんとなく、そう感じた。

会で販売してる「卓上カレンダー」
翌月の1月が、ひばりだった。

購入下さった皆さんの卓上に
今現在ひばりの姿があるのだろうな…
不謹慎かもしれないけど、
多くのお家でひばりを見て、
ひばりを想ってくださる方が
いてくれてるのだな…
本当に不謹慎で失礼なことですが、
ひばりの「遺影」が
多くのお家で飾られてるんだな…
申し訳ないと思いながらも
嬉しい感情が抑えきれなかった。

三年前…
川でひとりぼっちだったひばりが
こんなにも多くの方に知って頂けてる
それだけで私は幸せだった。
「ひばり!1月はあんたが主役だよ!」

生まれ変わることができたら
二度と私に会えない
無縁の関係でありたい。
幸せにしてくれる家族の元に…
次こそ生涯主役になれるお家に…

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