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魂のジャンルが違う人(デイジー/中田裕二)


「なんで海老の尻尾、1つしか残ってないの?」
「や、いつもは食べちゃうんだけどさ。ほら、食べるの嫌がる人いるじゃんね。だから1つ食べた時に、しまったと思って残したんだけど。」
「なにそれ、私も尻尾食べるよ。おいしいよね」

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そんなこと気にして残していたの、なんて可愛い人なんだろうと思った。
この人はきっと魂のジャンルが違うんだなって思った。
空が低い真夏から、随分遠い季節まで来たような気がする。
あそこの蕎麦屋さんが、家からうんと遠くてよかった。
もしすれ違うほどの近くにあれば、私は何度もこの場面を思い出してしまう。
マスカラに気を付けて泣いていた深夜、その夢から醒めて
何もついていない裸眼と睫毛をこすった。
どうやらもうすぐ20代が終わって30歳になるらしい。
いつまでも他人事なのは、10年前の今日の事を鮮明に覚えているからなのかもしれない。


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「多分こんなこと一生に一度しかないよ」
「え、どんなこと」
「女の子の19歳から20歳になる瞬間に一緒にいること。自分の娘とかでも無さそうだもん」
「厳密には生まれた時間じゃなくない?」
「何でそんなこと言うかなあ」
渋谷のスペイン坂を下りながら話した事、なぜか10年経っても覚えてる。
東京は遅くまで街が明るくて終電も遅いんだなあとか、今どき中学生でも考えないようなことを考えていた。

本当に運命って言葉で信じ込んでたのは、薄く光る幻想みたいだから。

誕生日が一緒で5歳離れた彼と過ごした20歳の誕生日。
使っているカメラ、好きな音楽、血液型、星座(生まれた日が同じなんだから当たり前)探せばほかにもあったんだけど、運命だって信じ込むには十分要素は揃ってたし
若かったねって言うにも十分な日々だった。
研究室でプレゼント交換をした深夜。
もうとっくに25時は回ってるのに、蛍光灯がこうこうと光る室内は
昼間より眩しい気がして、真夜中の住宅街は音もなく
言われてないのに、なんだか息を潜めたくなった。
「あ、ここの工事終わったんだ」
今朝までは通れなかったんだよ。3月って工事多いよねえ、と言いながら右に曲がり真黒な道路の上を歩く。
「工事終わりたての道路ってさ、宇宙みたいだよね。真っ黒の中がきらきらしてる」そう私が下を向きつぶやくと
いつもそんな事考えてんの?って彼が肩を揺らして笑う。
うん、いつも考えてるよ。
だーれも私のこと知らない街で、深夜3時の丑三つ時
どうにもなんない焦燥感とか劣等感も、この真黒な道に吸い込まれていく感じ。
頭上の星と足元の星を交互に眺めて、金縷梅の花だけが路地中で一番光って見えた。

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最後の年を過ごした人は、お日様の香りがするなって思ってた。
太陽みたいな人ではなくて、お日様の香りがする人。
物騒な花言葉を見るたびに、笑えてしまうのは主にあなたのせいだし
薄く光る夜更けの青も
フロントガラスに区切られた眩暈も
かなしみが加速されて春が来ることも。
海を見せたかった、と話してくれたこと自体が夏であったし
失うものがなかったはずなのに、いつの間にか手編みの柔らかな夢を見てしまった。
そのことを話しておけばよかったなんて、私が死んでから思うのだろうか。
本当に忘れたくないことも、いつか忘れてしまう。
食べたご飯の味も、くれた話し言葉も、手の光も、海も。
私がこの泣いた夜を海だといえば、きっとよく判らない顔をして
「そうだね、海だね」と言ってくれただろう。
手を伸ばせば県道で、靴紐を結べば雪国だ。
もうその季節には靴紐を結べなくて、閑散とした駅前にも行けない。


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何度も私の後姿を見てくれていたから、私は安心してどこにでも行けたし
たくさんの花瓶があっても、いつでも花を入れておくことができた。
魂のジャンルが違いすぎて、本当は眩しかった。
大切にするベクトルが違いすぎて後から知らなきゃよかったなんてことは、あとの祭りで。
折り目を付けていつでも見れるようにしておきたいことが多すぎた。
本が閉じなければいいようにきつく開いて折り目を付ける。
きっと幸福に温度があるならあなたに一番近いとおもう。

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「閉じた心を開く」「絢燗たる情熱」
「物言わぬ恋」「沈黙の恋」
教えてもらった名前を検索した。
それと、私が教えた花の名前を忘れてないといいなと思うよ。
幸せでいてほしいけれど、でもその幸せに私が少し足りていませんように。


※この言葉と話たちはフィクションとノンフィクションです。
どこから何処までが誰と誰で私と君なのかは架空の場合もあります、たぶん。※


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