サウナの理想郷でととのう
立春とも言われながら、また寒さがぶり返した2月の末。九州勤務継続が決まり、「九州でもう行くとこないで」とぼんやり考えていた週。社内規定で半ば無理やり取らされた有給が幸をなして、週末の三連休が近づいてきていた日。ふと、温泉欲。
日本最大級の温泉地である九州にいながら、まだ行けてないとこがあるではないか。それは、武雄温泉である。微妙に遠方で射程圏外だったわけではない。ずっと視界の端っこの方に入ってはいたし、なんならその動向をずっと追っていたつもりだ。しかし、日帰りでさえ予約が必要なその名湯は、そもそも行くチャンスすら掴み取れず、雲の上の存在だとどこかで思っていた。
ふと、ホームページを開く。
?!
「空き1部屋」
雷より迅く予約を済まし、着替えをリュックに詰める。来る明日に備えてすぐにベッドへ。
はい。行ってきましたよ。御船山楽園ホテル「らかんの湯」
-OP映像-
「肥前国風土記」に「郡の西に温泉の出づる厳あり。岸峻しくて人跡まれにいたる。」と記された古湯であり、その起源は、今から1,300年ほど前、神功皇后が朝鮮出兵から帰る際に、矛の柄でついて温泉を出したことからと言われている、佐賀県武雄市に位置する武雄温泉。
ICカード不可のいかにも「地方な」改札を抜けると「御船山楽園ホテル」の看板を持ったおっちゃんのお出迎えが。「温泉タクシー」という、バンド名に起用したいほどの良い響きの車に乗せられ、茶畑が拡がる田舎道を5分。山道を少し登ったその先にあるのが、かの「御船山楽園ホテル」である。
着くや否や、フロントのお姉さんがお出迎えくださり、入口外観の写真を撮る間もなく、手際よく館内に案内される。「別に着いてすぐカメラを向けるほど浮かれちゃ、いねえんだぜ」と心の中でイブサンローランを作り、あとを着いていく。
入口のドアを抜けるとそこは宇宙だった。鏡張りの真っ暗な館内を無数のベネチアングラスが色鮮やかに染めており、「こんな空間でずっと働いてたら気狂うぞ」と言わんばかりの迫力。聞くとチームラボの演出だそうで、題名は、
「呼応するランプの森とスパイラル、ワンストローク」
ほう、
ほうこれが呼応するランプの森とスパイラル、ワンストロークですかと目を泳がせていると、ウェルカムドリンクの緑茶ラテが運ばれてくる。お茶の名産地であるこの地域らしいおもてなしを受け、マターリしてると見せかけて、内心温泉に行きたくて仕方がなかった。「チーズバーガー食べたあとのスプライトですか?」と言わんばかりに一気に胃に流し込み、とっとと部屋へ案内してもらう。こちとら、「私は踊りたいの。そして勝ちたいの。」だ。
(ただこの入口の時点で、かなりヤられることは間違いなしなので、是非実際にその目で体感していただきたい。写真は敢えて撮らなかった。)
そこからは、すぐだった。
部屋の机の上に「サウナの手引書」が置いてあったり、温泉までの廊下がやけに長く、期待度の高まりが青天井だったり、サウナシュラン三連覇の賞状が厳かに飾ってあったり、なんかずっと良い匂いがしたりしていた気がする。
気づいたら、サウナに入っていた。温度85℃のドライサウナ。基本設定温度はやや低めだが、室内中央にヒーターがあり、セルフロウリュが可能。「御船山の天然水」と、サウナ専用に焙煎・抽出した「嬉野産オリジナルほうじ茶」の2種。木々の優しい匂いとお茶の香ばしい匂いが混ざりあっている。サウナ内のスピーカーからは、御船山の森の環境音をライブで流しているらしく、鳥のさえずりが遠くで聞こえる。自然との一体感、いや、もはや一致と言っても差し支えないそれがそこにはあった。
そして、天下のらかんの湯、門番のガーディアンの守りが堅く、生粋のサウナーしかここまで辿り着けないため、そのマナーの高さに驚く。ロウリュする際は皆々へ会釈し、往々にして会釈を返す。サウナから出る人は、使用したサウナマットで床を拭き取ってから退室するし、サウナハットは脅威の着用率90%である。黙浴・黙蒸のなかでの無言の譲り合い精神、完成されたサウナーの聖地が確かにそこにあった。
ひとしきり温まった後、テラスのシャワーで汗を流し、また同じくテラスの水風呂へイン。深さ120cm、水温16℃へと冷却させた温泉水が火照った身体を喜ばせる。「ととのわせる気マンマンかえおいー」と思わず口に出してしまったのさえも、ここでは決して恥ずかしくない。今治タオルで軽く身体を拭き、外気浴スペースへ。森のすぐ側で、自然を感じながら目を瞑る。
ととのったー
僅か1セットである。思わず笑みがこぼれ、ガッツポーズ。
あまりの心地良さに、いつも以上に外気浴に時間を使ってしまったのか、少し冷えを感じ、慌てて露天風呂へ。弱アルカリ単純泉の武雄温泉は、透明で柔らかい印象で、肌によく馴染んでくる。夕陽に照らされ、木々の揺れる音を聴きながら。
ふと顔を上げると、階段があり、何やら2階へと続いているようだ。何があるのか、身体を拭きながら階段を上ると、一面ガラス張り越しにテラスが望める、休憩室が。デトックスウォーター、干しみかん、玉羊羹、塩プリン等が用意されており、薪が燃やされておりほんのり暖かい。目に入った、長崎の郷土料理と書かれた「かんころ餅」をBBQフォークに刺し、焚き火に当てる。暫くすると柔らかくなってきて、一口。もっちり甘くて、力が漲ってくる。こんなに致せり尽くせりで良いのかと疑問に思うほどのサービスに、唸らずにはいられない。
さて2セット目、テラスの奥にある薪サウナへ。御船山のサウナストーンに武雄温泉の源泉水、地元の間伐材を使用しており、ここでもサウナシュラン三連覇たる所以を思い知らされる。このサウナ室の作りが特殊で、入口から縦に細長い室内になっており、順々に座る位置が高くなっていく。そして、1番奥にサウナストーンがあるのだが、サウナストーンは半分しか見えておらず、(後から知ったのだが、)もう半分は女風呂の薪サウナへ繋がっているのだ。特殊な作りであるが故に、温度も高すぎることはなく、じんわりと暖まっていく印象で、ずっとゆっくりしてたかった。
薪サウナから出て、シャワーで汗を流し、水風呂へ。…58、59、60。しっかり冷やされているため、1分で十分。身体をしっかり拭き、今度はそのまま休憩室のリクライニングシートへ足を運ぶ。デトックスウォーターを少し飲みながら、しっかり休む。さっきより陽も落ちて、露天風呂がキラキラ反射しているのがガラス越しに見える。
そういえば、今、何時?18時から夕食との事だが、思い返すと、時計をひとつも見ていない気がする。普段サウナに入る時も、時計を見ては気が散るなんてことも少なくないが、そこにまで配慮が成されているとは。参りました。休憩室でアメニティを補充していた従業員の方に時間を尋ね、まだ少し余裕があったので、ドライサウナでもう1セットこなし、らかんの湯から出た。
夕食は、玄界灘・有明海産の魚介、地元の新鮮な野菜、最高ランクA5等級の佐賀牛、地元ブランド豚の若楠ポークを頂いた。生ビールで乾杯すると、テンポよく料理を運んできてくれる。サウナ後で感覚が研ぎ澄まされているのもあり、どれも美味しく、サ飯の中でも一位へ躍り出たのは言うまでもない。お世話してくださった従業員の方(かなりちょこまか動くのと、その背格好、見た目から「忍たま」と呼んでいた)が、「この後は茶屋バーに行くの?茶屋バーに行った方がいいわ。」と言うので、フロントで場所を聞き、御船山楽園へ。
(実はこの間に、館内を探索して、廃墟内のチームラボの作品を幾つか見たのだが、凄すぎて文字に起こせる気がしないので、続きは君の目で確かめてくれ!)
ホテルを出て、夜の山道を5分ほど歩いて下り、御船山楽園内の茶屋バーへと向かう。夜空の星が綺麗というか、やけに近く感じて、圧倒される。園内の大きな池の畔にある茶屋に着くと、かなり勧められた割に貸切で、それやったら一本くらい電話くれよなあ?!
ただ、縁側吹き抜けで、オリジナルカクテルを頂きながら観る庭園の景色はこの上ないものだった。池の周りの木々はライトアップされており(当然、将来のことなんも考えてない大学生がすきそうなカラフルなものではないんやで)、冷たい風、膝元のミニヒーター、貸切で静まっている空気が、今は心地よく感じた。
湯冷めしない内に部屋に戻り、軽く(軽くはない)晩酌してから、朝風呂に備えて消灯。明日もきっといい日になるよね?ハム太郎?
朝、起床。「a.k.a.旅行の二日目はチェックアウト寸前まで眠りこける」の私が目覚めることが出来たのには訳がある。このらかんの湯、午前と午後で男湯と女湯が入替制になっており、つまり、朝は昨日の女湯に入ることが出来るのだ。入替制を採用している施設は少なくないが、ことこの場所においてはその意味も変わってくる。温泉の配置やサウナの種類等、何から何まで、男湯と女湯で別物なのである。さらに、早朝は宿泊客しかいないため、広々楽しめると来た。なんてことだ。これは流石に二話に渡って放送するわけだ。
-OP映像-
半分しか開いていない眼のまま、服を脱ぎ、身体を清める。温泉、木材の香りが心地よい。早朝で体温が低いというのもあり、まずは内風呂で身体を温める。ここまで貸切状態、贅を尽くす。
程々に目が冴えてきたところで、テラスにあるドライサウナへ。かまくらのような真っ白な室内、差し込む木漏れ日で神秘的な空間に仕上がっているそれも、チームラボの演出らしい。認めざるを得ないか、チームラボさんよ。流石です。ハッカとみかんのクーゲルを一つずつ持ってサウナ室に入り、ヒーターに乗せる。
(特殊な訓練を受けている*ため、ここまで滞りない態度を取れているが、実際無知のままこの空間に足を踏み入れることは到底できないものである。)
*ドラマサ道のヘビーローテーション
爽やかな香りが充満し、汗が滲み出る。スピーカーからは森の音。ずっとここにいたい。帰りたくない。
水風呂も温度が若干高く設定されていたりと、こだわりが感じられる。身体を拭き、休憩室へ。男湯のそれとは変わって、森の中の秘密基地のような、コンパクトなつくりになっており、焚き火のパチパチという音に落ち着く。干しみかんをひとつ口に入れ、ととのい椅子に横になる。ガラス張り越しに、まだ眠そうな森が揺れている。心地よすぎて、気を抜いたらこのまま眠ってしまいそうである。頭がスッキリして、
ととのったー
その後は、ミストサウナ、薬湯、露天風呂等堪能して、これまた大満足な朝ごはんを頂いた。部屋に戻り少しゆっくりしてから、温泉タクシーで駅まで送ってもらい、帰路へ。帰りの電車はやけに外国人だらけで(なぜ?ハウステンボスから来てるからか?)気になったが、それよりも終点の博多まで爆睡だった。
この世にあんな楽園があるなんて。死ぬまでに行って欲しい。死ぬまでにまた行きたい。御船山楽園ホテル「らかんの湯」