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Xジェンダー(ノンバイナリー)、身体治療その後の所感

いざXジェンダー(ノンバイナリー)について書こうと思うと、正直そんなに色々書くことがあるわけでもないのですよね。

大体自分にできることはやり終えてしまって、現行法の中でできることもそれほど残っていませんし。

服選びで困るXジェンダー(ノンバイナリー)はどうやら少なくないらしいと聞きましたが、それもわりと怒られない範囲内で自分の好きなようにやりますので。

身内にも僕が「こう」であることは周知の事実ですし。別段そのことについて何を言われるわけでもないですしね。

強いて不便することがあるとすれば、お手洗いとか銭湯とか、まあそういうところぐらいでしょうか。
しかしそれだってなるべく避けるなり、男女共用多目的トイレを使わせてもらうなり、戸籍の性別と見た目の性別が大幅に食い違わないようにするなどそれなりに工夫して適当にしのぐわけで。

あとは時々自分みたいな人間を好いてくれる物好きはいるのかなあと思うぐらいです。
でもそれも悩むほどかっていうと、いなければいないで適当に、自分にやれるようにして生きていくでしょう。

では何が僕をXジェンダー(ノンバイナリー)たらしめるのか。
僕の場合は体でしょうね。

身体的な意味で典型的な女性にも典型的な男性にも馴染めず大変な苦痛を味わい、その苦痛は心身の健康にまで影響するものでした。
なので僕はそれ以外の体を求めた。
途中トラブルもあったものの当初思っていたよりもそれは上手くいって、外性器形成以外は全て達成することができました。

外性器の形状を除けば男性として見ていいんだか女性としてみていいんだか不明瞭な体になったと思います。
今はその体で生きている。

そういう体を抱える以上深く関わる人には自身のそういった状況を話さざるを得ないこともあるでしょう。

けど日常的には別になんてことはありません。
そうジロジロ見られるわけでもないし、特別何かトラブルになるでもなく日常は過ぎていきます。
まあ顔が女ですし容姿は女性に寄ってますから、ちょっとぐらい骨太でもたぶん女性だと思われているんでしょう。

それでいいと思う。
この体で生きていくことそのものが僕が幼少から必要とし続けてきたことだと思う。

自分に必要な体を得た上で、なんでもない日常を過ごせることが自分にとってはこの上なく幸福なことであり
できればこれが、これからも長く続くことを願うばかりです。

2020年7月7日
ラニア