#D 男女の友情はありえるの?
よく恋愛関係の話題になると、「男女の友情がありえるのか」という話がよく出てくる。
結論から先に行ってしまうと、あり得る。ただ、結構条件付きで。
その条件とはいったい何なのか、なぜそう思うのかについて私の経験を交えながら記述していく。
「男女」として見ると無理
まず、一番最初に言っておくとお互いが相手を自分とは別の性で見ると関係はまず無理だと考える。特に、男性においては別の性として見てしまうと結構人の見方が変わると感じる。よく言われることとしては、男性は本能で考えていることを理性で考えていることと錯覚しがちである。いわゆる、「男は上半身と下半身で考えていることが違ってて、大体下半身で反応している」みたいな話である。
その本能に引き付けられる1つの要因として、「自分を着飾る力」というのが男女間で大きいのが挙げられるだろう。今は確かに男性も化粧をする時代だと言われるが、まだ男性の意識というのは全体的に低いと感じている。実際、データとしても衣服に書ける値段は平均では1000円差だし、偏差とか中央値とかを考えればかなりズレがあることがうかがえる。男女ともに言われる(よく女性側で言われることだが)、ギャップの差というのはよくキュンとなる要因になると聞く。なので、男性はその女性のギャップの差が大きいことから恋愛関係として引き付けられるのではないか。
もちろん、男女お互いにふとしたキュンな瞬間があると、たちまち別の性として意識し始めるだとか様々な理由があり、結局はお互いの見方で関係が発展したりだとかよくあることである。
友情というのはお互いの心が通じ合うのと同時に、ある程度の距離感が絶妙でないといけない。なので、別の性を意識し、距離感を近づけようとする何かが存在する限り、距離感の調和を保つ男女の友情など存在はしないのだ。
男女と意識しなければいい
じゃあどうすれば友情関係と見なくても済むのかと言うと、お互いを男女として見なければいいのである。じゃあ同性として見ようだとかそういうことではなく、第3の性を作り出すことが一番効果があると考える。例えば、宇宙人とか良い例である。「ワレワレハウチュウジンダ」という言葉に対して、どちらの性とも判断ができない。そんな感じで、男とも女とも見なければいいのである。そのためには、結構な努力を要する。まず、「いやこれは異性として無理だろ」と決めつける必要がある。そうしないと、ふと油断したすきに意識をしてしまうかもしれないからである。例で言うと、宇宙人を男女として見ないのは、人はごく一部を除いて「いやこれと付き合うのは無理やろ」と内心で思っているからである。なので、とりあえず油断を生まないためにもまずは決めつける。そうすると、結構めんどくさいしがらみを意識せずにできるのではないかと考えるのである。この見方は、結構女性側だと自然にそう考えているイメージがある。よくある「この人友達だと思ったのに…」は結構男として見るのではなく、若干女性より、中性的に人を捉えていたのではないかと考える。
今は、ジェンダー平等だとか言われている中で、「女性進出を!」「女性だからこそこんなことをしたいんです!」とすごく言われている。しかし、真の平等を目指すのであれば、「男女」などを考えなければいいのである。人の見方として、それ以外に評価したりする視点はごまんと存在する。なので、中性的に物事を見ることで男女という枠組みを考えずに済むし、今回の話題であった男女の友情関係が成立する手立てになるだろう。