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Y染色体はSRY遺伝子の乗り物

 女性天皇論が出るたびに、賛否いろいろな意見が出てくる。最近見て関心を持った(良い意味でも悪い意味でも)のは、「神武以来2600年受け継がれたY染色体を〜」というヤフコメの主張だった。


 ヒトを含むほとんどの哺乳類の場合、1対2本の性染色体がXX(雌)かXY(雄)かで性が決定する(雄ヘテロ接合型)。ヒトの場合は23対46本の染色体のうち22対44本の常染色体と1対2本の性染色体(XまたはY)を持つことになる。
 このY染色体だが、他の染色体に比べてサイズが小さく、持っている遺伝子情報も少ない。常染色体で情報量最小である21番染色体が持っている遺伝子は337個、X染色体が1098個に対し、Y染色体は80個前後(文献により差がある)とされる。さらに機能している遺伝子は20個程度とされ、Yが欠けても生命として存在する(XOでも雌)のに対し、Xが全て欠けると生命として存在できないため、Y染色体には生命維持に必須の遺伝子情報は無いことが示唆される。Y染色体は、雄性発現をオンにするスイッチとなる遺伝子(SRY)とテストステロン関連の一部遺伝子の乗り物と言えよう。

 「神武以来2600年受け継がれたY染色体を〜」との主張に対し、まず行える簡単なツッコミは、「全ての遺伝子は突然変異を繰り返す」点である。これにより生物の進化が起きたり、遺伝子病の原因となる遺伝子変化が孤発することとなる。○○家の2600年前のY染色体上の遺伝子情報と現代の情報では無視し得ない差があることが推測される。
 なお、この遺伝子変化から地域・時代が異なる集団がいつ別れたかを推測することができ、遺伝子の近い(行動を共にしている)グループをハプログループという。有名なのはミトコンドリア遺伝子の変化を辿ると16±4万年前のアフリカ女性(共通女系祖先)に辿り着く、というミトコンドリアイブ仮説である。
 Y染色体はデータサイズが小さい上、内部で組み替えが頻繁に起こり、遺伝子変化しやすいとされる。これを利用すると、日本人のY染色体ハプログループは縄文時代に流入した2つのグループと弥生時代に流入した2つのグループの計4グループでほぼ占められることがわかっている(3グループの文献もある)。一家系内としてでなくハプログループとしてみると、「2600年〜」は強ち間違いでないと言えるかもしれない。

 Y染色体は将来的に消滅すると推測されている。2002年の文献では1000万年後とされている。一方で2012年、消滅しないとする文献も出ている。性染色体としてX染色体およびY染色体が成立したのが1億8100万年前とされているので、性決定システムが今後も不変である保証がない。
 実際に消滅したと推測されている例がある。アマミトゲネズミである。性染色体は雌雄ともXO、つまりX染色体を1本しか持たない。2022年の文献によると、天然記念物であるアマミトゲネズミから体組織を採取し、雌雄の遺伝子情報を比較した結果、常染色体3番のSox9遺伝子のEnh14領域が雄のみ2回繰り返されていることを突き止めた。これは常染色体が新たな性染色体に変化しているとも言えるし、SRY遺伝子が無くても雄性を発現できるとも言える。

 ヒトにおいて、Y染色体が無い(XX型である)のに身体的特徴が男性である「XX male」の報告例がある。最古の報告が1961年、日本での報告が1968年(大阪大学、国内1例目、世界7例目)である。今世紀になってからの報告では、Y染色体由来のSRY遺伝子がX染色体に転座していることが示された。



 男女の出生率の差が著しく大きくなった世界(よしながふみ「大奥」、など)や男性が出現しなくなった世界(柴田昌弘「ラブ・シンクロイド」、など)は創作物で見ることができる。これらが実際にあり得ると説明できる研究や、更には解決方法を示唆する研究などの存在を知り、知的好奇心が大いに刺激された。ヤフコメもたまには役立つ。

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