【FGO EpLW ユカタン】第四節 迷走仕掛け(ストレイ・ラン) 下
(あらすじ:ユカタン全土の霊脈を制圧せんと企む邪悪なサーヴァントの軍団がコスメル島から襲来! 迎え撃つはアサシンと謎のマスターたち! だが敵サーヴァント「セイバー」「アーチャー」「ライダー」らの力の前に為す術無し! そこへランサーがセノーテから高速垂直射出され……)
「プあっ」
冷てぇ。生きてる。何が起きたのかさっぱりだが、素晴らしい俺の凄さであの場を切り抜けたようだ。凄ぇぞ俺。抱いてくれ俺。
見回すと、水晶髑髏とヨーグルト。そして砂浜と、遠くに燃える森。だいぶ向こうの浜辺に、ガレオン船。……ここは、セノーテだ。誰かが、たぶんアサシンだろうが、どっかに開いてたセノーテに俺たちを放り込んで、逃してくれたんだ。だが、内陸じゃあねぇ。さっきの戦場の近くだ。来た時のセノーテでもねぇ。もう少し戦えってのか。
さっきまでの疲労と負傷が嘘みてぇに消えている。セノーテを通じて、神々が回復してくれたってわけか。物凄ぇ直接的なご利益だ。神様は聖人か。俺が敬虔なプロテスタントでなけりゃ、キリスト教から改宗してもいいぐらいだ。しかし俺たちがここにいるってこたぁ、アサシンはあっちで三匹の敵サーヴァントを相手取ってることになる。もうダメだろう。魅力的なおっぱいだったが、俺の命にゃ替えられねぇ。ここは内陸へ逃げ込んで―――
「逃げちゃダメだよ」
アサシンが同じセノーテから顔を出した。なんだ、無事か。
「お、おう。いや、お前も逃げて来てるじゃねぇか。あっちはどうなってんだ」
「セノーテを縄で掘って、あんたらを放り込んで、抜けて来た。結構疲れんだよ、穴掘るの。で、あっちは助っ人が来た。ランサー」
『そりゃ良かっただ。ちうて、ランサーだけで大丈夫だか』
「大丈夫でなさそうなら、加勢するよ。あの船を操ってる奴は、ランサーが手裏剣投げて目ン玉潰したけど」
怖ぇな、おい。手裏剣投げるとか、ニンジャかよ。近づくのも恐ろしいが、シールダーとキャスターの魔力も回復したみてぇだ。敵にゃ飛び道具があるし、もとのセノーテに戻るのは危ねぇ。シールドを張りつつ、慎重に近づくとしよう。決戦だ。戦いはランサーとアサシンに頑張ってもらい、やばけりゃ逃げる。……よし、行くぞ。
◆◆◆
「なかなかの武辺者だね、ランサー殿。私はセイバー。こちらはアーチャー。あのアホはライダーだ」
仮面のセイバーが兇悪な笑顔をする。武人のにおいに対する、フレーメン反応のような笑み。アサシンには逃げられたが、真っ当な武勇の対決なら、こちらが良い。相手に手裏剣や仕込み鎖などの奇策はあるにせよ。この開けた浜辺なら、徒武者の大槍は騎士の双剣に勝ろう。懐に飛び込めば、飛び込めれば、どうか。この馬上は有利か、不利か。
両眼を潰されたライダーはガレオン船を操り、這々の体で沖合へ逃げていく。自分の陣営の方向程度は分かるようだ。セイバーがため息をつく。
「あいつはあのまま逃してやれ。ここは私が相手になる。アーチャーは、あっちの奴らを殺れ」
「……承知」
◇◇◇
やや近づいたところで、アーチャーがこっちを向いた。その背後では、馬に乗ったセイバーが相手と……大槍を構えたランサーと睨み合っている。月光と剣の炎で照らし出されたその姿は、どっからどう見ても、真っ黒い甲冑を纏った日本のサムライだ。ニンジャじゃねぇのか。
「オイ、キャスター。何だよあいつは、あのランサーは」
『英霊になれるほどの奴で、槍を持ってて、サムライでニンジャちうたら―――ええと……』
「まぁ後でいいや、あいつが名乗るだろ」
シールダーが前に出て、アーチャーの射線を遮る。その後ろで、アサシンが地面へゾワゾワと縄を伸ばしていく。あっちが近寄れば、罠にかかる。あの縄を焼き払えるのは、結局はセイバーの剣と炎だけだ。さっきの火矢はセイバーの支援だ。アーチャー自身には対抗手段がねぇ、はず。ランサーがセイバーを引きつけてるうちに、片付ける。俺とキャスターは応援、いや、切り札だ。ここぞというところで、今度こそ。
◇◆◆
「行くぞ!」
「応!」
セイバーとランサーが、同時に仕掛ける! アーチャーが矢の雨を放つ! アサシンの縄がアーチャーに迫る!
アーチャーは馬を駆けさせ、縄を避けつつ内陸側へ、シールダーたちの後方へ回り込もうとする。シールダーが盾を張って全方位からの矢を防ぐ。セイバーも馬で駆け回り、剣と炎で槍を凌ぎつつ、迫り来る縄から遠ざかろうとする。ランサーとの戦闘中に、縄を防ぐほどの余裕はない。
突如アーチャーが振り返り、ランサーめがけて集束させた矢の雨! パルティアン・ショット!
「イヤーッ!」
ランサーは槍を回転させて防ぎ、矢を弾いてセイバーへ浴びせる!
「おおッと」
セイバーは瞬時に矢を斬り払い、ランサーから距離を取り、馬上で双剣を構える。突撃し、馬を犠牲にして、懐に飛び込む気だ。
強い。あの大槍を自在に操り、間合いに入らせない。槍の強みは、長さと重さ、撓り。打ち叩かれれば、骨折・落馬は免れない。穂先だけでも、こちらの剣身より長く、重い。加えて、鎖の仕掛け。斬るか、逸らすか、掴むか。片手で。懐まで槍を引く前に……。セイバーはぺろりと自分の唇を舐める。面白い、面白いぞ。
「名のある武将と見た。私の真名は『エル・シッド』こと『ロドリゴ・ディアス・デ・ビバール』。そちらも名乗り給え」
アイサツは大事だ。真名で名乗られたからには、真名で名乗り返さねばならない。ランサーを構成する情報には、そう書かれている。
「…………ドーモ。拙者の真名は『服部半蔵正成』。ハイクを詠むがいい」
真名判明
ユカタンのランサー 真名 服部半蔵正成
槍を構え、身を沈めるランサー。呼吸を調えるセイバー。互いの甲冑の下に縄めいた筋肉が盛り上がり、闘気(カラテ)が周囲に満ちる。一触即発。次の瞬間、矢が来るか、炎が来るか、縄が来るか、剣が来るか。馬か、槍か、鎖か、手裏剣か。
「『燃え燿く」「イヤーッ!」
セイバーが馬を駆けさせる、前にランサーの突撃! 撹拌するように動く槍が、巧みに剣の一本を絡め取り、左手首諸共弾き飛ばす!
「勝利」「イヤーッ!」
左手を犠牲に、もう一本を突き出して迫るセイバー! ランサーが槍を横薙ぎに振り、柄で馬の顔ごと殴り倒す! 落馬し、もう一本の剣も弾き飛ぶ!
「の」「イイイヤアアアーッ!」
突如ランサーが身長の三倍の高度に跳躍! 馬と炎と矢の雨を飛び越え、空中で縦に六連続回転! 勢いをつけて、仰向けに倒れたセイバーへ槍を振り下ろす!
「あガッ」
鎖が伸び、槍の穂先が脳天直撃! セイバーの頭部正中線を仮面ごとサジタル面切断! 羽毛、脳漿、血液、砕けた前歯が飛び散る!
「南無阿弥陀仏」
「アディオス!」
音もなく着地したランサーの唱える念仏と共にセイバーの霊核が破壊され、全身が光の粒となって爆発四散! 倒れていた馬も痙攣し消滅!
槍は剣の三倍強い。古事記にもそう書かれている。
◆
アーチャーは舌打ちする。やはりか。武人として、武人に挑みたい気持ちは分かるが……。と言うか、ランサーが強すぎた。アーチャーとセイバーが相手を入れ替えていても、同時に挑んですら、結果は同じだったかも知れない。今や自分一人。こちらの矢は残り少ない。ランサーが残心から槍を構えて反転し、こちらへ駆けてくる。地面からは縄。『掌』も来るか。
アーチャーは、風すらも凍りつくような笑みを浮かべた。馬の首をポンポンと叩く。
「『日行千里汗血馬(フェルガーナ・アト)』」
アーチャーが呟くや、馬の前足の付け根から赤い翼が生え、目が血走り、全身から血液が滲み出る。
かつて、アーチャーは、父によって間接的に殺されかけた。人質として暮らしていた国を、父がわざと攻撃したのだ。だが、アーチャーは……『冒頓単于』は、逃げおおせた。この馬を奪って、故国へ戻った。
真名判明
コスメルのアーチャー 真名 冒頓単于
◇◇◇
「……飛んで帰っちまいやがった、アーチャーの奴」
『ン。おらたちの勝ちだ、この場はな』
「やれやれ、一安心だね」
くそったれセイバー野郎は、ランサーがぶっ殺してくれたようだ。うじゃうじゃいた兵隊は全滅。船とアーチャーは追い返した。こちらの損害は軽微。
ひとまずは、俺たちの大勝利だ。……つっても、向こうにもセノーテがあるんなら、回復してまた攻めて来るんだろうが。
アサシンの縄、シールダーの盾を収めさせ、俺たちはランサーのところへ駆け寄る。さーて、これからどうすっか。
「ドーモ。ランサーです。真名は『服部半蔵正成』と申す」
「あ、ああ、ドーモ。マスターの◆◆◆です。こいつらはキャスター、アサシン、シールダー。助かったぜ、ありがとな」
ランサーから低い声で丁寧に挨拶され、ついオジギを返した。日本人ってのは礼儀正しいな。
「話は聞いている。拙者は内陸の都市に現界していたが、土地の神々の導きでここに参った。ライダーとアーチャーを逃してしまったが、セイバーは倒した。本土側のサーヴァントは、これで全員のようだ」
「おう、まあこんだけいりゃ大丈夫だろ。さっさとあっちの島に渡って、ケリをつけようぜ。聖杯もあっちにあんだろうしよ……」
さっきまで戦場で死にかけてたのに、なんてタフなんだ俺。……あ、ダメだ、気ィ抜いたら気持ち悪くなって来た。疲労や負傷や魔力消費はセノーテで回復しても、精神的ダメージは残ンのか。俺は情けなくへたり込み、その場で嘔吐した。クソ、だが無理もねぇ。続けていろんなことが起こりすぎた。今まで吐かなかったのが、我ながら不思議なぐれぇだ。
「……数時間ぐらい、休もうか。こいつもお疲れのようだしさ」
「致し方なし。夜襲があれば、また迎撃しよう」
『おらが一応、魔力で精神も護ってただが……アサシンが掘ったセノーテの近くで野営だな。食糧も調達できるだ。あと、あっちにゃ、空を飛んで攻めて来る奴はいねぇはずだ。いたら船なンか使わねえ』
「さっき飛んでったアーチャーは?」
『撤退専用の宝具かなンかだなや……』
サーヴァントたちの声が遠くに聞こえる。ああ、すまねぇ、休ませてくれ。足手まといになっちまった。眠い。意識が遠のく。視界が白くなる。俺の意識が回転し―――――
◇□◇
――――人理継続保障機関、フィニス・カルデア。中央管制室。
白い立方体に映写された映像を、固唾を呑んで見守っていたダ・ヴィンチは、小さく息をついた。
画質が荒く、ぐるぐるとカメラが切り替わって酔いそうだ。一段落ついたようなので、職員を交替で休憩させる。あのアメリカ人は、素人なりに案外うまくやっている。マシュらしき者もいる。現地の友好サーヴァントは強力だ。こちらの支援がなくても、なんとかなるかも知れない。だが――――
なぜ、藤丸立香ではない人間をマスターにしてみせた? なぜ、マシュを除けば、カルデアにいなかったサーヴァントばかりいる? これをしでかしたウォッチャーにとって、自分が作った特異点を素人マスターに攻略されるのは、不本意なのではないか? なぜ、これを我々に見せる? 愉快犯なら、カルデアをおちょくりたいからか? お前らは無能で、歴史に介入せずとも大丈夫だと?
ウォッチャーは沈黙を保ったままだ。こちらに注目を集めている隙に、カルデアにこれ以上の攻撃をかけてくる様子もない。職員も無事。保管されている聖杯も無事。治療中の重傷者も無事。食料庫等も無事。
正体はなんだ? マジで天使か? それとも悪魔か? ……油断させておいて一気に、という可能性も充分ある。警戒を怠るわけにはいかない。何もかも後手。何もかも、奴の掌の上。否、認めない。私はレオナルド・ダ・ヴィンチだ。
「よっ、と!」
突然の声に、思わず上を見る。あの嗄れ声ではない。白い立方体から、何者かが出現した。声からして若い男、少年だ。彼は立方体から飛び降り、床に着地。ウォッチャーか、そのアバターか。一同が警戒する。
少年が立ち上がり、顔を挙げた。イタリア・ルネサンス風の小粋な服装だ。
ダ・ヴィンチは目を見張り、小さく息を呑んだ。その顔に、その姿に、酷く見覚えがあった。忘れようはずもない。優雅で美しい顔、小憎らしい嘲笑を浮かべた顔。幾度も触れた柔らかな巻き毛。人間の姿をした天使。盗人、嘘つき、強情、大食漢の小悪魔。
「サライ……!」
アンドレア・サライ。本名はジャン・ジャコモ・カプロッティ。レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子、寵童、遺産相続者。
「そォうさ、お久しぶり、オカマ野郎! オレ様にピッタリだからな、このアバターはよ! 当然こいつをぶっ殺しても、オレ本体には何の影響もねえぜ!」
私のサライが、下品で兇悪な嗤い顔になる。やめろ。歯の根が震え、舌の根が乾き、声が出て来ない。涙が滲んできた。
「これで喋りやすいし、お前さんに嫌がらせをするには、実にピッタリ! 皆の前で尻でも掘り合うかい、あァ?」
サライは猥褻な仕草をし、腰をカクカクと振る。やめろ。やめろ。
「あ、チミにゃ生えてたっけ? どっちかな? 両方あるとよりお得! ケケケケケケ!」
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