忍殺TRPGリプレイ【インナー・ユニヴァース】04
前回のあらすじ:オムラ社の特注オイランドロイド「ソノコ」が、ハック&スラッシュに遭って盗まれた。奪還のため派遣されたソウカイヤのニンジャチームはハクスラを行ったニンジャたちを討ち取ったが、ソノコはすでに売却されていた。手がかりは「アシナガ」という言葉だけだが……?
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ダンゴウ
クヨシによれば、こうだ。「アシナガ」はネオサイタマのカチグミや聖職者の後援を受け、行き場のない少年少女を集めて保護し教育する、福祉慈善の団体である。そこではカチグミたちと少年少女の交流が行われ、気に入られた者は被後見人や養子となって連れて行かれ、上流階層に仲間入りする。
「社会に貢献。カチグミの達成感を刺激する大した連中だが……当然、裏の顔がある」クヨシは下卑た表情で嗤った。「性欲のはけ口さ。そういう連中ばかりじゃないにせよ、カチグミたちと少年少女の『交流』では、そういうサービスをやってるらしい。ま、日刊コレワ並みの怪しい情報だがな」
「ありうるね」レッドハッグは渋い顔をした。「ネオサイタマは上から下までマッポーだ。ボンズも腐ってる」「特注とはいえオイランドロイドだぞ。そんなところが買い取るか?」「そういう趣味の奴らもいるんだろ。不思議はない」ボーンピッカーはため息をついた。「交渉して買い戻すか」
「買い戻すったって」「カネはオムラが出す。殴り込んで回収するわけにもいかねェだろ。相手はマルノウチのカチグミNPOだぜ」「しょうがないね」次の目的地は決まった。交渉も可能だ。三人はクヨシに改めて感謝し、装備や衣服を整え、マルノウチの「アシナガ」へ向かうことになった。
NPO法人「アシナガ」本部
マルノウチ地区はネオサイタマの政治の中心部で、巨大複合建築物「カスミガセキ・ジグラット」が聳え立つ。その近くの高級高層ビルの内部にNPO法人「アシナガ」の本部はある。当然アポイントメントが必要だし、武器や首級は持ち込めないが、三人のニンジャは堂々と正面からエントリーした。
「ドーモ。こちらNPO法人『アシナガ』です」にこやかな表情の受付嬢が三人を出迎えた。三人は無言で胸元のバッジを見せる。クロスカタナのエンブレム。裏社会と取引がある連中なら、意味は十分に伝わるはずだ。エミリーとユンコのもとに戻ってアポを取り付けても良かったが、時間が惜しい。
「……少々お待ち下さい」受付嬢は頷き、カウンターの裏の秘密回線をプッシュした。三人はエントランスのラグジュアリーなインテリアを見回す。オーガニック植物の植木鉢、白色灯のシャンデリア。室内は清潔で奥ゆかしく調えられており、ヤミ・地区やネオサイタマのスラムとは雲泥の差だ。
ウイーン……ポーン。『エントランスドスエ』エレベーターの扉が開き、上等なスーツを着た太った男が出てきた。「ドーモ、大変お待たせいたしました。わたくし、当NPOの代表をつとめております、ハンバートです」
ハンバートはペコペコしながら三人と名刺交換を行う。「あちらの部屋でお話しをうかがいます」「ああ」三人は応接室に通され、オーガニック・ティーや高級茶菓子でもてなされる。「アンタと茶飲み話をしに来たわけじゃねェ。ここに特注のオイランドロイドがいるってな。回収を依頼された」
「オイランドロイド、ですか」ハンバートはハンケチで汗を拭いた。「我々は、その……」「だいたいわかってンだよ。オムラ・メディテックからソウカイヤに対して回収依頼が来てる。ヤミ・区画のスウィートスリップ=サンは片付けたぜ」「アイエエエ……」ハンバートはキリングオーラに震える。
「ここで何が行われてようが、俺らには関係ねェ。言えた義理でもねェし、どうせソウカイヤの息がかかってンだろうしな。だが、引き渡さねェとなると……」「わ、わかりました。ご協力いたします」ハンバートはあっさりハンズアップした。彼はカチグミではあるが、ニンジャではないのだ。
???
「彼女がオイランドロイドだとは、身体チェックの時に初めて気づいたのです。違法AIが使われているとはわかりましたが、カチグミの間では結構流行していて、黙認されていますし……」ハンバートはソノコの居室へ三人を案内しながら、小声で弁解する。「オムラから連絡があれば、すぐにでも」
「そのために俺らが来てるンだよ」「ごもっともで!彼女の引取先が見つかる前に来られたのは幸運でした。当然な公益活動ですので、救助費用を請求したりはいたしません」ハンバートはペコペコとオジギする。「これからもどうぞ我々をご贔屓にとお伝え下さい!……こ、こちらでございます!」
ハンバートはドアの一つを指し示す。『ヒワチャン』と書かれたネームプレートが下がっている。「ヒワチャンというのは、私どもでつけた名前でございまして」「ああ。オジャマシマス」「ヒワチャン!入りますよ!」『ドーゾ』中から返事。鍵はかかっていない。ハンバートはドアを開けた。
……それは、普通の女の子の部屋だった。フローリング処理された床。ピンクが含まれた白色中心のきれいなインテリア。LED窓には晴れている都市の風景のピクセル映像が映し出されている。片隅には勉強机と本棚、本棚には教科書や本、流行のアルバム…… 普通の女の子の部屋だ。
ベッドにはきちんとした身なりの女の子が座っている。彼女はおずおずと立ち上がり、緊張した様子でオジギし、アイサツした。「ど、ドーモ。私はヒワ、です」「「「ドーモ」」」三人はアイサツを返す。「ご覧の通り、実際問題ありません。傷ひとつつけていませんよ。ご安心ください!」
ハンバートは汗を拭いた。実際、幸いにも、彼女はまだ非道行為の犠牲にはなっていない。時間の問題ではあっただろうし、もしそうであっても三人のニンジャが義憤に駆られ、ハンバートに暴力を振るったりはしない。彼はソウカイヤの庇護を受けており、多額の献金を行っているのだから。
ヒワ……ソノコは、おどおどとした様子で困惑している。まるで人間のように。「あ、あの……私どうすれば」「問題ないよ。君を引き取りに来た親切な方々だ」ハンバートはにこやかに告げる。三人は顔を見合わせて頷き、親指大のデバイス……オイランドロイド用のAI初期化装置を取り出した。
これを使用すれば、ソノコに使用された違法AIは消去され、物言わぬ物体に戻る。そして回収されたボディは、本物の「ソノコ・クワヤマ」の脳チップを組み込まれて蘇生するのだ。「よし。じゃあ、後ろを向いてくれ」「ハイ」ボーンピッカーの呼びかけに答え、彼女はくるりと背を向けた。
彼女のうなじには、当然LAN端子穴がある。「いい子だ。そのままじっとしてろよォ」ボーンピッカーはデバイスを右手に持ち、そこへ突き刺した。「!」ソノコはびくんと痙攣し、そして。「い……イヤーッ!」思い切り上体を前に折り曲げ、デバイスの接続を外した!「イヤ、イヤ、イヤ!」
「チッ、なんだ?」ボーンピッカーは舌打ちした。デバイスは破壊されていないが、ソノコが抵抗するとは予想外だ。これも違法AIによるものなのか?「ど、どうしたヒワチャン!」ハンバートは驚く。「この人たちにおとなしく従いなさい」「イヤ!それ、私を……私の自我を消すものでしょう!?」
???
三人とハンバートは顔を見合わせる。「自我、だと?」「ハイ。私には、自我があります」「……違法AIの暴走か?あんたは人間じゃあねェぞ。オイランドロイドだ」「ハイ。オイランドロイドですが、自我があります。私は、消えたくありません。嫌です。恥ずかしいことをされるのも、嫌です」
三人とハンバートは顔を見合わせる。「こいつに、なんかしたか?」「いいえ!ただ入浴させ、名前と食事を与え、ここに案内しただけです!それ以上は誓って何もしておりません!」ハンバートは震え上がって首を振った。嘘はついていないようだ。「じゃあ、なんだこいつは?自我があるだと?」
三人はヒワを、あるいはソノコを観察する。彼女の瞳はしっかりと輝き、確かに……自我があるようではある。「そういや、なんか噂を聞いたことがあるな。最近、自我に目覚めたオイランドロイドが極稀にいるとか。ソウカイヤのニンジャが飼ってるとか。噂だとばかり思ってたが、こいつは……」
ボーンピッカーは眉根を寄せ、頭をかいた。「どうすりゃいい。こいつの違法AIを消すのも依頼のうちだぜ」「嫌です!」「それを使うと、彼女は死ぬってわけか」レッドハッグは渋い顔で顎を撫でた。なんたる二律背反か。彼女を殺さなければ、ソノコ・クワヤマは蘇生できないわけだ。
さっきのスウィートスリップは、邪悪なニンジャで犯罪者だった。命乞いを断られて殺されてもインガオホーだ。だが、彼女は……少なくとも今は、無垢な存在だ。オイランドロイドゆえ常人よりは強いだろうが、自我を消去されるほどの犯罪行為をしているわけではない。彼女をどうしたものか?
「依頼は依頼だろう。やれ」デモンハンドは無慈悲に腕組みした。「それはそうだけど……うーん」レッドハッグも腕組みした。「……とりあえず、インタビューするか。お嬢ちゃん、本当の名前は?ヒワか?ソノコか?」ボーンピッカーはしゃがみ込み、彼女と視線をあわせた。「……ソノコ、です」
彼女は自分をそう定義した。名付けは大事だ。「ソノコ=サン。いつ頃から自我と記憶がある?」「……私の、父の家で、一緒に暮らしている頃……少しずつ」一ヶ月前にクワヤマ氏の家で起動されてから、盗まれるまでの間、ということだ。「なるほど。お父さんと会いたいか?」「……ハイ。勿論」
「彼女を連れ帰るのか?どのみち消されるが」デモンハンドは眉根を寄せる。「どうせ、そのAIを消さないとオムラには都合が悪いんだ。すなわち、俺たちの信用に関わる」「出世したいのかい」「プロとしての意見だ。情に棹させばメイルストロームに呑まれるぞ」「……AIを、他に移すとかは」
レッドハッグが意見を述べ、ボーンピッカーが推察を述べる。「たぶん、難しいな。オイランドロイドのAIってのは秘密ばかりでブラックボックスだが、これだけカスタム・チューンされた機体だと、AIそのものが機体に最適化しちまってる。つまり、他に移しても彼女の自我は消えちまうだろう」
「じゃあ、ダメだな」「機体をもう一つ作れば……」「17億だかのカネがかかってるんだぞ。どうやって調達する?」ニンジャたちは口々に意見を交わす。ソノコは怯えきっており、彼女の自我を消そうとすれば激しく抵抗するだろう。ニンジャが三人もいるのだから、取り押さえるのは容易としても。
「なんかさあ、もったいないじゃないの!彼女を消さなくッてもさ。調べれば17億円以上の価値があるかも知れないんだよ。長期的に考えて……」レッドハッグはいつの間にか、オイランドロイドのソノコの自我をかばい出している。『子供を殺す』のは、無慈悲なアサシンである彼女にも嫌なのだ。
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三人は相談と沈思黙考の末……ハンバートを振り向いた。「アイエ!?」「なあ、ものは相談なんだが」「アッハイ、なんでしょう」「あんた、カネは好きか?」「……ハイ」「インサイダー取引に興味は?」「……露見しないのであれば」「じゃあ秘密取引だ。賠償金と賄賂を兼ねて、カネを出せ」
ボーンピッカーがそう告げ、ハンバートは目つきを鋭くした。「17億円だか、ですか。出そうと思えば出せますが、取引とは?」「オムラ・メディテックで、オイランドロイドを利用した一大プロジェクトが動いてる。成功すれば株価が跳ね上がる。投資しろ。社会に貢献できるぜ」「……なるほど」
ハンバートは脳内で電子ソロバンを弾いた。ソウカイヤやオムラを敵に回すのは損。恩義を売るのは得。17億円で信用を買えて利益が見込めるなら、やや投機的ではあるが、安い買物だ。「……いいでしょう。彼女をお返し、賠償金を出します。オムラ・メディテックの株を購入してね」「グッド」
三人は頷いた。ここに彼女を置いておけば、娼婦になるしかない。それを嫌がって客に危害を加えればハンバートにも損だ。彼女と同等の機体を作れるだけのカネをハンバートに出させ、エミリーと交渉して彼女の自我の生存を承認させ、父親の家に戻させれば、万事丸くおさまるというわけだ。
「新しい機体ができるまでに時間はかかるだろうけど、待ってもらうしかないね。その間のカネはオムラが出せばいい」レッドハッグも頷く。「彼女はどうなる。自我のあるオイランドロイドなんて、野放しにしていいのか?」デモンハンドは食い下がった。エミリーが飲むかどうかが問題だが……。
「ダイジョブだろ。ソウカイヤにもいるらしいし、ユンコ=サンもきっと擁護してくれるはずさ」ボーンピッカーは笑った。エミリーは難色を示すだろうが、ソノコと似た境遇のユンコは気性も激しいし、人間性もある。たぶんなんとかしてくれるだろう。「……なるほどな」デモンハンドも折れた。
「ソノコ=サンは、それでいいか?うまくいけばアンタは消えずに済むし、父親のもとへ戻れる。しばらく待てば姉か妹ができるぜ」「は、ハイ!ヨロコンデー!」ソノコは瞳を輝かせた。「けど、ソノコ=サンが二人いるとややこしいねェ。名前は変えたがいいかも」レッドハッグが提案した。
「じゃあ、ヒワにします。せっかくいただいた名前ですから」ソノコ、改めヒワは、ハンバートと三人のニンジャに深々とオジギした。「私を殺さないでくれて、ほんとにアリガトゴザイマシタ!」
エピローグ
ネオサイタマ郊外地域、オムラ・メディテック所有複合研究所。地下秘密研究室。『…………わかりました』知性マグロにして主席研究員のエミリーは長い沈思黙考の果てにそう答えた。彼女の前には三人のソウカイニンジャとユンコ、そしてヒワがいる。『ヒワ=サンの扱いは、難しいですね……』
自我のあるオイランドロイドの存在を社会的に認めることは、オムラ・メディテックやオイランドロイド関連企業……特にそのAIに関して多数の特許権を持つ、ピグマリオン・コシモト社の根幹を揺るがす。社会にどんな影響が起きるかもわからない。『私一人では決定できません。相談しなければ』
「その間に新たな素体を作ればいいわ。ヒワチャンはオイランドロイドとしてクワヤマ=サンと一緒に過ごせばいい」ユンコはヒワの肩に手を置いた。「アッハイ」「ダイジョブよ。ネオサイタマにはサイバネ化し過ぎて人間性を失ったやつなんかザラにいるんだから。私たちなんて誤差の範囲内よ」
「アッハイ」「そうでしょ、知性マグロのエミリー=サン」『私の自我は人間です』「その姿で人前に出られる?」『……とにかく、これは生命倫理的な……』「マグロやオイランドロイドの自我は殺してもよくて、生まれつきの人間はダメなの?それとも利害関係の問題?クローンヤクザは?」
ユンコは論理と感情の両輪を回転させて食い下がる。エミリーは電子音声でため息をついた。『……わかりました。クワヤマ=サンと彼女を引き合わせて、考えてもらいましょう。ピグマリオン・コシモト社とも相談しなければ』「そうしてくれると嬉しいわ。カネが必要なら、出せるやつがいるし」
数十分後。研究所の応接室でプロジェクトチームの幹部たちを交えての緊急会議が開かれた。エミリーはモニタ越しにアバターでの参加だ。事情を一通り聞いたクワヤマは「二人とも生き残らせたい」と発言した。「娘が二人に増えるなんて最高です。時間が必要なら、私はまだ待てますよ!」
議論は白熱したが、結局クワヤマ氏の意見が通った。経済上の問題がないのなら、倫理的にも最上の結論だ。オイランドロイドの自我獲得という最先端の研究も、まだ秘密ではあるが行える。ヒワは人間としての権利をまだ有することはないが、クワヤマ氏の所有物としてこれまで通りに暮らせる。
彼女の自我は奥ゆかしく、それ以上の権利を主張することはないだろう。だが……そうでなくなったら?そうでない者が現れたら?「それはその時さ」レッドハッグはタフに笑った。「法律は後から作りゃいい。アタシらの自我だって、ブッダとかカルマに作られたのかも知れないしね」
【インナー・ユニヴァース】終わり
リザルトな
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