【AZアーカイブ】ゼロの蛮人(バルバロイ)第九話
巨大ゴーレムの肩に乗り、派手に暴れまわるフーケ。少々の攻撃では、ゴーレムに傷は付けられてもすぐ修復し、鉄の拳で粉砕される。本来ゴーレムは城攻め用の兵器でもあるのだ。
「敗残兵どもが、あの『礼拝堂』へ逃げ込んでいく……いや、逃げ出している奴もいるね。あの中にトラクスがいやがるのかもねェ、フフフ」
フーケが不敵に笑う。もう、相手になるようなメイジは殆どいないだろう。しかし、そこへグリフォンに乗った男女が飛来し、礼拝堂へ飛び込んだ。
「おやおや、新手だね。あの赤毛の嬢ちゃんは、学院で見覚えがあるよ。いよいよ怪しい、トラクスの奴が追い込まれているのかな?」
身を乗り出して心配がる。トラクスが死んで任務が果たせなかったとあっちゃあ、盗賊の名折れだ。助けに行くか。その前に、目をつけていた近くの宝物庫らしき場所をぶち壊す。
「おおっ、あったあった! お宝だよ!」
破片は礼拝堂に降り注ぎ、いくつか大穴を空けた。フーケのゴーレムが財宝を大きな掌でゆっくりと包み込み、土の身体の中に取り込んでいく。
◆
その頃、『レキシントン』艦内。貴族派の議長クロムウェルは、甲板で城の様子を見ていた。
「ふん、蛮人どもはよくやっているようだな。あのゴーレムは使える」
「……恐れながら、あのような下賎の者たちに国王の首を取って来させるなど、礼儀を失う気もいたしますが」
「ボーウッド卿。国王は貴族や市民を弾圧する悪政を行い、人心は離れた。今は王国なき、ただの老人だ。一人の老人が、一人の男に殺される。それだけの事だよ」
クロムウェルは薄く笑う。貴族も王族も、この『アンドバリの指輪』の前では下僕に過ぎない。
「それに武運つたなく奴らが討ち取られても、こちらに別段損はない……蛮人と、盗賊が死ぬだけのこと。そろそろ総攻撃の準備も終わる。中で動きがあり次第、砲撃と突撃開始だ」
この人は、危険だ。艦長ボーウッドはそう感じた。だが、今更裏切るわけにもいくまい。貴族としての、否、武人としての誇りにかけて。
◆
「土のゴーレム……フッ、やはりな」
屋根の大穴から外が見えた。ワルドは笑い、その『風穴』から外の風を吸い寄せる。
「下がっていたまえ、諸君。殿下も、キュルケくんもだ。こいつは僕が全力で始末する。ユビキタス・デル・ウインデ……」
ワルドが呪文を唱えると、周囲の空中に四人ものワルドが同時に出現する!
「なっ」
「「「これが我が『風』の魔法、『遍在』だ。風はあらゆる場所に吹き渡る。そして術者自身を寸分違わず、風によって分身させるのさ」」」
「これが『遍在』か! ワルド殿は、スクウェア級の大メイジの域におられるのか……」
スクウェアクラスのメイジは、一つの国内にも数えるほどしかいない。ウェールズさえトライアングルだ。この若さでその域に達するとは、尋常ではない。それが『五人』だ!
国王の左右に各一体、ウェールズの傍に本体、トラクスの斜め上の宙空に各一体。『遍在』の分身と本体が五方からトラクスを囲み、レイピアのような杖を向ける。魔法も同様に使えるようだ。
「「「ここまでだ、蛮人!僕の最強の魔法を喰らってあの世へ逝け!」」」
一斉にワルドが杖を振り上げる。その周りには雷雲が発生し、稲妻が蛇のように蠢く。
「「「『ライトニング・クラウド』!!」」」
死の閃光が、真昼のように礼拝堂を照らす。トラクスはデルフを右手で振りかざすが、到底防げまい。アバラも何本かヒビが入っている。しかし、彼は『風も凍りつくような』笑みを浮かべていた。
「「「行くぞ!」」」
だが、屋根が突然バリバリと裂け、降ってきたゴーレムの巨大な掌がトラクスを覆い隠す。複数の稲妻は激しくゴーレムを焼くが、電流は地面に吸収され、トラクスには届かない。
「危なかったねトラクス!! 感謝しな、二度も命を救ってやったよ!」
フーケだ。トラクスにとっては、まさに救いの女神に他ならない。
「貴様ァ、ロングビル! やはり貴様がトラクスを手引きしたのだな!!」
「当たりい。安心しな、お嬢ちゃんがたの純潔は無事だよ! そして魔法学院の秘書『ロングビル』とは世を忍ぶ仮の姿。その正体は、近頃トリステインを荒らしていた怪盗『土くれ』のフーケ様さあ! 生で拝んで這いつくばりな!! そおおおれ!!!」
拳を『鉄』に変えたゴーレムが塔のような豪腕を振るい、屋根も壁も吹き飛ばしながら攻撃する。逃げ遅れた兵士たちが、頭や胴に建材を喰らって倒れる。ワルドの遍在も、いくつか叩き潰される。外にいたグリフォンまでも傷を負った。
「くそっ、いま一歩で!! 下郎が!」
「ははっ、悪いねェ王子様。あんたにゃ恨みはないが、あたしの家は元貴族でね。アルビオン王家に家名を剥奪され、今じゃこの通りさ! なあ、国王陛下ァ! 『サウスゴータ』といえばわかんだろオ!?」
「サウスゴータ……! 貴様、あの……!」
一瞬の隙を突き、トラクスが跳ぶ。デルフリンガーの血刃は、ざぐりと老王ジェームズの左肩に食い込む。
「ぐふっ……」「父上えェェ!!!」「「陛下ッ!?」」
更なる惨劇。恐るべき刺客の剣は、王の生命に届いた。
「言い遺す事、あるか。アルビオンの王様よ」
「うぐっ……見事じゃ、トラクスとやら。国王たる余が蛮人の剣にかかるとは、不名誉な事よ……。よかろう、この老いぼれの皺首をくれてやる! じゃがウェールズ、お前は逃げよ! 生きてテューダー王家を復興するまで、決して死ぬでないぞオオオ!!」
ドン! と首が飛び、ジェームズ1世は、蛮人トラクスに弑殺される。
「おおおおおおおおおおおおオオオオオオオオ!!! 父上ェ!! 分かりました! このウェールズ、ご遺志を継いで必ずや王国を奪還する事を、始祖ブリミルに誓いましょう! そして憎き仇、トラクスとクロムウェルを討ち果たす事を!!」
「まだだ、ウェールズ」
「がっ」
トラクスの剣は止まらない。叫んでいるウェールズの左手の指が二本飛び、『風のルビー』が奪い取られる。
「戦場で強い戦士に殺される事、とても名誉な事。この王様、きっと天界に生まれ変わる。お前もワルドも強い。俺も、もっと強くなる。また会おう」
首と指輪を手に入れ、トラクスはフーケのゴーレムに飛び乗った。しかし、疲労が限界に達したか、ぐらりとよろめき膝をつく。
「逃がさん、盗賊に蛮人!! 喰らえッ!!」
「私もよ! よくもッ!!」
飛び上がった一体のワルドが、渾身の『ライトニング・クラウド』を。キュルケが三つの『ファイア・ボール』を放ち、下手人を黒焦げに変えようとする。だがその魔法はフーケが振るうデルフリンガーに吸い込まれてしまう。
「ツッ……デルフごしでも、かなりビリビリ来るね。まともに喰らえば黒焦げだよ、おっかない。そんじゃあ、またね! 皇太子に子爵に小娘ェ!!」
ゴーレムが鉄の掌で『遍在』を叩き潰し、土埃に紛れて立ち上がる。城門の向こうで待機している『レキシントン』まで、大股で歩けばすぐの距離だ。
「くっ! 殿下の目の前で何たる失態! 情けないわ」
「いや、まだ追いつける! 来い、『シルフィード』よ!!」
ワルドが口笛を吹くや、物陰に潜んでいた風竜シルフィードが飛び出し、その前に着陸する。
「囚われのタバサ嬢の使い魔だ。近くの森の中に潜んでいるのを発見し、潜ませておいた。この切り札なら、鈍重なゴーレムなど余裕で追い抜ける! 行くぞ!!」
ワルド、キュルケ、ウェールズは、シルフィードの背に乗り烈風のようにゴーレムを追う。
「風竜! 確か、あのタバサって娘の……!」
「そうよ、タバサが貴女たちみたいな悪人に、黙ってホイホイついて行くもんですか! この年増! さっきのお返しよッ!!」
連射されるキュルケの魔法を、フーケは必死にデルフで防ぐが、トラクスのようには行かない。厚手のマントが焼け焦げ、肌や髪も火がかすめる。直撃を食らえば消し炭だ。
「ええい! くそオ、デルフ、気合を入れて! トラクスも早く起きなさい!」
「俺様がトラクスの体を操ることも出来るんだが、ちょっと今は無理だぜ、こりゃァ」
「この距離なら、『遍在』を使うまでもない。行きますぞ殿下、私にあわせて下さい!」
「応! 行くぞ、ワルド子爵! 父上の仇をこの場で討つ!!」
風のスクウェアとトライアングルが呼吸を合わせ、鋭く大きな『風の大鎌』を作り出す。巨大ゴーレムといえども一刀両断しかねない、正義の裁きの剣であった。
「「死ねい!!」」
瞬間、フーケはゴーレムを『自壊』させた。無数の岩と金属と土埃が宙に舞う。財宝を一緒に捨てる事になるが、命あってのお宝だ。フーケはなけなしの魔力を空中で操り、大鎌の刃をずらす盾となるよう、旋回する岩の『丸天井』を作る。表面は陶器のようでツルツル滑り、両断されても勢いを殺せるよう、内側に砂利混じりの分厚い『粘土層』がある。
「これならどうだ! 風で土埃は立てられても、大地はびくともしやしないさ!」
それでも風の鎌は丸天井を切り裂き、かなり勢いを失いつつ、落下するトラクスの左眼あたりを斬りつけた。だが、そこまでだ。丸天井はズシィンと地面に落ち、もとの『土くれ』に戻った。素早く地中に潜ったフーケは気絶したトラクスを抱え、全力で城門へ逃げ延びる。
「逃げられたか……」
「必ず、復讐の機会はありましょう。近々クロムウェルども野心に燃えた『レコン・キスタ』は、我がトリステインへも侵攻することは必定。今は殿下、我らと落ち延びて下さい。国王陛下のご遺志を、ゆるがせにしてはなりませぬぞ」
「ああ。トリステイン王国と、可愛いアンリエッタには、大きな迷惑をかけるがね」
三人はシルフィードの首を返し、城へ戻る。最後の命令を伝え、脱出せねばならない。
「は……はあああ……もおダメ、動けない。おおおおい『レコン・キスタ』の方々ァ!! 蛮人トラクスと『土くれ』のフーケ、アルビオン国王ジェームズ1世陛下を、討ち取ったりィイ!!」
「俺様、魔剣デルフリンガーの名乗りも、あげさせてくれええ!! ははは、殺ったぜェ!!」
二人と一本が、城門の下の地面から這い出し、『レキシントン』に向かい勝ち名乗りをあげる。それを聞き、国王の首級と指輪を見た『レコン・キスタ』軍は、大歓声に包まれた。
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