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【AZアーカイブ】使い魔くん千年王国 第七章&第八章 授業&色男

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【第七章 授業】

「ゴホン。では、あらためて授業を始めます」
シュヴルーズが杖を振るうと、教壇の上にいくつかの『石ころ』が現れた。

「メイジにはみな『二つ名』がありますね。私の二つ名は『赤土』。『赤土』のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年間、皆さんに講義します。よろしく。さて、魔法の四大系統はもちろんご存知ですね?」

はじめに行われた簡単な説明は、生徒には常識的で退屈な復習だったかも知れないが、松下にとっては非常に貴重で有意義な情報だった。

この世界の魔法は、『始祖ブリミル』という存在が六千年前にもたらしたものであり、『土・水・火・風』という四大元素の系統で構成されているということ。さらに失われた『虚無』という伝説の系統が存在すること。また魔法が広く深く、生活全般に関わっているということ。そして『貴族』がみな魔法の使い手であり、その力で平民を屈服させていること……など。

松下の世界では、『魔法』とは長い間闇から闇に受け継がれ、世界征服も可能な技術体系である。ほとんどの人は魔法より科学技術を頼り、魔法をも凌駕する力を作り出しているが、それでも真の魔法とは、『土人が核兵器を見るくらい意外な』凄まじい『力』なのだ。
(『始祖ブリミル』とは、この世界の土人を、地球の現代兵器で従えたような奴だったわけかな)
平民たちが貴族にヘイコラする主な理由も、魔法が使えないためのようだ。

説明ののち、シュヴルーズは石ころを短い呪文と僅かな動作だけで、赤黄色く輝く金属へ変成させた。
「ゴゴッ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!?」
キュルケが金属の輝きに興奮する。
「違います、ミス・ツェルプストー。ただの丹銅(真鍮より亜鉛量の少ない銅の合金)です。ゴールドを錬金出来るのは、『スクウェア』クラスのメイジだけです。私はただの……『トライアングル』ですから」

聞きなれぬ用語を聞いて、松下はルイズの服を引っ張り、小声で尋ねる。
「『スクウェア』とか『トライアングル』ていうのは、何のことなんだ?」
「何って、『系統』を足せる数のことよ。それでメイジのレベルが決まるの。……ああ、あんたは『東方』から来たんだったわね。系統魔法は『東方』にはないの?」
「『こちら』の魔法とはだいぶ違うな。それで勉強しているんだが。では、その系統魔法についてちょっと教えてくれ」

「そーねえ、例えば『土』系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、他の系統や同じ系統を足して使えば、更に強力な呪文となるわけ」「ほほう」
落ちこぼれらしくても、魔法の知識だけはそれなりにあるようだ。見直してやろう。まがりなりにもこのぼくを召喚できたわけだしな。

「一系統だけ使えるのがドットメイジ。駆け出しレベルね。『火』と『土』のように、二系統を足せるのがラインメイジ。シュヴルーズ先生みたいに、『土』『土』『火』って三つ足せるのがトライアングル。ここの先生方は皆トライアングル以上よ。四つ足せるのがスクウェアだけど、これは滅多にいないわね」
小声で説明をするルイズの言葉に、松下は頷きながらすらすらとメモを取っていく。ヘブライ語で。
「東方の文字って、やっぱりトリステインとは少し違うのね……」

「それで、きみは…ルイズはいくつ系統を足せるんだ?」
何気なくされた松下の質問に、ルイズは急に押し黙る。話したくないくらい低いのか。そんな風に会話をしていると、またぞろ女教師に見咎められた。

「ミス・ヴァリエール! 使い魔くんとの会話でも、授業中の私語は慎みなさい」
「は、はいっ! すみません……」
「そうね、おしゃべりをする暇があるのなら、貴女にやってもらいましょうか。ここにある石ころ一つを、何でも構いません。望む金属に『錬金』してごらんなさい」
「え? わたし…が? ですか?」

教室内が、にわかに不安げにざわつきだした。松下と女教師がその様子を不審に思っていると、キュルケが手を挙げた。
「あのですね、先生。先生はまだ知らないようですが、危険ですよ」
「危険? 何がです?」
「彼女にあまり魔法を使はせない方が安全だと申し上げているのです。なにしろ『ゼロ』のルイズですからねえ!」

事情を知らぬシュヴルーズは、ルイズに優しく語りかける。
「実習は苦手ですか。よくいますよ、そういう生徒も。ですが、彼女は勤勉で、大変な努力家だと私も聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。やってみましょう。失敗は誰にでもあります。少々の失敗を恐れては何も出来ませんよ?」

やがてルイズは意を決し、立ち上がった。
「や、やります!」
「よろしい、ミス・ヴァリエール。教壇へ来なさい。まずは錬金したい金属を、心の中に強く思い浮かべるのです。最初は赤銅や、酸化鉄や、硫化水銀でも構わないのですよ?」
柔和そうにシュヴルーズは笑いかける。ルイズはこくりと頷き、手にした杖を振り上げる。

「「「警報! 警報! ルイズ警報!!」」」
慌てて机の下に隠れる生徒たち。
「マツシタくん! あんたも隠れなさい!」
キュルケが危険を告げ、松下も急いで机の下に隠れる。目を覚ましたフレイムがおびえている。何が起こるんだ?!

閃光! そして次の瞬間、教壇を中心に爆発が発生した!! さらに驚いた使い魔たちがパニックを起こし、暴れまわる!!

「こりゃどうしたことだ、空爆か!?」
「『ゼロ』のルイズの仕業よ…。あの娘、頭はいいのに魔法が使えなくて、何の魔法を使おうとしても、いつもこーなってしまうのよ…」
憐れむような哀しげな目をするキュルケ。案外友達思いらしい。
「魔法の成功確率が『ゼロ』ってことか」
「そう。まあ、胸の大きさも『ゼロ』だけど」

爆煙が晴れてきた。爆心地となった教壇では、爆風の直撃を浴びたシュヴルーズが倒れ伏していた。ピクピクしているし、生きてはいるようだが。ルイズはズタボロの煤塗れだったが、立ったままだ。意識もはっきりしている。
何百回と自分の爆風を浴びるうちに鍛えられたのだ……。

やがてハンカチを取り出し、顔の煤をふき取ると、どじっ娘ポーズをキメて一言。
「ちょっと失敗したみたいね。てへっ」
「どこがちょっとだあああああ!! この『ゼロ』のルイズ!!」
「いつものことだったけどな…」

(やれやれ、ひどい奴を主人にしたものだ……)

新二年生の新学期最初の朝の授業は、シュヴルーズ先生が医務室送りになって中断終了した。ルイズは駆けつけた教師たちに問い詰められ、厳重注意の上に罰を与えられた。破壊した教室の後片付けと清掃だ。

「で、御主人様は働かないのか? ずっと机に突っ伏しているぞ」
「あたしなんか、どおおせ何やったってうまく行かないに決まってるわ。そういう運命が定められてるのよ、きっと。だから、こんな雑用は使い魔であるあんたがすべきなの!」

今度はやる気も『ゼロ』か。むしろ『マイナス』だ、共同体全体の迷惑だ。
正しい思考改造が必要かもしれない。多くの貴族連中にも言えそうだが。

「何か言った?」「『ゼロ』と」
「……あんた、お昼ご飯抜き」「はいはい」

松下とは言え8歳児が一人では仕事がはかどるはずもない。掃除が終わった頃にはもう昼休み前で、ぐったりして眠りかけていたルイズは、慌てて食堂に向かう。マナーが厳しいため、時間に遅れると食べさせてくれないのだ。

(さて、こういう時のために保険をかけておいたのだ……)
松下も悠然と食堂へ向かう。こちらは奥の厨房へ。
「マツシタさん! ひょっとして……」
「シエスタさん? 丁度良かった、今度は昼飯を抜かされまして」
「酷いですね、御主人様は。じゃあこちらへいらしてください。また賄いですけど食事をお出しします。料理長のマルトーにも紹介しておきますよ」
「実に助かる。朝食は美味かったからね。むははははは」

【第八章 色男】

アルヴィーズ食堂の厨房にて。料理長のマルトーは、一仕事終えて小休止していた。そこへメイドが戻ってくる。
「おう、シエスタ。配膳は済んだか? って……その坊主はどうした? 知り合いか?」
「ええと、そのことでお願いしたいことがありまして……」
シエスタが簡潔に事情を説明してくれる。人脈は便利だ。

「がはははは、坊主も災難だな! 貴族ってやつはやっぱり性根が腐ってるぜ! 俺がせっかく作ってやっている料理を、いつも『まずい』だの『味付けが下品』だの『量が多すぎる』だのと抜かしては残しやがって! しかもたまにその分の材料費を少ねえ給料からさっぴきやがって!厨房の奴らに伝染病が流行ったときも、治療費補助の申請がちょびっとしか通らねえし!」
かなりストレスが溜まっているようだ。勝手に激昂してきた。

「お互いに劣悪な労働環境ですね」
「んん?ムツカシイ言葉を知ってんな坊主。まあ、今は昼飯時で忙しいし、大したモンは作れねえが我慢してくれ。すぐできるからちょっと待ってな」
「朝食は簡単だが美味かった。あなたの腕は相当なものだと思うよ」
「がははっははは、有難いねえお褒めの言葉。客はボンクラ貴族ばかりでも、この料理長マルトーは料理の腕は抜かないぜ。それが『平民』の誇りだからな」

『平民の誇り』か。労働者の鑑だ。ぼくが政権をとったあかつきには、是非表彰してあげよう。その前に選挙対策委員に任命してみようか。王国に政権選挙はないだろうが。

「ほおれ、パンとシチューだ。余ってた食材も入れたからな、具もたっぷりだぞ」
「いただきます」
素朴な賄い飯だが、あの粗末な囚人以下食と比べれば雲泥の差だ。
「ああ、実に美味い」
「ははは、満足してもらえたみたいだな。また食いっぱぐれたらここにきな。適当に何か作ってやるからよ!」
「有難う。まあきっと毎日お世話になるよ」
中年親父と8歳児に、奇妙な友情が生まれた。

場面変わって、学院長室。オールド・オスマンにコルベールが報告する。
「ミス・ヴァリエールの呼び出した使い魔の『右手』にあらわれたルーンの写しです。気になっていたので調べてみたのですが……」
持ち出したのは『始祖ブリミルの使い魔たち』という古書。

「端的に申し上げますとですね、彼は『ヴィンダールヴ』です」
「あの伝説の? 何かの間違いではないのかね?」
「私も最初そう思ったのですが、他のどのルーンにも該当しませんでした。ほぼ間違いないと思われます」
「では、それを召喚したミス・ヴァリエールは…『虚無』の担い手だというのかね?」

確かにルイズは、四系統のどの魔法も、簡単なコモンマジックさえもまともに使えない。『サモン&コントラクト・サーヴァント』が成功したのが、学院七不思議の一つになったぐらいだ。では、残る系統……『虚無』こそが彼女の系統なのでは? そして『虚無』魔法の担い手は、始祖ブリミルと同じく四人の『使い手』の一人を得るのだというが……。

「そこまでは。ですが」
「今はまあ、保留じゃな。おぬしは引き続き調査にあたってくれ。当然ながら、このことは一切他言無用じゃ。わかったの」

松下はマルトーに気に入られ、以後いつでも食事や食材をおごってもらえる事になった。人脈はとても便利だ。
(腹もくちくなった事だし、図書館でも行ってみるか……)
と、食堂の方から何か言い争う声がする。

「そこのメイド! 君が気をきかせて香水壜のことをスルーしてくれなかったせいで、二人のレディの心が傷ついたんだぞ! どうしてくれるんだ!」
よくわからないが、恩人のシエスタが、馬鹿貴族のボンボンの色男の甲斐性なしの二股膏薬の八つ当たりで責められているらしい。これは助けなくてはなるまい。

「おお、なんという悲劇なの」
「ど、どうしてくれるんだ!? どないしてくれるんだ!?」
シエスタはうつむき、ふてくされたように話し始める。

「……あなた方のような、幸運にめぐまれた、鼻の下の長いお方には分からないかも知れませんが……不幸な人はより不幸になり……貧しい人はより貧しくなる……というのが現実なんです」
「僕はきみの人生観をきこうとしてるんじゃない!膝をついて謝るんだ!」

そこへ松下が割り込む。
「まあまあ、世の中を理解してないなあ。この貴族はなってない」
「なってないのは君たちの方だ!!! なんだこの子供は!!」
「たかが女の子二人に振られたからって、そんなに金切り声をあげることはないでしょう」
「言うなあこの餓鬼! 振られたとか言うなあ!」
貴族の少年……ギーシュは、仲裁しようとした松下の頬をつねり上げた。
「あ、いちち……痛ぇ……この野郎!!

びりっ

「ぎゃーーーーーーーーーーっっ!!」
松下は、お返しとばかりにギーシュの側頭部から何かをむしり取った。
「お、おい、ギーシュに何をした!? 何だそれは!」
「これだよ!」
ぽい、と投げて寄こされたのは、ギーシュのであった。

「「「ひーーーーーーっ、みみみみみみ」」」「ひいひい、痛い痛い」
うずくまり、涙目で耳のあったところを押さえるギーシュ。血が指の間から流れ出る。水の治癒魔法ですぐ治せばくっつくだろうが、これでは面子は丸潰れのままだ。

「おい、確かこの餓鬼は『ゼロ』のルイズの使い魔だぜ」
「マジか? さすが躾がなってないな、貴族に手を上げるなんてさ」
周りのギャラリーがさらに騒然とする。

ギーシュは脂汗を拭い、耳を押さえて松下に向き直る。顔が真赤だ。
「はあはあはああああああ、けっ、決闘だ! 使い魔君! 今すぐ僕と決闘したまえ!!」
「よかろう。どこでやるのだ?」
「あっさり受けてくれるとは嬉しいね! ヴェストリの広場ならちょうどいいだろう。正々堂々このギーシュ・ド・グラモンと戦え!」
「ああ、わかった」
「よーし! ならば僕は先に行って待っている。絶対逃げるなよ!?」
すごい勢いで決闘が決まった。食べ終わったギャラリーがギーシュの後をついて行く。

「ま、待ってください! 貴族と決闘なんて…危険です! やめてください! いくらマツシタさんが子供でも、ひょっとしたら、こ・殺されてしまいます!」
シエスタが震えだした。そこへルイズも駆けつける。
「あんた! 人の護衛もせずに勝手になにやってんのよ!!」
「きみに昼飯抜きにされたので、厨房でご馳走になってきた」
「ああ、そう… で、あんたが多少強くても、相手はドットだけどメイジよ? 勝算はあるの?」
「何を繰り出してくるかにもよるが、実戦経験はある」

敵戦力の把握は必須だ。同級生のルイズに聞くとしよう。
「あいつは『青銅』のギーシュ。『土』のドットメイジで、等身大の青銅の人形を操って戦うそうよ」
「初戦の相手としてはまずまずだな」
「危なくなったら逃げるのよ? あいつ名うての馬鹿だから」
「まさか。まあ、少しいろいろと準備をしておこうか」

鴨がネギを背負ってやってきたな。さくっと降伏させて下僕にしてやるか。

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三宅つの
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