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【AZアーカイブ】ルイズ伝・ゼロと竜と世界の話

ハルケギニアの歴史は《始祖ブリミル》から始まり、その三人の御子と一人の弟子が王国を築いて、現代に至ったと伝えられている。始祖ブリミルはまだ神話の霧に覆われているが、四王国の存在は確かである。それらは六千年以上前、大陸の西方に起こり、現在も戦乱はあるが続いている。

豊富な記録……精巧な魔法技術の数々……そして何よりも、王国を支える貴族、メイジの存在が……その強大な王国の権力を表している。

《第一章 ゼロのルイズは如何にして魔法学院で竜を召喚したか》

「始祖ブリミルよ、生ける神よ、貴方と同じく臣にかこまれ、奴婢をおき、杖を振って魔法を使わしめたまえ。我ら子孫に幸いを与え、祟りなすことなく、王国の繁栄を給わりたまえ。トリステイン魔法学院の生徒、ルイズが祈りまする。我に『使い魔』を授けたまえ………」

『使い魔』とは、メイジによって召喚される禽獣で、しばしば魔法によって捕らえられ、奴隷やペットにされていた。この王立魔法学院では、二年生進級の神聖な儀式として、召喚を行うのだが…。

「まて! ちょっとまちなさい! ミス・ヴァリエール!」
桃色の髪の女子生徒、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの魔法失敗は、ただ魔法が完成しないだけでなく、結構な破壊力の《爆発》を引き起こすのだ。見かねた教師のコルベールが、彼女を止めた。

「……九十九、百、百一……やっぱり無理だよダメルイズ! もう百一回目のプロポーズだぜ!」
「数えてたのか、暇な奴だなあ」
「呼び出せないと、学院の規定通り、彼女は留年せねばなりません!」
「も、申しわけありません。もう一度だけ……」
「コモンマジックも満足に使えんのか! やっぱり《ゼロ》だ! ワハハハハハ」
もはやルイズは、息も絶え絶えだ。顔は煤と涙と汗でドロドロになった。
周囲の嘲笑が悔しすぎる。唇を血が出るほど噛み締める。

「仕方ないですな……座学は優秀ですし。特例で明日から三日間、補習として猶予を与えます。それまでに使い魔が出なければ、ヴァリエール公爵家に連れ帰ってもらいなさい!」
絶え間ない上、狙いの定まらない爆発にビクビクしていた一同は、ホッと一息つく。
「ほらルイズ、帰ってゆっくり休んで。いいから、帰りましょう」
友人のキュルケの情けが、なけなしのプライドを引き裂く。もう言葉も出なかった。

夢の中、闇の中。ルイズは、青銅色の恐ろしい顔を持つ悪魔たちに追い回されていた。人間の心を貪るような異常な造型と、魂をひねり潰すような嘲笑。口からは牙をむき出し、意地悪い視線で蔑む。

(食い殺される! 私が召喚してしまったの? それとも私の絶望と恐怖の産物?)

キュルケに、モンモランシーに、ギーシュに、コルベールに似たような、おぞましい顔、顔、顔、顔。足を滑らせて倒れたルイズに、仮面をつけた半裸の男が顔のついた大斧を振りかぶって、差し出された頚をズンと刎ねる。

「いやっ……いや――――――――――っ!!」

「おはよう、ルイズ。だいぶ、魘されてたわね?」

いきなりキュルケの巨乳が目に入った。もう朝か。勝手に《開錠》の魔法を使うのは校則違反だが、余程呻いていたのか。

「あ…はあ……夢を……悪魔たちが、私を食べようとして……」
「まあ、可哀想なルイズ! 夢の中でも気が休まらないなんて。でも大丈夫よ、私が応援してあげるから。けど、運がいいわね。本当は留年だったのに、コルベール先生も人がいいんだから……」
「ツェルプストーに応援されても、あんまり嬉しくないの」

一方、学院長室。学院長オールド・オスマンが、コルベールに成績証明書を見せてもらっている。
「今学年の生徒の出来も、まあまあじゃな。外国人留学生に二人、優秀なのがいるようじゃが……」
「はい、二年生進級も無事終わりそうですが……約一名」
「ヴァリエールのゼロ娘か……ま、これでダメなら諦めもつくじゃろ」
二人は揃ってため息をつく。国一番の大貴族で優秀なメイジの娘が、なぜこうなのか。

「ともあれ、有為な若者を育てる事は、国家のためでもあります。それは魔法に限りません。学芸、武勇、礼節、倫理、柔軟な発想なども、健全に育成せねば」
「そうじゃのう、近隣諸国との関係もこじれておるし……姫殿下があとを継がれても、これからが大変な時じゃ……わがトリステインにも、アンリエッタ王女を補佐するすぐれた人物がいればのう……いやいや、マザリーニ枢機卿はよくやっとるが、政治・軍事をはじめ、より天下のことに通じた知恵者が……さすればわが国も……」

ドカアアアアンという爆発音が、せっかくシリアスになっていたオスマンのセリフを遮った。ルイズだ。

「ええい、またかね。期限はもう明後日じゃろ? いい加減にしてくれんかのう」

だが、丸二日経ってもルイズは使い魔を召喚できなかった。黄色い朝日が昇る。
「使い魔を……今日中に使い魔を呼び出せないと……人生終了ね……」
ルイズは《ヴェストリの広場》に向かっていった。すぐ爆発音が響き始める。

そこへ、朝食に向かう前のギーシュたちが、音を聞きつけて通りかかる。 

「見たまえ皆、あそこにルイズがいるよ。自分の爆発で倒れている。ああ、杖も手落として……」
「そういや、今日中に召喚できないと留年ね。退学かも」
「はああ、可哀想。玩具にするには最適の可愛い娘なのに」
「あんた、そっちだったのキュルケ……」
モンモランシーがスザッと引く。大体フェロモン過多なのだ、この成金ゲルマニア女は。

「まてまて、僕に面白い考えがある」
ギーシュが意地悪く笑うと、モグラの使い魔ヴェルダンデに命じて土を掘らせ、ルイズの傍まで行かせてから戻って来させる。咥えているのは、ルイズの杖。
「ちょっとギーシュ、今何したの?」
「《錬金》で作った青銅製の偽物の杖と、密かに取り替えておいてやったのさ。どうせ魔法なんか使えないんだ、杖が偽物なら爆発も起きないし、かえって安全だろう?」

イジメ、かっこ悪い。二人はしらけ切ってそっぽを向く。
「貴族の誇りに何するのよ、馬鹿。付き合ってらんない、行きましょモンモランシー!」
「そうね、頑張ってる女の子に意地悪なんて、人として軸がぶれているわ。ちゃんと返してあげなさいよ」
「ま、待ちたまえ君たち! ああ、ルイズがビックリする顔が見物なのに」
ギーシュは引っ込みがつかず、広場の入り口でうろうろしている。

やがてヨロヨロとルイズが立ち上がり、朦朧とした頭で意識を保つ。体が生命の危機を知らせている。
「もう三日三晩寝てないし、何も食べてない……。使い魔が来てくれればいいけれど、もし来なければ……このまま……」
悲壮な覚悟で、青銅の偽杖を振り上げる。だがもう、精神力も底を尽いた。しゃがみこんでしまい、動けない。

「ご先祖さま……始祖ブリミルさま……どうかルイズに、使い魔を一体、お与えください……ああ、気が遠くなってきたなあ……もし神さまがいるのなら……使い魔を………」

ゼロのルイズ、どうですか?」
ハッ、とルイズが振り向く。声は聞いたことがあるような、ないような。
傍に立っていたのは、六十歳過ぎぐらいの小柄な老貴婦人。杖を持ちマントを羽織って、ルイズを見下ろしている。学院の先生か、非常勤講師だろうか。そう考えるのが一番自然だった。

「あ……貴女は? なぜ私の名を…?」
「ほら、何かいるわよ」
地面に銀色の鏡が現れ、それが水面のように波立って、ザバッと猿のような獣が現れる。その顔は人間の老人にそっくりだ。
「きゃあ!!」
バシャンとしぶきを上げ、怪物は鏡面に沈む。尻尾がちらりと見えた。

「ふっふっふ、せっかくの獲物を逃してしまったわねえ」
「い…今のは…?」
「気にすることはないの。だいいち、その杖では使い魔は呼べないわ。貴女自身の杖でなければ……」
よくよく手元の杖を見れば、私の杖ではない。誰が取り替えたのだろうか、イジメかっこ悪い。

「心配しないで。私がもっといい場所を教えてあげる。その杖を持ってついておいで」
「あ…あの……? 貴女はこの学院の先生、ですか?」
「いいえ、もっと凄いものよ」

スタスタと先を歩く、余裕綽々たる老貴婦人に、ルイズはピンと閃く。
「貴女はもしや……私の呼び出した使い魔では……?」
「ばかをいわないで、私を使い魔などといっしょにするなんて。さっき貴女が呼び出しそこなったのは、水中に棲む猿に似た精怪。大したものではないわ」

ズンズン進む彼女に、ルイズは遅れないように着いていく。足も立たないはずだったが。いつしか二人は学院を離れ、深い山奥へと迷い込む。
「近くにこんな所あったかしら……? いつ霧が……? それに、さっきまでは動くのもおっくうだったのに、今はやけに体が軽い……」

急にガラッと足元の地面が崩れる。あわてて下を見ると、なんと切り立った崖の上だ。しかも眼前には、洋々たる大海が広がっている。

「こ…これは…? いつの間にこんな所に………」

ここは《東方》の海の果て
いつの間にか、老貴婦人は再びルイズの背後にいる。その髪は赤金色に輝き、顔はまるで磨いた銅のようだ。
「と…《東方》…!? しかし、そんな……も…もしや貴女さまは、始祖ブリミルさまですか!?」
「おっと、それは違うわ。まあいいから、そこから使い魔を呼んでみて。貴女は使い魔が欲しいのでしょう」
「で、でもこの杖は……」
「いいからとにかく、私のいう通りやってごらんなさい」

千載一遇のチャンスだ。高貴で強力なメイジが、私の手助けをして下さるとは。藁をも掴む思いで、ルイズは前向きに気持ちを切り替え、杖を構えた。

「気を抜いてはダメよ。たとえ偽物の杖でも、全身全霊をこめて集中すれば、でも召喚することができるのよ!」
「りゅ…竜でも!?」
「そうよ、杖の先、舌の先に全身の魔力を集めるの。技術も力もいりはしない、ただ召喚をするという、ただそれだけのことを……純粋に……強く……念をこらすの」

言われるまま、ルイズは残った魔力を集中する。老貴婦人の鳶色の瞳は、なぜか四角い。

「貴女は、私が始祖ブリミルではないか、と言ったわね? そうじゃない、でも私は、時によってはそれ以上のもの。私は、貴女の純粋に《生きたい》という気持ち、使い魔を求める心に応じて現れた。一点の濁りのない、純粋な心で私を求めるなら、私は時には天をも動かす。けれど、少しでも心に濁りがあるなら、どれほど高位高官の者であろうとも、始祖ブリミルであろうとも、私にまみえることすらできない」

大海がドオオオオオと大波を立て、崖が震える。しかしルイズの精神は、小揺るぎもしない。
「純粋に……心を純粋にするのよ。一切の邪心も恐れも疑いもすべて捨てて、この大自然の中に身を投ずるの。どう、海の中が見えてきたでしょう? 杖の先に宇宙を感じるでしょう! さあ、呼んでみて、竜を!」

きた。

逆巻く海面が銀色に光り輝き、その中から巨大な、ワニのような頭部が姿を顕す。頭には枝分かれした二本の角が、頚には鬣が、牙の並ぶ大きな口の周りには髯が生え、鼻先に二本の長い鬚がある。眉毛の濃い突き出た眉間の下には爛々と輝く眼があり、体は蛇のように長く、大きな青金色の鱗に覆われていて、力強い四肢には五本の爪があった。全長は、何百メイルにも及ぶだろう。まさに竜(ドラゴン)。その神々しい姿に、ルイズは見惚れる。

「そうよ! よく竜を呼んだわ! もし貴女がこの気持ちを忘れず、もう一度私と会うことができるなら、いずれもっと大きな竜を呼ぶことができるでしょう!」

老貴婦人が嬉しそうに叫び、ルイズの周囲が光に包まれた。

その日の夕方、《ヴェストリの広場》の入り口に、今朝の三人が集まっている。
「なんですって、あのルイズ、まだやってるの?」
「ああ、もう夕方になるっていうのに、あの時のままずーっと杖をかまえて、使い魔を待っているんだ」
「あれから何時間経つと思っているの? 貴方が授業にもこないから、ルイズと浮気しているんじゃないかと思って、わざわざ様子を見にきたのよ。感謝しなさい!」
モンモランシーが頬を染めてツンデレする。しかし、その間の皆のスルーっぷりが悲しすぎるではないか。キュルケも肩をすくめ、ため息をついた。

「流石に、杖が偽物なのに気づいたんじゃない?」
「気づいてないよ。呪文をブツブツ唱えながら、気絶したみたいに硬直しているんだもの。僕はずっと見ていたから知っている。可哀想な娘だね」
「「可哀想なのはあんたよ」」
ハモッてジト眼で二人が睨む。なんという馬鹿だ。

「あ…杖を振るわよ!?」
モンモランシーが動きに気づき、二人もルイズを注目する。
ぼんやりと地面が銀色に光り、鏡となった。三人は予想外の展開に、身を乗り出す。
「何か出てくる!?」「まさか!」「ああっ!!」

鏡面が水のように波立ち、杖を振り上げたルイズの手元に、一抱えもある大きな《鯉》が召喚された。

三人はあっと驚く。とうとうあのルイズが、《使い魔》を召喚したのだ。しかも、自分の杖ではない偽物の杖で。使い魔が魚ということは、彼女の系統は《水》なのだろうか?

倒れこむルイズをキュルケが駆け寄って支え、ギーシュが大きな金ダライを作り、モンモランシーが水を張る。《鯉》は青金色の鱗を煌かせ、悠々とタライの中を泳ぎ出した。

このルイズ、魔法成功率の低さから、皆に《ゼロのルイズ》と呼ばれた少女こそ、後の《虚無のルイズ》である。ルイズは四十五年後、このトリステイン魔法学院で、再び竜を召喚するのである。

(つづく)

◇◇◇

封神演義のネタをやってる最中にふと思いついて書きました。つづくと言いながら10年もほったらかしです。言いたいことやりたいことはだいたい書き尽くしたのでこれでいい気もします。

【続く?】

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三宅つの
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