【FGO EpLW ユカタン】第六節 カウント・ミレニアム・ゼロ 上
目が霞む。腹が減る。頭がズキズキ、ガンガン痛む。顔中がヌルヌルした液体で濡れている。血だ。
周りは炎と煙、矢の雨、爆発音。戦場だ。VR技術が進んで、こんなにリアルな戦場体験が出来るようになったか。スゲェ勢いで、前後左右上下に視界が揺れる。吐きそうだ。ああ、なんだか痛みが薄れて、気分が良くなってきやがった。もう何も怖くねぇ。
「……ター」
あン? 背中から渋い声がしやがる。俺にそっちの趣味はねぇぞ、おっぱいのでかいベイブを呼んでこい。
「マスター!」
「グワーッ!」
クッソ、痛みが戻ってきた! 戦場だ、鉄火場だチクショウ! 気合い入れろ俺! 朦朧としてる場合じゃねぇ、歯ァ食いしばれ!
「おう!」
「これより、この包囲を抜ける!気を確かに持たれよ!」
「あァ!? どうやって!?」
「まず、拙者と契約されよ! 宝具と魔力が要る! それには、『マスター』が必要だ!」
「わぁった! で、どうやンだ! 俺ァ魔術師でもなけりゃ、令呪もねぇ……いや待て! 俺からこれ以上魔力を吸ったら死んじまう! 今だってシールダーとキャスターで精一杯なんだぞ!」
「このままでも死ぬよ!時間がないんだ、ランサーの言うとおりにしな!」
ランサーはシールドの陰で、槍を脇に挟み、腰の剣帯から双剣を抜いた。一本を、俺に手渡す。キャスターが光り、剣から魔力が流れ込んでくる。全身の疲労と痛みが、ちったぁマシになった。
「セイバー殿の宝具。これを魔力の燃料といたす。片方は、シールダー殿の盾の維持に」
『おらを頭に被れ。契約の呪文は、おらが唱える。お前さンは、復唱すればええ。一字一句、間違えるでねえぞ!』
「わぁったぜ、やるしかねぇ! なるべく区切って言え!」
抱えるほど大きくなったキャスターを両手で掲げ、頭にすっぽり被る。水晶だから視界は大丈夫だ。こうなりゃもう、やけっぱちだ。なるようになりゃあがれ! マッシュルーム入りヨーグルト野郎、このクソ剣の魔力で、もうしばらく踏ん張ってろ!
『告げぇる!』「告げぇる!」
『汝の身は我の下に、我が命運は汝の槍に!』「汝の身は我の下に、我が命運は汝の槍に!」
『聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うのなら!』「聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に……従うのなら!」
『我に従え!ならばこの命運、汝が槍に預けん!』「我に従え!ならば……この命運、汝が槍に預けん!」
『以上!』「以上!」
よし! クソ長ぇ呪文だが、どうにかトチらずに言えたはずだ! さぁランサー、なんとかしろい!
◇◇◇◇
主君。神君ならぬ、南蛮人を主君とする日が来ようとは。是非も無し。
ここで死ぬわけにはいかぬ。彼の命に人類がかかっている、と言われてもピンと来ないが、死なせるわけにもいかぬ。
ランサーはメンポの奥で微笑み、背のマスターへ大声で答える。
「ランサーの名に懸けて、誓いを受ける! 汝、◆◆◆を、我が主君と認め、ここに契約す!」
契約は成立した。これより、死地を抜ける。あの時のように。
セイバーより受け取った剣から、魔力を吸い上げる。まずは、この槍。右手で柄を握り、水平に構える。
「『鬼半蔵之槍(ヤリ・オブ・ザ・ハンゾウ)』!」
真名解放。鬼を退治した渡辺綱の末裔、「槍半蔵」の渡辺半蔵殿が「陽」の槍ならば、「鬼半蔵」の拙者は「陰(おに)」の槍。陰に隠れ、陰を奔り、陰を操り、陰に進む。主君を導き、生還させ、天下人への道を拓く為。
「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……」
調息(チャドー)せよ。己が身体をゼンで満たせ。半眼となり、魔力(カラテ)を練る。左手でセイバーの剣が淡雪のように溶けてゆく。矢の雨が飛来する。当たらぬ。当たるものか。天命を受けた者に、矢は当たらぬ。すなわち天佑なり!
「『推シテ参ル半蔵之門(ゲート・オブ・ハンゾウ)』!!」
ランサーの眼前に、瓦屋根を持つ城門が出現する。これこそは、ランサーの第二の宝具。江戸城の西、甲州街道へ通じる非常口「半蔵門」。江戸城が危機に陥った時、この門の周囲に控える者らが護衛し、将軍を甲府へ逃がす。服部半蔵の屋敷が門の傍らにあったことからその名がある。
そして、この門と「神君伊賀越え」の逸話が融合した時―――――
「アサシン殿。拙者に続け。即座に動け」
「おうよ!」
ランサーが門に向けて、槍を翳す。続いて、ヤリめいたカラテキックを木製の門扉に叩き込む!
「Wasshoi!」
ゴウランガ! 太古のニンジャ神話を再現するかのごとき所業!
門扉は大きく開き、マスターを背負ったランサーは、オリンピックハードル越え選手めいた跳躍姿勢でそのまま飛び込む! アサシン、シールダーがこれに続く!
◇◆◇◆◇◆◇
「Wasshoi!」
アーチャーとルーラーの背後から、突然大声が轟く。咄嗟に振り向くと、大槍を構え漆黒の甲冑を纏ったサムライ! その背には、水晶髑髏を被ったマスター! 続いて縄使いの女と、盾を操る白い亡霊が虚空から出現!
「!?」「えっ」
ルーラーは思わず正面をもう一度見、振り返って二度見! あの距離を一瞬で飛び越えた! 瞬間移動の宝具か!
「「!!」」
反転したランサーがアーチャーへ、アサシンがルーラーへ無言のアンブッシュ! アーチャーは弓を構えようとするが間に合わぬ! 歯噛みし、馬上から跳躍してルーラーを抱え、聖堂の正面へ飛び降りる!ライダーの操るガレオン船の甲板上へ! 一瞬後、ランサーの槍がアーチャーの馬の首を切断、即死せしめる! 縄は虚しく空を切る!
「え」
落下した両者にライダーも振り返り、仰天! 艦砲射撃も攻撃不可能な角度だ! 襲撃者らはそのまま聖堂の右手、中庭へ落下! アーチャーはルーラーを置いて駆け、吼える!
「追えい! 奴らに聖杯を渡すなァ!」
◇◇◇◇
「……こりゃ、教会か?」
『ン。雰囲気からして、修道院、ちう感じだな』
降り立ったのは、回廊を巡らした中庭。そういや、さっき出てきた屋根の上にゃ、十字架があったな。その傍らに天使もいた。この時代のこの場所にこんなもんあるわきゃねぇから、あの天使様が建てたってぇのか。
……まだ朦朧とするが、魔力をこの剣から吸い上げてるから、さっきよりゃマシだ。これがなけりゃ即死だろう。暗闇の中、松明代わりにもなる。それに契約したおかげか、被ってるキャスターのおかげか、背中合わせになってるランサーの視界が俺にも見えてくる。前と後ろが両方見えるって視点は、便利はいいが、どうも酔いそうだ。グリグリ動くしよ。
「聖杯は、この先にあるはず。魔力の高まりを感じる……近いよ」
「待て待て待てい!」
アーチャーが来た! ガシャガシャと甲冑の音、兵士どもも連れてきやがった! しかし、ここで火矢は使えめぇ。
慌てて中庭を駆け抜け、建物の内部へ。ルネサンス風のフレスコ画が各所に描かれている。えぇと、誰のだったか。階段の入り口上の、紋章らしきものが削り取られている。……建物を建てて、この紋章をつけてから、わざわざ削り取ったってのか。んなわきゃねぇ。
ここはどっか、ヨーロッパの修道院の「写し」だ。聖杯で、それを再現したんだ。で、紋章を後から削った……。
矢の雨をシールダーが防ぎつつ、二階へ駆け上がる。さっきの中庭の周りの回廊の上だ。三人ほどが並んで歩けるぐれぇの幅の廊下が一直線。左右に木の扉が並び、上は暗闇の中に、木の梁が見える。扉の中は、修道士の寝泊まりする個室か。
と、前方で扉の一つが開き、離れた位置に天使が現れた。こいつが、大ボスってわけだ。背後からアーチャー。挟み撃ちか。同時に他の扉も一斉に開き、ぞろぞろと兵士どもが現れ、天使との間に立ちはだかる。
狭い場所で囲まれた。なぁに、アサシンのいい餌食だ。さっきのランサーの瞬間移動は、そうそう使えるもんでもねぇ。魔力が足りねぇ。背中に俺もいる。どうする。横へ逃げるか。いや、扉がねぇ。
「よくもここまで踏み込んでくれたな、異教徒ども。だが、ここまでだ」
天使が、怒りの形相もあらわに言う。端正な顔が歪み、痩せて陰気な中年の修道士ってツラになる。白衣の下は黒い修道服で、頭も黒いフードで隠されている。背中の翼は、よく見りゃ金属製の機械仕掛けだ。ちろちろと火をあげている。……例の、シールダーの防御を破ったやつか。かなりやべぇが、ここでそんなもん使えば……
使うだろうな、こいつ。目がマジだ。サイコ野郎の目だ。
◇□◇
カルデアのダ・ヴィンチが、息を呑み、下唇を噛み、目を見開いて脂汗を流した。ここはフィレンツェの『サン・マルコ修道院』。そしてあの男は……
私がミラノへ赴いたのと同じ頃、彼はフィレンツェにやって来た。そのミラノがフランス王シャルルを呼び寄せ、シャルルとこの男が、愛するフィレンツェを、イタリアを、芸術を、蹂躙したのだ。
「『ジロラモ・サヴォナローラ』……!!」
真名判明
コスメルのルーラー 真名 ジロラモ・サヴォナローラ
◇□◇
「ここじゃアンタが異教徒よ、侵略者さん」
「天使さんよ、俺はキリスト教徒だぜ。プロテスタントだが」
アサシンが嗤い、縄を伸ばす。ランサーが半身になって槍を構え、シールダーが周囲に盾を張る。天使が、修道士が、凄まじい表情で嗤う。
「抗議する者(プロテスタンテ)。異教よりなお悪い、異端か。邪悪な教皇を嫌う点では、近いものがないではないがな。―――聖杯を手に入れ、主の恩寵を給いし我に逆らうか。やはりお前たちには、滅びが相応しい。御父よ、御子よ、御霊よ、御力を!」
天使が腕を左右に広げ、翼も連動して広がる。炎が翼を包む。アーチャーと後ろの兵士たちが引き下がる。来る!
「『虚栄焼却(ファロ・デッレ・ヴァニタ)』!!!」
手の中の剣が淡雪のように消え、爆炎が視界いっぱいに広がり――――俺の意識は、そこで途絶えた。
◆
「ぬぅウ…………!!」
天使が唸る。翼から放射された炎は、兵士どもごと一行を焼き払った。建物は焼けない。彼の衣服や顔が、自分の炎で焼かれている。しかし、すぐに修復する。聖杯の力だ。天使が口から唾を飛ばして喚く。
「アサシン・イシュタム! 愚かなる自殺者の魂を喰らう悪霊!
キャスター・エピメテウス! 愚かさによって人類に災厄をもたらした、呪われし巨人族!
ランサー・服部半蔵正成! 異教を奉じ、迫害者に仕え、殺戮しか知らぬ愚者!
そして真名も知れぬ、形も取れぬ半端者、愚かなるシールダー!
お前たちは、虚構だ! 虚像だ! 異教徒どもの、妄想と虚栄心の産物だ! 偶像め! 焼かれろ!!」
目の前の黒い数本の柱が崩れ、灰となる。そして……床に空いた大穴にガラガラと崩れ落ちる。
「!!」
◆◇◇◇◇◆
「やはり、こっちか! 射て撃て討て!!」
中庭に待ち構えていたアーチャーたちが一斉射撃!
キャスターが地面から「腕」を喚び出し、二階の廊下の床を貫いて、炎からの盾とすると共に、脱出口を作ったのだ! 代わりにマスターは気絶! ランサーは彼を背負ったまま、天使の……ルーラーにしてバーサーカー、サヴォナローラの足下を駆け抜ける! シールダーとアサシンが死力を振り絞り、矢の雨を防ぐ!
狂える天使が大穴から飛び降り、反転し、吼える!
「虚仮(コケ)にしおってェぇえええァァァァア”ア”!!!」