「アポカリキシ・クエイク」#3
【承前】
「『黙力士録(アポカリキシ)』。やつらの活動について、数千年前から未来に到るまでを予言した書だ」
ぼくは……笑わなかった。駄洒落や与太話、偽書の類と笑い飛ばすことも出来たはずだ。ギリシア語のアポカリプシス(啓示、黙示)と力士が混ざるなんて荒唐無稽どころじゃない。けれど。
「地球上のどこかで、常に地震は起きている。通常の地震なら、ここに記されていない。どれほど大きくともだ。ワシは……そうでないもの、地下の力士霊……力神(りきしん)による地震が、全てこの書に記されていることを知っている。長年の体験で、その真実であることをな」
ぐびり。ぼくが唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた。
「その……地震研究所とかへ持ち込んで、研究してもらうとか。大勢の人が助かるはず」
谷松は目を閉じ、首を振る。
「この書を世に知らしめることは不可能だ。力神は目に見えず、何の科学的反応も示さない。荒唐無稽、与太話と一蹴、一笑されるのがおちだ。さもなくば迫害に遭うか、胡乱な終末論を説くカルト教団に利用されるだけだろう。曽祖父もそれを恐れ、公表しなかった」
「そんな……」
「ともかく、ワシはこれを受け継ぎ、知ってしまった。同時に、力も得た。さっきのような。一部の者からは『ヤコブの力』と呼ばれている」
"ヤコブはひとりあとに残ったが、ひとりの人が、夜明けまで彼と組打ちした。ところでその人はヤコブに勝てないのを見て、ヤコブのもものつがいにさわったので、ヤコブのもものつがいが、その人と組打ちするあいだにはずれた。その人は言った、「夜が明けるからわたしを去らせてください」ヤコブは答えた、「わたしを祝福してくださらないなら、あなたを去らせません」その人は彼に言った、「あなたの名はなんと言いますか」彼は答えた、「ヤコブです」その人は言った、「あなたはもはや名をヤコブと言わず、イスラエルと言いなさい。あなたが神と人とに、力を争って勝ったからです」" ――――創世記33:24-28
力。超能力。これを、この書の真実を知った者は。体が震えてきた。もう逃げられない。
「そうだ。君にこの書と知識と力を受け継いでほしい。そのために来た」
「それも、予言ですか。まさか、力神と戦えとか言うんじゃ」
「戦える相手ではない。挑む者はいるが、やつらは…… !」
谷松は急に言葉を切り、身を翻して力場を構成した。音もなく飛来した弾が逸れ、壁を貫いた。敷金が!
「『ドヒョウ・フィールド』の使い手、谷松昭(たにまつ・あきら)だな。預言書を渡してもらおう」
音もなく室内に現れたのは、痩せた、異常に背の高い銀髪の男だ。一応186cmあるぼくが、見上げるぐらいには。天井に頭がついている。手足も不気味に細長い。瞳は……一つの眼に二つ。ぎしぎしと牙を鳴らし、獣のように唸る。
「な、なんです、こいつは!」
「混血者(ネフィリキシ)だ。こやつはまだヒトに近いが……」
敵。この書を受け取るということは、敵に追われるということか!
「さっき言った『力神に挑む者』っていうのは、こいつらですか!?」
「こいつは尖兵に過ぎん。背後にいるのは、カルトだ。国を動かすほどのな。……下がっていなさい、葦の海君」
谷松が手を下げ、力場を……敵が言うところの『ドヒョウ・フィールド』を、畳の上に下ろした。円形の力場が、谷松と敵のいる場を囲む。瞬間、小柄で痩せていた谷松の肉体が巨大化した。敵と同じぐらいに背が高く、横幅は……まさに力士だ。
「DOSSOI!!」
谷松の猛烈なぶちかまし! 目の覚めるような一撃だった。敵は血反吐を噴いて真後ろに吹き飛び、壁に人型の穴を開けた。敷金が!