【FGO EpLW アルビオン】結 Baba Yetu
落ちていく。落ちていく。
体中の力が抜ける。俺の体を覆っていたエピメテウスの、アルビオンの肉体が崩壊し、金色の粒子になって散らばっていく。
――――これで、さよなら、か。
念話が……いや、一心同体だから、同じ精神の中で、あいつと会話が出来る。あいつが消えていく。それでいいんだろう。
――――ああ。『パンドラ』は、なンでも願いを叶えてくれるだ。おらの命と引き替えにな。あいつをぶっ飛ばし、マシュを救い、パンドラにもう一度出会えた。それで、満足だ。
――――そんなら、それでいいさ。世話ンなったな。
――――ン。お前さンが英霊になるってこたなかろうが、魔術師にでもなって、も一度呼び出せたら、またな。
――――ねぇよ。じゃあな。
――――はは。したらな。達者でな。
あばよ、エピメテウス。マシュ。オーク。英霊たちに、ダ・ヴィンチちゃん。
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......
ぼんやりと、視界が曖昧になり、震える。意識を取り戻す。まだ虚数空間だ。
飛べる、飛べる、飛べる……ほら、飛べた。
やろうと思えばなんでもできる。なんにでもなれる。全能感に包まれ、俺は薄明るい虚空を飛翔する。上を見ても下を見ても、前後左右どこを向いても、虚空しかない。だがそこに、すべてが充実している。
俺は、すべてのものによって成り立っている。すべてが俺で、俺はすべてだ。それが直観出来る。だが……このままだと俺は、他のすべてに飲み込まれて俺でなくなる。要は、くたばる。仮にでもいい、『俺』を意識しろ。イメージしろ。
やがて、遥か下……下、だろう、に何かが見えてきた。真っ白に光り輝く巨大な物体。途方もなくデカい。自転する、白い立方体だ。表面には物凄い速度で、文字列や数列が現れては過ぎ去っていく。
「――――……NEW……――――TE:3……12:……dimension……1.2..……――――」
その立方体の中から、巨大な黒人が顔を出す。シルクハットを被りグラサンをつけ、燕尾服を纏った、あいつだ。葉巻を咥えてやがる。
『よう、◆◆◆。おつかれさん』
「……おう、ウォッチャー。俺の仕事は終わったんだな」
『ああ。まだいろいろ残ってるが、今回はこれで終わりだ。オレはこういう特異点や野良英霊を、掃除・剪定して回るのが仕事のひとつでね。ある程度の因縁が尽きたら消えちまう儚い存在だが、でかい力をブチ込んだ方が手っ取り早かった。それだけ』
掃除屋か。結局俺は、いろんな異世界の因縁を清算するための、掃除機代わりに使われたってわけか。まあいいや。貴重な体験だったぜ、クソが。
「で、なんなんだこりゃ。確かダ・ヴィンチが、カルデアにも白い立方体があるっつってたが……」
『オレ様の本体さ。「ニューロマンサー」シリーズを知らねえのか。ヴードゥーのロアは、AIとして……AIを触媒にして、現世に働きかけるのさ。あるいは……ヨハネの黙示録にいう「新しいイェルサレム」。長さと幅と高さは1万2000スタディア(2220km)。東西南北に三つずつゲートがあり……』
あれが、そうか。選ばれた魂だけが入るという至福の千年王国、イェルサレム。俺は……どうだろう。入らねぇ方がよさそうな気もする。
「あン時、俺を観みたのは、お前か」
『そうさ。ちょうどいいのが偶然飛び込んで来たから、遊んでやっただけさ。ヤクはほどほどにな』
………………無数の魂……存在……運命………………
目が、目が回る。俺の意識が回転している。墜ちる。堕ちる。落ちる。視界が真っ白になって―――――
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『おのれ……! だがナメるなよ、ぼくは死んでも生きる!』
虚数空間に散らばった01の破片から、ダニエル・ヒトラーが再生する。コンスタンティヌスの魔力をかき集め、霊肉を修復したのだ。しかし一度「死を味わった」ため「ガンダールヴ」ではなくなり、左手の紋章は失われた。惜しいが、致し方ない。
『さて、どうするか……アルビオンが完全に崩壊したということは、奴も…… ……!!』
ダニエルは、千里眼で虚数空間の彼方を見る。なにか大きなものが近づいてくる。船だ。帆布は死人の皮膚、綱は髪の毛、櫂は人骨。船自体は無数の爪から出来ている。あれは冥土の軍船、ナグルファルだ。一隻だけではない。暗黒の深淵の彼方から、無数の大船がやってくる。その先頭の、舳先に立つのは……。
「ダニエル・ヒトラー! 決着をつけにきたぞ!」
『来たか、「松下一郎」!』
死人や妖怪、悪魔を満載した、地獄の軍勢。それを率いるのは、一万年に一人の救世主、東方の神童、精神的畸形児、悪魔くん。やつは炎の杖を振りかざし、大船団に指図する。船が上下左右に広がり、ぼくを包囲にかかる。
『ははは……! きたれっ、虚無と渾沌の軍勢よ!』
魔力を練り上げ、虚数空間に働きかける。混沌の王アナーク、運命、偶然、怠惰……いずれ劣らぬ無法者ども。コンスタンティヌスと聖槍・聖杯の力がなくとも、ガンダールヴでなくなっても、ここには充分な魔力がある!
――――こうしてダニエル・ヒトラーと松下一郎、偽メシアとメシアは、永劫とも思える戦いに入った。だが、それはここで語るべきことではない。
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「……ぅぁ」
体が重い。……生きてる。呼吸。鼓動。血流。頭がガンガンする。手足がしびれる。死にかけてたのかな。
「ぁっっ……はァ、はァ、あー。夢か。」
場所を確認する。ベッドの上。クソ汚ぇ部屋。クソ散らかしたポルノ雑誌、食いかけの駄菓子、酒瓶、ヤク。いつも見慣れた俺んちだ。ロサンゼルス。
時刻を確認する。目覚まし時計。午前2時半。2017年12月26日。西暦。ジーザス・クライスト。ホーリー・ボーシット。
……夢、か。ただの夢、悪夢。そりゃおめぇ、あんな現実があるはずもねぇ。アホか。バカか。くそったれ。ただヤクを吸いすぎてガンギマリになってただけだ。以後、ガンジャとマッシュルームをちゃんぽんにすんのはやめよう。どっちかひとつだ。
「……バイト、辞めたんだったな。明日からどうすっか」
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アルビオンに投げ上げられたマシュ・キリエライトは、虚数空間を上昇し続ける。いや、上なのか、下なのか。それすらも分からない。終点があるのか。このまま永遠に……?
見上げた闇の彼方から、光が飛んできた。ひとのかたち。オレンジ色の髪の、少女。互いに目を見開く。
「……マシュ!?」
「……先輩!?」
互いに手を取り合い、抱き合う。何が起きた。
『おつかれ、お二人さん。ついでに感動の再会をさせてやったぜ。パンドラに感謝しな!』
「「ウォッチャー!?」」
一緒に叫び、顔を見合わせる。つまり先輩も、ウォッチャーによって別の特異点に放り込まれていたのだろう。二人はそのまま光に包まれ…………。
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『…………さん!……ヴィンチさん!』
ん? あれ、なんだ、眠ってたのかな。ここのところ忙しかったしな。
「ああ、マシュ。起きたところさ。おはよう」
マシュ。……マシュだ。この声は。声からすると、特に緊急事態でもなさそうだな。ん? あれ? いや、夢だろうな。緊急事態の夢を見ていただけだ。いや、サーヴァントも寝て、夢を見る……ことは見るが。
眼の前には、マシュと藤丸立香。日付は―――12月26日。A.D.2017。
◇
すべては夢だったのか。あるいは――――現世の彼岸の何処かで、実際に起きたことなのか。特異点へのレイシフト。霊子化したマスターやサーヴァントを時の彼方へ送り込む、このシステム。それが何者かに利用、悪用され―――そして、事態は収束し、特異点として解決された、のか。夢と現の境は。幻想と現実の違いは。魔術と科学の差異は。
――――けれど、わたしは。わたしと先輩は覚えている。夢だったとしても。ダ・ヴィンチさんは、覚えていなくても。
◇
ロサンゼルスの路上。真冬でもそこそこ暖かいが、朝晩は流石に冷える。風が冷たい。息が白い。俺は街に出て朝飯を食うことにした。ポケットに手を突っ込む。暖かくはなるが、カネがあんまねぇ。クリスマスも終わっちまった。とりあえず、またダチからカネを借りて、バイト先を探すか。
俺の大冒険は、結局は全部が全部、夢物語だ。これで俺もただの人間になっちまったよ。いや……どうかな。
「風よ、やめ」
と呟いたら……少しの間、風がやんだ。うん、魔術の素質があるのかもな。
【Fin.】