【AZアーカイブ】復活・使い魔くん千年王国 第二章 罪と罰
彼らは神でない者をもって私(神)に妬みを起こさせ、偶像をもって私を怒らせた。それゆえ、私は民でない者をもって彼らに妬みを起こさせ、愚かな民をもって彼らを怒らせよう。私の怒りによって火は燃え出で、陰府の深みにまで燃え行き、地とその産物を焼き尽くし、山々の基を燃やすであろう。
旧約聖書『申命記』第三十二章より
アルビオンでの大敗北、そしてゲルマニアとガリアの両大国による侵略開始の急報。流言蜚語の飛び交う首都トリスタニアでは、ついに暴動が勃発した! 一方『雪風』のタバサ――否、オルレアン公女シャルロットは、ガリア王ジョゼフへのクーデターを企図。彼女はトリスタニアに降り立ち、女王アンリエッタとの協約を取り付け、反乱勢力の根城・高等法院に突入した……。
時刻は未明。立ち塞がるのは燃え盛る炎、狂乱する人間たち、ひしめく悪鬼や妖魔、亜人ども。だが、今やスクウェア級メイジに迫る実力を備えたシャルロットの敵ではない。魔法衛士隊最後の一つ・マンティコア隊に事情を話し、協力して暴動の鎮圧に取り掛かる。
マンティコアや竜は高等法院の上空に群れ集わせ、悪魔どもの逃げ道を塞がせておく。暴れまわる人間たちには、隊員が『眠りの雲』を放ち無力化。消火と人命救助活動には消防メイジ隊が対応する。シャルロットは大きな杖に、鋭利な回転する『風の刃』を纏わせて長柄の矛とし、素早く振り回して敵を仕留めていく。急所を狙い、最小限の動きと魔力で、確実に敵を殺す。その美しく滑らかな動きは、まるで妖精の舞のようだ。
ごつい体に髭面のド・ゼッサール隊長が、ヒュウと思わず口笛を吹いた。
「なかなかやりますな、シャルロット殿下! 流石はあのオルレアン公の御姫君!」
「まだまだ。武芸は未熟だし、父上には及ばない。私はまだ……トライアングル級に過ぎないから」
ド・ゼッサールとて、トライアングル級メイジにして魔法衛士隊の隊長。あのワルドほどではないが、魔法戦闘のプロだ。しかしシャルロットの父シャルルは天賦の才があり、僅か12歳であらゆる系統魔法を操る域に達したという。
「目指すは、この悪鬼どもを指揮する親玉。頭を潰せば……」
一行が高等法院庁舎の奥、大ホールへと駆け込むと、燃え盛る炎と煙の中に異様なものがいた。
「ははははは、人間どもにしてはやる方ではないか! だが、所詮土くれに過ぎぬ人間には、我ら悪魔は殺せん!」
毒蛇にまたがり、手に火のついた松明を執り、両肩に猫と蛇の頭を生やした、髭面で毛むくじゃらの大男。ソロモン72柱の魔神の一で、26の軍団を指揮する『火炎公』アイニ(ハボリュム)だ。彼は法律に詳しいが放火を楽しみとし、炎に興奮した人々を煽動して、この世に混乱を撒き散らすのだ!
ごおう! とアイニが三つの頭から地獄の劫火を吐く!
「おお、出たな悪魔!」
シャルロット達は魔法の盾を張り、火炎を防ぐ。どうやらこいつが暴動を煽っていた元凶のようだ。炎を操るという点では、以前出遭った、メンヌヴィルに取り憑いていた悪魔アモンと似たようなタイプらしい。
《悪魔》。
神の優れた被造物でありながら、神と人類に敵対する、悪意によって行動する邪悪な精霊、あるいは魔神。地獄の貴族にして、悪鬼の軍団の首領ども。古代の堕落した神々ないし天使。シャルロットが悪魔と戦うのは、これで三度目になるか。
妖魔ならまだしも悪魔と出遭った者は、このハルケギニアでも数少ない。ブリミル教では、始祖ブリミルと争ったエルフも悪魔扱いしているが、実際は違う。様々な書物やマツシタから得た知識によれば、彼らはサハラではシャイターンと呼ばれ、エルフからさえ恐れられている。それにエルフにとっては始祖ブリミルこそが、異郷の蛮人に崇拝される恐るべき大悪魔だ。なにしろ、始祖が降臨したとされる聖地は『悪魔(シャイターン)の門』と呼ばれているそうだから。
彼ら悪魔の魔力は戦争や天変地異を引き起こし、過去と未来の事柄を知り、たやすく人の心を操るという。なによりも、霊的生物である彼らは不死だ。その強靭な肉体は魔力によって形成された仮初のものであり、重傷を負わせても煙のように再生する。たとえ全身を粉微塵にしても霊魂は不滅で、いずれ地獄にいる本体から復活するという。……なに、それならば全力をもって、こいつを屠ればよいのだ。
「シャルロット殿下、こいつに遠慮はいりません! 思い切り魔法をぶち込んでやりましょう!」
「承知。悪魔は地獄へ送り返すのが一番」
強力な魔法を温存しておいて正解だった。二人は呼吸を調えて呪文を唱え、感情を震わせて精神力を練り上げ、氷のような殺意で魔力に変換する。
「『ウィンディ・アイシクル』!!」
「『ライトニング・クラウド』!!」
旋風が起こり轟音とともに稲光が閃き、無数の氷の矢と稲妻が悪魔の体を貫かんと迫る!
「なぁんのこれしき! 来たれ我が下僕ども!!」
悪魔は無数の悪鬼を盾にして魔法を防ぎ、さらに激しく火炎を吐く! 手練のトライアングルメイジと十数人のマンティコア隊を向こうに回し、悪魔は一歩も引かない。
双方が激戦を繰り広げるうち、ホールの天井が焼けて崩れ落ち、逃げ遅れた亜人どもを下敷きにする。これで風の魔法が使いやすくはなったが、火の勢いも増した。長居は出来ない。
「雪風使いの小娘よ、お前の瞳にも業火が見えるぞ! 憤怒と復讐と殺意に心の内が燃えておるのだろう!? 俺がさらに煽ってやろうか? なに、その結果はやはり、罪業によって民草もろとも、永劫の火に赴くだけだ!!」
シャルロットの心を悪魔が見抜き、嘲笑う。だがそんなことは、悪魔に言われるまでもない。とっくに血塗られた修羅の道を進む覚悟は決めている。反乱を起こし王になるということは、ジョゼフとイザベラだけを殺せばカタがつくというものでもない。旧勢力の粛清、諸侯の懐柔、そして各国との外交問題。ことによればガリア王国を二分し、ハルケギニア全土を終わりのない戦乱に叩き込むかもしれないのだ。
―――マツシタなら、どうするだろうか。《選ばれた非凡人は、新たな世の中の成長のためなら、社会道徳を踏み外す権利を持つ》を地で行く、あの精神的奇形児は。
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時刻は、日の出前。曙光の拡がる中、東の空に巨大な有翼獣の影が現れた。獣は物凄い唸り声をあげると、高等法院の真上に向かう。獣の背中には、マントを翻す細身の騎士の姿があった。
うち跨るは、老いて巨大な幻獣マンティコア。獅子の体と人面に、翼を備えた獰猛な怪物。纏うは、その幻獣の刺繍が縫いこまれた黒いマント。被るは魔法衛士隊の隊長職を表す、羽飾り付きの帽子。桃色がかったブロンドの髪、眼光鋭く涼やかな目。堂々たる威風が辺りを払い、強大な魔力が漲っている。……そして、鉄のマスクが美しい顔の下半分を覆う。
「どきなさい!」
騎士の声に気圧され、高等法院上空の幻獣や竜たちが道を開ける。マンティコア隊員たちもただごとならぬ気配に気づき、悪魔の周囲から一時退避する。
「そこな少女。何者かは知りませんが、風の扱いはなかなかですね。ですが! 地獄の劫火を消す風は、こうでなくてはなりません!!」
騎士が呪文を唱えて杖を振るや、ぶるろぉぉぉおおおっ! と竜巻が起こり、悪魔アイニを火炎ごと上空高く吹き飛ばした!
「ぐえっ、ぶっ、ぐぎゃああああああああああ!!?」
びしびしびしッ! と、悪魔の肉体を何かが撃ち叩き、粉微塵になるまで削り取る。高度200メイルにも達する竜巻の中には、炎を掻き消す真空の刃と、拳のような雹が無数にあるのだ! 悪魔を覆っていた火炎はたちまち剥ぎ取られ、真空によって消し飛ばされる!
「蝋燭の火をガラス瓶で覆い、しっかり蓋をしておけば火はすぐ消える……。いかなる火であろうと、『空気』がなくなれば消えます」
その凄まじい有様を見上げていたド・ゼッサールはガタガタと身を震わせ、若者のような大声で叫んだ。
「『雹嵐』の魔法だっ!! か、カリン隊長のお帰りだ!!」
モーセが天に向かって杖を差し伸べると、主は雷と雹を下され、稲妻が大地に向かって走った。主はエジプトの地に雹を降らせられた。雹が降り、その間を絶え間なく稲妻が走った。それは甚だ激しく、このような雹が全土に降ったことは、エジプトの国始まって以来かつてなかったほどであった。雹は、エジプト全土で野にいるすべてのもの、人も家畜も残らず打った。雹はまた、野のあらゆる草を打ち、野のすべての木を打ち砕いた。
旧約聖書『出エジプト記』第九章より
『烈風』カリン。30年前までトリステイン王国を守護していた、伝説的メイジ。史上最強の『風』の使い手。ただ一人で有力貴族の反乱を鎮め、オーク鬼に襲われた都市を救い、火竜山脈ではドラゴンの群れを退治し、その武名は出陣の噂だけでゲルマニア軍を逃走させたという。煌びやかな武功、山のような勲功、貴族と庶民の憧れの的。―――先代マンティコア隊隊長にして、現ラ・ヴァリエール公爵夫人。そしてエレオノールとカトレアとルイズの母、カリーヌ・デジレその人であった。
遂にアイニの肉体は粉砕されて滅び、霊魂が鬼火のように漂って逃げ出す。
カリンはすっと再び杖を振り、悪魔の霊魂を凍結させ、懐から取り出した壷の中に封印してしまった……。そしてマンティコアを降下させ、地上に降り立つ。
「久しぶりですね、ド・ゼッサール。この程度の悪魔に苦戦するとは、天下のマンティコア隊も質が落ちたのではなくて?」
「もっ、申し訳ございません、カリン隊長!!」
びしっと気をつけの姿勢をとり、ド・ゼッサールは大汗を掻き、新兵のように敬礼する。というか、悪魔をひとひねりできるような人類は彼女以外にほとんどいないのだが……、彼女が隊長だった時代のモットーは『鋼鉄の規律』だ。上官に口答えは許されない。すればビビビンと強烈なビンタをかまされたりする。彼も若い頃随分絞られたものだ。
「王宮からの急報を受け、馳せ参じましたが……誇り高い我が国も随分なめられたものですね。ま、たかがこの程度の侵略など、歴史的には危機のうちにも入りませんけれど。さて、この見覚えのない少女は何者です? 名乗りなさい!」
鋭い視線がシャルロットに突き刺さる。びくっとはしたが、ここは包み隠さず毅然と答えるのが一番だろう。
「……私はシャルロット・エレーヌ・オルレアン。ガリア王国の王位継承者。このたび義勇軍を結集し、父シャルルを殺害したジョゼフに叛旗を翻した」
「ほう!?」
「先ほど女王陛下と枢機卿から、相互協力条約を取り付けた。まもなくガリア国内でクーデターが開始される。今は義に従い、首都の暴動鎮圧に協力していたまで」
カリンはそれを聞き、鉄仮面を外して愉しげに笑みを浮かべる。この少女は、勇気と知恵と実力を兼ね備えた頼もしい味方であり、トリステイン王国存亡の危機を救う切り札ということか。
「いいでしょう。気に入りました、応援いたしますシャルロット殿下。私はラ・ヴァリエール公爵夫人カリーヌ・デジレこと、『烈風』カリン。国外の騒動には手出ししませんが、我が国に降りかかる火の粉は尽く、私が払いのけてみせましょう!」
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首領たる悪魔の死により、悪鬼の集団も地獄へ散り散りに逃げ去り、高等法院の猛火もようやく収まりはじめた。カリンは後始末をド・ゼッサールらに任せ、シャルロットとともに早朝の王宮へ飛ぶ。そしてマリアンヌ太后と女王に謁見すると暴動の鎮圧を報告し、続けて上奏した。
「アンリエッタ女王陛下。アルビオン遠征の際には出兵いたしませんでしたが、我がラ・ヴァリエール公爵家、及びその周辺の諸侯一同は、この『国家防衛戦争』に参加いたします」
アンリエッタは顔を紅潮させ、カリンの手をとって笑う。
「おお、まことに心強いことです! 貴女が伝説の『烈風』カリン殿であったとは! 貴女がたの参戦の報を聞けば、アルビオンばかりかガリアやゲルマニアの弱兵たちも逃げ惑うことでしょう!」
太后も枢機卿も安堵した。小国トリステインの強みは、メイジ人口比率の多さと質の高さだ。天下に武名を轟かせたカリンならば、ことによると本当にガリアやゲルマニアの大軍を押し返せるかもしれない。無論、国境を守る公爵家の参戦はこの上なく心強いものである。国内の主要貴族にも今のところ離反者は少ない。
ただ…………。
「……時に、ひとつお聞きいたします。アルビオンに出征した我が三女ルイズ・フランソワーズは、タルブ伯爵マツシタとともに生死不明と聞きましたが?」
カリンの静かな声に、びくん! とアンリエッタが怯えた。まずい、危険だ、怒っている。猛獣に睨まれたような恐怖に震える女王にかわり、鉄面皮のマザリーニ枢機卿が答える。
「はい。書面に記したとおり、両大陸間の通信はゲルマニア軍により現在途絶しており、彼女たちのアルビオンでの動向について、詳しいことは未だ不明です。母親としてご心配でしょうが……」
ふ、とカリンは息をつき、眼を閉じて肩をすくめる。
「私も家族も、勿論心配してはいますが……なに、私どもの娘がそうそう死ぬはずはありません。この母には分かります、あの子には、誰にも及ばない強い命運があると。無事に帰ってきますよ、必ず。そうしたら罰として、お尻のひとつも叩いてやりましょう。……マツシタはどうだか知りませんが、生きて帰ったら手合わせしてみましょうかね。あの『悪魔くん』とやらと」