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【AZアーカイブ】つかいま1/2 第十一話 シエスタの危機

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「何処に目が光っているか分かりません。パーティーが終了してしばらくしたら、ご相談があります。ルイズ、ワルドとともに、学院長室に集合してください」

アンリエッタ姫殿下は、珍しく真剣な表情で、らんまにそう告げた。やがて『フリッグの舞踏会』は終了し、ルイズたちは自室に引き上げ、地味な服に着替える。良牙はワルドの攻撃でダメージを負っていたため、ブタのまま秘薬を塗ったあと、タオルで巻いて寝かせた。こいつの異常な生命力なら、数日すれば治るだろう。いずれ一緒に地球に帰らなくては。

そして深夜。三人は密かに、学院長室の前に集合する。
「俺とルイズと、ワルドか。何の相談だろうな」
「さあ、あの方はいつもこんな調子よ。おちゃらけているかと思えばぱっとシリアスになって、枢機卿も顔負けの政治的判断をやってのけたりするそうだもの。王族はそんなもんじゃなきゃ、やってられないのかもね。ガリアの無能王もそうなのかも」
「頼もしいじゃないか。我々がお守りする甲斐のある方ってことさ」

中からオールド・オスマンが『魔法探知』の呪文をかけ、本人確認をしてから入室を許可する。アンリエッタとマザリーニ枢機卿が三人を出迎えた。まずマザリーニが口を開く。
「ようこそ皆さん、お呼び付けして申し訳ない。しかし、ちと大事でしてな。ここは学院で最も結界の強い場所の一つ、密談にはちょうどよろしい」
学院長秘書が怪盗をやっていた、なんて環境だが、まあ常識的にはそうだろう。

「このワルドも、ということは、何か荒事ですかな? 品評会の優勝者もおいでですし」
「ええ、お察しの通りですわ、ワルド子爵。ミス・ランマも荒事には向いておられるようですし、ルイズは私のお友達。こんなことを頼めるのは、あなたたちだけ……」
そう言うとアンリエッタは、ぽろぽろと涙を零し出す。オスマンが話を受け、続ける。

「あー、わしがちょいと話を進めておこう。アルビオンで貴族の反乱が続いておるのは知っちょるな?最新情報によれば、もうアルビオンのほとんどは貴族議会派の反乱軍《レコン・キスタ》に占領され、《王党派》は国王陛下及び皇太子殿下とともに、国の端のニューカッスル城に篭城しておられるとか」

アルビオン。空に浮かぶ島国で、トリステインと同じぐらいの大きさがある古い王国。その程度のことなら、らんまも噂話に聞いていた。
「その王様たちを、救出すりゃーいいのか?」
「ランマ、敬語よ敬語っ。誰の御前だと思ってんのっ」

マザリーニが痩せた指で口髭をひねる。
「さて、そこが政事の難しさ。アルビオンのテューダー王家は我が国の王家とも血縁関係にあり、救出して差し上げたいのは肉親の情。それに奴らの唱える『貴族共和制』だの『聖地奪回』だの、ハルケギニアの統一だのといった理想主義は、諸王国にとって見れば既成秩序を根幹から揺るがす思想……ふぅ」
と、ひとつ溜息をつく。
「さりながら、陛下や殿下を亡命させれば、強大な《レコン・キスタ》と正面から戦わねばならぬ。残念ながら我がトリステインは軍事的には弱小国、彼らの空軍には敵わないだろう」

アンリエッタは涙を拭き、ようやく口を開いた。
「なんとか王族の亡命の手助けをしようと、ガリアやゲルマニアにも打診したのですが、空の上を攻めるのは、かなりの難事業。なかなか色よい返事はもらえません。もはや《王党派》の運命は、神と始祖ブリミルにお任せする他ありません。彼ら自身もそう願っているようです」
「では、我々は何をすればよろしいので?」

「テューダー王家が滅びようと亡命して来ようと、《レコン・キスタ》の次の狙いはこの小さなトリステインでしょう。国家防衛の布石として、私は近々、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世に嫁ぎます。両国が連合して、《レコン・キスタ》の侵略行為を押さえ込もうという戦略です」
「何ですって!? あの野蛮な成り上がりどもと!?」
「これは国策だ、ミス・ヴァリエール」
叫び声をあげるルイズを、マザリーニが静かにたしなめた。オスマンも無言で肯く。

「……けれど、それには一つ、障害があるのです。私は以前、アルビオンのウェールズ皇太子に一通のお手紙を差し上げました。他愛もない、幼い少女の恋文。けれどそれが公表されれば、ゲルマニア側は婚儀を拒むかもしれない。あなた方は、その手紙を取り戻すため、アルビオンへ潜入していただきたいのです」
「恋文……では姫様は、ウェールズ殿下のことを……」
「勿論、かの地は戦場。道中にもいろいろ危険はあろう。また公表できぬ任務ゆえ、表立っての褒美はやれぬ。しかし、これは我が国を守るための……」

グダグダ続くマザリーニの話を遮り、らんまが声をあげる。
「おーし、分かった。手紙は取り返してくるし、王様も皇太子も救い出してくる。姫様と皇太子が婚約して、一緒に《レンコン喫茶》とやらをぶっ潰しゃあいいんだろ」

ルイズも皆も、思わず唖然とする。何だレンコン喫茶って、いやそれより。
「……ランマ、だからねえ……」
「俺にゃー、困っている人は見殺しにゃできねえ。政治の話はよくわかんねえし、もし王様の方が悪玉なら、ぶん殴ってでも改心させてやらー。それで万事解決だろ?」

自信満々で、敬語も使わないらんまが『にへっ』と笑う。それを見て、アンリエッタも微笑んだ。
「私は、一人の女である前に、国の責任者。私のエゴでこの国を戦火に晒したくはないの。……でも、助けられるものなら助けて差し上げたいわ! 愛しいあの方を! それに反乱軍は粗野で乱暴で、蛮族や亜人まで手下にした《ならず者ども》だって聞いているもの!!」
「へへっ、そのセリフが聞きたかったんだ。大丈夫、愛と正義は必ず勝つもんですから」

ワルドが感心した様子で、顎鬚を撫でる。
「……ま、ミス・ランマの言う事も、よく考えればもっともです。どうせ奴らが攻めてくるなら、不遜ながら《王党派》を抱えていれば、錦の御旗になりますぞ。我らはアルビオンの王家を助け、王政復古のために戦うのだ、と。他の国々の賛同も得られるでしょう」

アンリエッタはマザリーニやオスマンとしばらく相談し、再びルイズたちに向き直る。
「では、改めてお頼みいたします。ルイズ、ワルド子爵、ミス・ランマ。できる限りのことをして、彼らを残酷な運命から救い出してください。けれど、あなたたちも命を大切にして下さいね。ルイズは私の、ただ一人の《お友達》ですもの!」

そう言うと彼女は、身分証明の代わりに、指に嵌めていた『水のルビー』の指輪をルイズに渡す。トリステイン王家の秘宝で、アルビオンの王家には『風のルビー』が伝えられているという。

「アルビオン行きの船が出るのは、月に何度か訪れる『スヴェルの夜』の翌日。次の便まであと五日ほどあります。港町ラ・ロシェールまでは早馬で二日ほど。急がねばなりませんが、まだ準備が必要かも知れません。我々はひとまずトリスタニアに帰ります。ワルド子爵は学院に残り、出発の準備を整えてください」
「承知いたしました、姫殿下、枢機卿」

ぞろぞろと学院長室から出て行くアンリエッタたち。しかし、くるっと彼女は振り返る。
「あ、それと、ミス・ランマ」
「はい?」
「鉄の棍棒のジュリエットちゃんは、もう私のものですわよ」
「ああ、いーですよもう。戦う時は、峰打ちでデルフリンガーを使いますからっ」

翌朝。姫殿下一行はようやく、王都トリスタニアへ帰還する。オスマンも用があるとかで、秘書と一緒に王都へ向かう。馬でも三時間ほど、昼には王宮に到着するだろう。学院は緊張感から解放され、いつものように騒がしい。だが……。

「え? シエスタさんが、学院を辞めた!?」

メイドのシエスタの姿がない。らんまが使用人たちに訊ねると、昨夜貴族に連れて行かれたのだという。

「あ、ああ……姫殿下の一行にいた、モット伯っていやらしい中年貴族にさ。行儀見習いなんて言ってたけどよお、どうせ《お妾》だよ、あのスケベ野郎の慰みものに……!」
「宮廷の勅使もしているそうだけど、いい噂聞かねえんだよなあ、あのくるくる眉毛」
「何人も平民の女ばっかり集めて、ハーレム作ってんだってよお! けっ、いけすかねえ」
「まあ仕方ねえべよ、貴族に逆らったら平民は生きていけねえ……」
「マルトー親父も、娘みてえに可愛がってたのによお。よく気のつく、いい娘だったもんなぁ。あんなのにかどわかされちまって、親父も塞ぎこんで寝込んじまったよ」
学院の使用人からの評判も、あまり芳しくない人物のようだ。悪い貴族の、見本のような親父なのだろう。

「マルトーのおっさん!! 本当か、シエスタさんが……」
「おお、ランマか。『我らの剣』よ、本当さ。まったくいやな世の中だぜ、貴族ばっかり威張りやがって。そりゃ貴族の魔法はすげえし便利だけど、平民あっての貴族じゃあねえかなあ、ちくしょう」

ベッドに臥せるマルトーの声は弱々しい。ずい、と近くの使用人にらんまが詰め寄る。
「おい、使用人を辞めさせるんなら、学院長の許可が必要なんだろ! あのじじいは何してくれてんだ!!」
「し、知らねえよ! 俺らみてーな下っ端が、そんな事知るかよ!! どーせカネか女か、女の下着で釣ったんだろうぜ。どっちもセクハラじゃあ知られてる。シエスタは、物みてえに買われていって、あいつに飼われるのさ」

へっ、と笑った使用人を、らんまは張り手で吹っ飛ばした。らんまの顔が、怒りに燃えて赤く染まる。シエスタは恩人であり、平民の仲間であり、なにより普通の女の子だ。そんな女の子が、変態親父にいいようにされるなんて、想像したくもない。

「どこだ! その変態貴族の屋敷は!! 俺がシエスタさんを連れ戻して来てやる!!」

モット伯の屋敷は、学院から一時間ほど歩いたところにあった。そこへ近付くのは、二人の少女。時刻は昼過ぎ。

「なあ、やっぱりルイズがついて来ることはねえって。授業サボったんだろ?」
「ふん、あんたは私の使い魔じゃないの。一人で外をフラフラしちゃいけないわ。モットはスケベ親父でも伯爵よ、連れ戻すための交渉だったら、公爵家令嬢の方が箔がつくでしょ。それに身柄を買い受けるなら、おカネがいるんだし。なんならワルドを呼んできて、実力行使させようかしら」
らんまが苦笑する。女の敵、ということで、男嫌いのルイズもこの件には立腹しているようだ。

「そんなのは、俺がやるよ。さすがにデルフは持ってきてねーけど、中に入りゃあ武器ぐれーあるだろうし。それにワルドにはあんまり関係ねえ話だろ。大体、正面から頼もうって言って返してくれるわきゃねえよ」
「まぁ、そうだろうけど……」
「じゃあ、潜入用にこれ着てくんねーかな。髪は纏めて、こんな感じにして……」

二人はメイド服を着込み、使用人になりきる。らんまは手馴れたものであった。ルイズに話をさせるとボロが出るので、らんまが門番に近付くと要件を告げる。ぶりぶりのぶりっ子演技で。

「ああ? モット伯さまにお会いしたい? なんだ、てめえら?」
「あのっっ、私たちは魔法学院のメイドなんですけどっっ。昨夜モット伯さまが、ここで面倒を見て下さるとおっしゃられたので、急いで来たんですぅ。ここに連れてきて下さった人は急ぎの用事があるとかで、もう帰ってしまわれてぇ。お屋敷に入れて下さぁい。それであの、シエスタさんって人が、先に来ているはずなんですうっ」

ルイズは、あまりのらんまの豹変ぶりに頬を引きつらせる。初老の門番は特に怪しみもせず、門を開いた。
「はぁん、伯爵さまの慰みものが、また来やがったか。可哀想になぁ。ほれ、入っていいぜ。武器なんか持ってねえだろうし、持ってたっておめえらなら、どうってこたねえしよ」

屋敷の中は広くて豪勢だが、あまり人はいないようだ。さらわれた女の子たちは、地下にでもいるのだろうか?

「あっさり潜入できたわね。でも、どーすんの? モットのとこへ踏み込んで、コキャッと始末しちゃう?」
「始末はしねーって。ひとまずシエスタさんを取り戻せばいいんだ。まあ股間を使い物にならなくするぐれーは、そのあとで当然しとくけどな。……あのっ、そこのかっこいいお兄さんっ。モット伯さまはどちらかしらっ(きゃはっ)」
「あんた、立派に女の武器を活用してるじゃない。……私だって、もう少し胸があれば……」

モット伯やシエスタたちは、昼間から地下の大浴場で沐浴しているらしい。なんと不埒な、破廉恥な。らんまはとりあえず、壁に掛けられていた剣と短剣を拝借し、武器にする。ルイズには一応、杖がある。

「この階段を降っていけば、大浴場か。教訓を踏まえて、下に男物は着ているけどよ。……そういや、モットも当然メイジだよな。何使いだっけ?」
「確か、水のトライアングルよ。二つ名は『波濤』。数年前に奥さんを亡くしてから女狂いみたいになって、平民の女の子を掻き集めているそうよ。表面的には『行儀見習い』ってことで、それは認められてはいるわ。でも、もう何十人といるはずなのに、誰もこの家から戻ってこないとか……」

二人の背筋がぞぞっとする。まさか、死体で人形を作っているとか、悪魔の生け贄にしているなんてことはあるまい。きっと、多分。ただのヒヒ親父だ、それで充分だ。

しかし、そこへ絹を裂くような乙女の悲鳴が響き渡る!!

「ランマ! あの声は!」
「ああ、シエスタさんの声だ!! 地下から聞こえてきたぜ!」
らんまは『ガンダールヴ』で強化された脚力を用い、ルイズを抱えあげて地下へ走る! ばんっ、と大浴場の扉を開けると、大きな浴槽にお湯が張ってある。そこには異様な怪物がいた。

身長は2メイルほど。体は赤黒くて体毛はなく、ぬらぬらとした粘液に覆われ、血管が無数に浮き出ている。眼はぎょろりと大きく飛び出して鼻はなく、大きな口には牙が並ぶ。まるで蛙人間、いや半魚人だ! そいつの大きな右手の指が、裸のシエスタの右腕を掴んでいた。取って食おうというわけらしい。

「きゃ、きゃあああああ!!? なに、なにこの化け物!?」
「シエスタさんっっ!! くそっ、間に合え!」
らんまが短剣を投げ、怪物の右手首に突き立てる。怯んだ隙にらんまは剣を振りかぶって跳躍し、右手を切り落とす! シエスタは気絶して、お湯を浴びて男になった乱馬の胸に倒れこむ。怪物はおぞましい叫び声をあげる。三人は怪物から距離を取り、浴槽から上がった。

「何なんだ、こいつは!? おいモット、どこだ!!」
「し、知らないわ。こんなの、私は知らない。本で読んだ事もない」
蒼白な顔をしたルイズは、メイド服を脱ぎ捨てた乱馬の腕にしがみついた。歯の根があわない。

浴場の奥の方から、男の声がした。中年の貴族、モット伯だ。
「それはな、『なりそこない』というんだよ、お客さんがた」
「も、モット伯! あんた、ここでいったい何をしているの!?」
モットはそれに答えず、静かに、呟くように喋る。豪奢な服を着ているが、よく見ると眼が少し、ぎょろりと大きい。

「水の国トリステインの北の端、ダングルテール(アングル地方)に小さな村があった。そこに数百年前、いや千年も前だったか、人魚(マーメイド)が漂着したそうだ。上半身は女、下半身は魚。醜いものも美しいものもおるが、その本性は人食いの化け物……」

モットは浴槽から短剣を拾い上げ、自分の手首に切り傷をつける。
「その肉を食らえば不老不死となり、死ぬほどの傷を受けても必ず治る、とか」

その傷は、すうっと塞がり、瞬く間に消えた。

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