【AZアーカイブ】使い魔くん千年王国 第三章&第四章 異世界&契約
【第三章 異世界】
「異世界というのは、やはり本当にあったのか……」
春の夜空に浮かぶ二つの月が、ここが異世界であることを松下に教える。
あの後、気絶したルイズを抱えてコルベールが飛び上がり、他の生徒たちも飛翔して学院へ戻っていった。残念ながら松下は単独では空を飛べない。魔法のホウキは持ってきていない。
コルベールは「悪魔だから飛んできて追いつくだろう(なんか怖いし)」と判断し、彼を広場に置いてきたのだ。マイペースな松下は、見物がてら地上を歩き、学院に向かった。そして、二つの月を見たのである。
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「それで、ぼくが帰る方法はないのですか?」
ルイズは治療が終わり、自分の部屋に寝かされているらしい。松下は先ほどの禿頭(コルベール)を探し出し、この世界の詳しい事情を根掘り葉掘り聞き出す。情報は最大の武器だ。
「いまのところ、見つかっていないね。サモン・サーヴァントの魔法は召喚だけで、送還することはできないんだ」
「むむむむ……」
コルベールをなかなかの実力者と見抜いた松下は、一応敬語で話している。
もといた世界――――昭和40年頃の地球で、「石油王サタン暗殺犯」「狂人」「危険思想者」「大衆煽動者」として告発され、ついに抹殺された『悪魔くん』。父の会社は自分の召喚した悪魔にのっとられ、別荘だった古代都市遺跡も爆撃を受けて崩壊した。使徒の残党はいるだろうが、もはや帰る場所はない。だが、彼には帰らなくてはならない理由が、使命があった。
それは、世界人類が平等に暮らす理想の楽園「千年王国」の建設。『生まれるとき神が殺しそこねた』奇形的天才児に、神が与えた使命であった……!
「だからぼくは、そこへ帰らねばならないのです」
「ま、まあ、帰る方法が見つかるまで、しばらくここにいてもいいじゃないか。いかに東方の魔法が使えるとはいえ、まだ10歳にもならないのだし、どこかへ行くあても、住処もお金もないのだろう?」
千年王国とやらは、きっと世の中のことがよく分からん子供の夢物語だ。ただ、現実問題として彼は困っているし、ルイズのせっかくの使い魔をなくすわけにはいかない。コルベールは松下をここへ引き止めることにした。
「その右手のルーンは珍しいな。ちょっとスケッチさせてくれないか」
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コルベールと別れた松下は、ルイズの部屋へ向かいながら考える。
魔法が使える……とはいっても、松下の「魔法」の実力は、何十年と修行を積んだ魔法使いに敵うものでは、まだない。せいぜい幻術を使ったり、局地的な天候を操ったり、精霊や魔獣を召喚して使役したり、敵の魔法や魔術的な罠を見破ったり、といった程度なのだ。(充分な気もするが)
彼の恐ろしさは、その魔力に加えて、「凡人を猫とすれば、悪魔くんは人間」と評されるほどの知力。目的のためには手段を選ばず、容赦のない性格と行動力。「ソロモンの笛」を始めとする魔法のアイテム(と財力)。および使役される「十二使徒」達の実力によるところが大きい。だが後者2つは、今はないのだ。
(と、なると……だ)
松下は、コルベールの提案を受諾した。そして自分なりに現状の解決方法を計画する。
まずはこの魔法学院で知識と力を蓄え、仲間(使徒)を増やす。聞けば貴族の子弟が通う、高等・高級な学校だという。平和ボケした奴を何匹か締め上げれば、富と手下は楽に手に入るだろう。強力な魔法の知識や道具が手に入るのも、なかなか魅力的だ。異世界の魔法体系は地球とは違うだろうから、覚えるのに時間はかかるかも知れないが、召喚魔法を覚えて、自分の使い魔も作ってしまおうか。
また、少数の貴族が平民を踏みつけて、甘い汁ばかりをすするという、この世界の階級制度は実に良くない。準備ができ次第、すみやかに人民革命を起こして、富も地位も平等に分配しなくては。「人間は国境からは生まれてこない」のだから、国境病にかかったバカな軍隊や国家も解体しよう。
地球に帰っても、どうせやるべきことは同じだ。
世界がひとつになり、貧乏や不幸のない理想郷を作ることは、遅かれ早かれ誰かが手をつけなければならない、あらゆる人類の宿題なのだ。
キリストも釈迦もマルクスもそう考えたのだ。
だから、ぼくが「この世界」を統一しなければ……。
その頃、自分の部屋で寝ていたルイズは、とてつもなく魘されていた。
それはもう、この上なく。
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【第四章 契約】
「おい、起きろ」
時間はもう夜中。場所はルイズの部屋。松下はコルベールとの問答と考察を終え、「御主人様」ルイズのもとへ勝手に入り込んでいた。彼の「使命(野望)」を果たすため、不本意だが今は彼女に身元を保証してもらう他ない。
ルイズの魔法の実力と知識、人間関係(人脈)、実家の経済状況(資本)。 それに「使い魔」としての自分が何をすべきで、どこまで自由を制限されるのか。知るべきことはまだ山ほどある。夜も早いのに安穏と寝ている場合ではない。
「起きろと言っているだろう」
お疲れのところ酷なようだが、寝ている場合では全くないのだルイズ。ゴイスーなデンジャーが迫っているのだよ? 多分。
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「う…うう~~~ん………」
寝苦しい。妙に背景が細かく描き込まれた、古い劇画調の悪夢ばかりが襲ってくる。
空は黒雲に覆われ、言い知れぬ妖気が漂い、遠雷が轟いている。歩いているのは無人の荒野、原野、岩山、深い夜の森、廃墟となった古代都市の遺跡。
おびただしい魔法書が並んだ巨大な本棚のある、薄暗い書斎。はたまた大鴉や禿鷹や大蝙蝠が飛び回り、野犬が死人の骨を齧っている、どうみても冥界としか思えない景色……。
広い川辺に花が咲き乱れ、木々にたくさんの果実が実る楽園も見えたが、そこへ行くと現世に戻れない気がしてやめた。向こう岸にぼんやりとした影も見えた。
戻って行こうとすると、地面には無数の蛇やヤモリや蟲が蠢き、いくつかの人魂がふわふわと浮かび、蛆のたかった骸骨たちが醜悪な怪物たちと輪舞している。
ああ、笑っている。奴らは愉しそうに笑いさざめいている!!
「オイ、オキロ」「オキロトイッテイルダロウ?」「サッサトオキナイト……」
「死」
「ッッッッぎゃああぁぁぁあああ……あぁぁぁぁあ!!ぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!」
ルイズは短い人生の中でこれ以上ない、激しい恐怖とともに飛び起きた。
全身に物凄い寝汗をかき、鳥肌が立って髪の毛まで逆立ち、顔面は蒼白というよりもはや土気色。呼吸は荒く目は血走っていて、治療はされていたが少しも身心が休めた気がしない。ちょっと下着が濡れたかもしれない。汗で。あくまでも。咽喉と舌がひきつって大きな悲鳴が出せず、隣室の住人も寝ぼけて起きてこないのが幸いだった。
「やっと起きたか、手間のかかる奴だ」
松下が運良くよそを向いていなかったら、ルイズは再び気絶していただろう。明かりが点いているとはいえ、夜中にいきなり彼の顔を見るのは結構怖いからだ。
「は…はははは……」
ルイズは涙目で力なく笑った。私が呼び出せた使い魔が、確かにいる。
現実は悪夢より、ずっとましだった。
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「うぷっ」
吐き気がする。夢だと分かっていても怖いものは怖いし、不気味なものは不気味だ。不気味ではあるが、使い魔(松下)がいつの間にか来てくれていたので、多少生きた心地がする。でもまだ震えが止まらない。あの世の夢など見るものではない。
松下はとりあえず水でルイズの唇をしめらせてやり、布で軽く汗を拭ったあと、落ち着くまで放置した。また気絶されたり、暴れたり吐かれたりしても面倒だ。一回吐かせた方がいいかもしれないが。
「あ……ありがとう、マツシタ。確かそんな名前だったわよね」
「そうだ、さっきは失礼したな。お互いに初対面で気が立っていたようだ」
「え?」
意外に親切で気のきいた使い魔に、ルイズは驚いた。
(契約のルーンの効果かしら? いまさらだけど)
「おおまかな話はあの禿頭から聞いた。どうやらしばらくはここで暮らすしかなさそうだ。お休みのところ悪かったが、契約の詳しいことは『主人』本人からも聞いておきたいしね。学生の朝は忙しそうだし、いまのうちに」
「え……ええ……」
本当にこいつは10歳にもならない子供なのだろうか。どういう教育を受けてきたのだろうか。そこらの貴族のボンボンより紳士的で理知的だ。ああ、東方の魔法使いだか、悪魔使いだかなのだった。やっぱり私はたいしたものなのだ。ゼロなんかじゃあないのだ。
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「で、使い魔としてのぼくは、具体的に何をすればいいんだ?」
まずは彼女の自尊心につけこみ、「御主人様」として面子を立てておいてやる。目的のためには手段は選ばない。へりくだることも必要だ。
「そ、そうね。さっきしてくれたみたいに、身の回りの世話も使い魔の立派な仕事よ」「ふむ」
「それに、主人の目となり耳となること…五感やその他の感覚を共有することね。契約を済ませたときから自動的に共有できるはずなんだけど……今はできないみたい。あんたが人間だからかなあ」「ふむふむ」
「それから、主人の必要とするもの…秘薬の材料とかを取ってくること。鉱物とか薬草とか」
「『東方』とは植生などが違うかもしれんが、一通りの知識はある。努力しよう」
異世界とか言うと説明がややこしいので、ぼくは『東方』出身の悪魔使い見習いということにしておく。あながち間違いではないだろう。
「一番重要なのが、主人を敵から守ること! 多分あんたなら、少々の敵は大丈夫よね。……10歳未満の子供に守ってもらうのも、どうかと思うけど」
「まあな。ぼくの手に負えない奴もいるだろうが、山賊の10人ぐらいなら平気だろう」
「……わりと微妙ね……冷静って言うべきなのかしら。それと、使い魔は一生主人に仕えるのだけど、もし死んだら次を呼び出せるの。死んでも私を守るのがあんたの使命よ!」
ひどい話だ。普通は動物が召喚されるそうだから、そんなものかもしれないが。できれば二度も死にたくはない。
「さて、きみについての詳しいことなども知りたいのだが……まあ随分お疲れのようだし、今夜はこのぐらいにしておくか」
そう急いだ事もなかろう。信頼関係はゆっくりと培っていく方がいい。
「ええ、おやすみマツシタ。明日は授業だから早めに起こしてね。それと、私を起こす前に、この汗まみれの衣服を洗濯しといてちょうだい」
「ああ。それで、ぼくはどこで寝ればいいんだ?」
「悪いけど床よ。毛布ぐらいはあげるわ」
「……ま、いいだろう」
ルイズは躊躇なく衣服を脱ぎ捨て、ベッドに横たわった。使い魔というのは結局のところ、ていのいい奴隷か召使いと言っていいようだな。ぼくの使徒たちもそう感じていたのだろうか。悪魔と、裏切ったあいつも。
復活した『悪魔くん』松下一郎の、異世界での一日目はこうして過ぎた。ルイズもどうやら、安心して眠りにつけたようだ……。