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【AZアーカイブ】復活・使い魔くん千年王国 プロローグ 動乱

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L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois
 1999年7の月
Du ciel viendra un grand Roi deffraieur
 空から恐怖の大王が来るだろう
Resusciter le grand Roi d'Angolmois.
 アンゴルモアの大王を蘇らせ
Avant apres Mars regner par bon heur.
 マルスの前後に首尾よく支配するために
『ミシェル・ノストラダムス師の予言集(百詩篇)』第10巻72番

始祖ブリミル降臨暦6243年、第一月であるヤラの月、トリステイン王国にて。降臨祭が明けて二日目の深夜、首都トリスタニアのシャン・ド・マルス練兵場に、突如一万人以上もの人間が出現した。ルイズと松下が死ぬ間際に発動させた『送還』の魔法により帰還できた、トリステインの敗残兵であった。

「……こりゃア、何が起きたんだ」「こ、ここはトリスタニアじゃないかっ?」「本当だ! 俺たちはさっきまでアルビオンにいたはずなのに」「おーい、水を一パイくれっ」

口々に驚きの声を上げる兵士たち。首都の警備兵たちも驚愕し、彼らに質問を浴びせる。
「お前らは、アルビオンに出征していた……」
「おい、いったいどうしたんだ? 何が起こったんだ!? 武装や荷物はどうした?」

「「「……は、敗戦だ! とうとう輝かしいトリステインが滅ぶ時が来たんだ!!」」」

「敗戦!? 何がどうして!?」
「早くアルビオンで何があったのか、話してくれっ」

青褪めて騒ぎ立てる彼らを通じて、ゲルマニアの裏切りと自軍の惨敗が伝えられ、首都と宮中に激震が走る。時を同じくして国境警備隊からは、規模は不明ながらガリア・ゲルマニア両国で兵団が集結し始めたとの急報も届く。混乱と恐慌は、増幅された。

「……では、ガリアとゲルマニアとアルビオンと、ひょっとしたらロマリアも敵に回ったということか!?」「ハルケギニア全土が敵では、どう考えても勝てませんぞ! この国はまるっきりお仕舞いです!」「わしは自分の領地を守らねばなりませんので、これで失礼させていただきます! ご武運を!」「やはり、あんな悪魔使いの異能児を用いたりするからですよ! 枢機卿!」「女王陛下、この責任をどう負われるおつもりか!? 貴女がこの無謀な戦争を推し進めたのですからな!」

大混乱に陥る宮廷、早々と逃げ出す一部の貴族や市民。居残って国を守ろうとする人々が彼らを止め、騒乱が起こる。朝になると市内では流言蜚語が飛び交い、早くも暴動が発生し、あちこちで火の手が上がる。

アンリエッタ女王は、亡国の危機という重圧に、震えながら耐えていた。目を閉じて奥歯を噛み締め、気付けに強い酒を一杯あおる。そして傍らに控える『鳥の骨』に諮問した。

「……これは、どういうことでしょうか、マザリーニ」
「例のアドルフ・ヒードラー・フォン・ブラウナウ伯爵の罠ですな、おそらく。また敗残兵がここへ帰還できたのは、知られざる『虚無の魔法』によるものと推測されます。マツシタはゲルマニアに始末されたようですが、きっとミス・ルイズ・フランソワーズも殺されたか、捕虜にされたか。やれやれ、我々の王国もここで潰えてしまいますかな」
枢機卿は飄々としたものだ。アウソーニャの都市国家が繰り広げてきた抗争の歴史は、このロマリア人をよく教育していた。

おお、ルイズが。唯一の親しい友人が、『虚無の担い手』が、『始祖の祈祷書』が、『水のルビー』が奪われた。かき集めた将兵も軍需も艦隊も、ほぼ失ったわけだ。敗残兵は捕虜だったため武装解除されていた。……だが、王冠はまだ、ここにある。母たる太后も、枢機卿もいる。それに『風のルビー』も。

「トリステインの王家には、美貌があっても杖がない!」「「杖を振るのは枢機卿、灰色帽子の鳥の骨!!」」
「杖を受けるは太后陛下」「「あれあれ、そこはいけませぬ!!」」
「鞭を受けるは女王陛下」「「あれあれ、そこはなりませぬ!!」」

押し寄せる群集の卑猥な野次と投石が、王城とマザリーニの豪邸に向かって飛ぶ。どうやら騒ぎを煽動している人間が複数いるらしい。これもゲルマニアの策略だろうか?だがよく見れば、彼らに混じって煽動しているのは、悪魔や妖怪どもだった。
「守銭奴坊主、要の信心ほっぽって、市民の血税いくら着服しやがった!」
「あんたの失脚は占い師たちに予言されているぞ!」「お前が鳥の骨なら、女王陛下は籠の鳥だ!」
「正しい裁判ねじまげて、あんたにゃ法律なんか無いも同じか!」

女王は蒼白な顔を上げ、再度諮問する。
「……枢機卿。我らが生き残る方策を考えて下さい。命があれば取り返しはつきます」
「よろしい、ならば降伏です。ガリアよりはゲルマニア、いえロマリアに、この国を寄進するのですな」
「少しは躊躇して欲しいですわね。テューダー王家のように玉砕はしたくありませんが、降伏は早すぎませんこと? いつぞやのようにゲルマニア皇帝に嫁入りするのも、もう御免ですわよ。……ああ、王になどなるんじゃなかったわ」
「いつの世も、そう思わぬ王はおりませぬ」

ふ、と女王は笑う。父とも頼む宰相だ、彼の呼吸はわきまえている。少しは心に余裕が生まれた。

「待機させておいたマンティコア隊を出しましたが、市民は興奮しており説得は困難です。陛下、暴動鎮圧のため、『眠りの雲』など非殺傷魔法の使用許可を」
「許可します。いま我々が首都を捨てるわけにもいかないでしょう。急ぎ消火活動にも勤め、力づくでも市民に平静を取り戻させて下さい」

マザリーニとて、このまま死ぬ気もないが、易々と降る気もない。ロマリア出身でありながら、先王アンリと前宰相、そして愛する太后マリアンヌから、国政とアンリエッタを託された身なのだ。既にこの大乱を奇貨として、中央集権制国家に再編する案すら脳中にある。

文武百官が直ちに再召集され、政府はその日のうちに、国内の全権を女王に集める『国家非常事態宣言』を発令した。首都の貴族や騎士や有力市民をかき集め、太后までも引き出して秩序の回復に努める。さらに全国の貴族に檄を飛ばし、総動員体制で国家防衛に当たるよう求める。逆らえば逆臣として粛清だ。ゲルマニアもガリアもアルビオンも、トリステイン侵攻作戦がこの時期に露見するとは予測していなかったはずだ。本格的に侵攻軍が集結するまでに、次々と手を打たねば。

「暴動を煽動している連中は、反戦派の牙城である『高等法院』の庁舎に集結しています!」
「リッシュモンはラ・ロシェールにいるし、彼が呼び寄せているわけでもないだろうが……鎮圧を続けろ!」

「デムリ財務卿には、各国諸侯への贈賄工作を……」
「既に手配してあります。こういう事は早め早めにするものですぞ、陛下」
「流石ですね。有能な臣下を持っていると助かります」

「必要なのは時間と味方です。ガリアもゲルマニアもロマリアも領邦の寄せ集めで、一枚岩ではござらん。こんなこともあろうかと、この『鳥の骨』めは蓄財と人脈作りに精を出しておるのですよ、陛下。一応亡命先もいくつか用意してあります。陛下と太后、それに私のね」

王家と血縁のラ・ヴァリエール公爵家は、ルイズの件で枢機卿に背く可能性もある。艦隊と竜騎士団を擁するクルデンホルフ大公国は、ゲルマニアとも関係があるゆえ亡命先としては微妙。やや遠いが、オクセンシェルナあたりなら旧交もあるし、敵の手も届きにくいだろうか。ともあれ、味方は多いに越したことはない。死に物狂いでこの国を守らねばならないのだ。

「時に陛下。我らはマツシタを使ったことで、ロマリアから『異端容疑』をかけられる懸念がござる。予定通りド・ゼッサールらを奴らの根拠地タルブとラ・ロシェールに向かわせ、滅ぼさせますか?」
「いいえ、彼らはいまや貴重な戦力です。この際味方につけなければなりません。それにアルビオンのゲルマニア軍が我が国に降下するには、通常あの軍港を襲うしかありません。マンティコア隊には首都の治安回復を任せ、女子銃士隊には私の護衛と伝令を担わせます」

冷静に国力を比較すれば、トリステインなど両大国の相手ではない。軍事的衝突はなるべく避けたい。だがガリアとゲルマニアを止められるほどの権威ある存在となれば、ハルケギニアにはただ一人しかいない。
「私が教皇聖下との折衝をし、調停を願いましょう。この突然の侵略は、我が国に対する重大な誓約違反行為。神と始祖ブリミルの名にかけて誓った同盟や条約をこうもあっさり破るなど、神聖冒涜もいいところです!」

「ロマリアは現在ゲルマニアと友好関係にありますゆえ、聖下が聞き届けられるかは微妙ですが……。今のところ、有効な手はそれしかありませんな」
「教皇聖下……いえ、あのヒードラーが何を企んでいるかは知りませんが、始祖ブリミルの加護を受けた四大王国は、一時的に断絶することはあっても必ず復活し、六千年以上続いてきました。王家の存続は、神と始祖の定めた神聖なる秩序の一つ。決していいようにはされませんよ」
ふん、と女王は鼻を鳴らす。強気にならねばやっていけない。

翌日、深夜。
市内の暴動はなかなか収まらないが、女王は枢機卿の勧めで就寝することにした。気力を保たねばならない。

……ふと、寝室の窓から冷たい風が吹き込んだ。アンリエッタが何者かの気配を感じて室内を見回すと、部屋の隅に黒いローブを纏った人影が立っているではないか!
「だ、誰です!? いつの間に……?」

人影はごく小柄で、身の丈はせいぜい140サントほど。まるで子供のようだ。だが手には大きな杖を持っている。侵入者はフードを脱ぐと、丁重に挨拶する。青い髪が夜風に揺れた。
「女王陛下、夜分失礼する。私はガリア王国の花壇騎士、『雪風』のタバサ」
「……貴女は確かルイズの学友でしたが、ガリアの……? 私を捕らえに来たのですか、それとも暗殺?」

「どちらでもない。陛下をお救いに参上した」

あまりに意外な話に、アンリエッタの口には言葉がない。ガリアは敵方に回ったのではなかったか? しばし間を置いてから、タバサは無表情のまま、再び口を開いた。
「……タバサとは世を忍ぶ仮の名前。私の本名はシャルロット・エレーヌ・オルレアン。四年ほど前、無能王ジョゼフによって暗殺された王弟、オルレアン公シャルルの一人娘」

「なんと! ……そう言えば確かに、面影がございますわ。ガリアの王族はみな青い髪ですし……。シャルロット姫はあの時に殺されたとも聞き及んでおりましたが、貴女がそうだったなんて!」
かつてガリアとの宴でシャルロット姫と多少の挨拶を交わしたことはあるが、なかなか快活だった。それがこのように、別人のように感情を失くしてしまうとは。

「我ら『オルレアン派』は、あなた方の味方。マザリーニ枢機卿をこちらに呼んでいただきたい」

急ぎ枢機卿が女王の寝室に呼び寄せられると、タバサ……否、シャルロットは訥々と語り出した。自分が仇敵ジョゼフとその娘イザベラに酷使されていること、毒薬により正気を失った母親が旧オルレアン公邸にいること。そして、そんな自分たちに同情する貴族や平民、すなわち『オルレアン派』も少なからずいることを。

「先日魔法学院がアルビオン側の夜襲を受けて休校となったので、ガリアに帰国中、この陰謀を知った。ジョゼフは先だっての誓約を破棄し、ゲルマニアと共にこの国に兵を進めて滅ぼす算段。けれど、その折の混乱に乗じて、我らオルレアン派は挙兵する。すでに私の母は、部下が救出し保護している。これは大きな賭け。敗北すれば死あるのみ」

シャルロットの瞳には、復讐の黒い炎が宿っていた。アルビオン遠征に始まったこの戦禍の連鎖は、ハルケギニア全土に拡大するかも知れない。正直言って自分が女王になる気は薄いが、憎いジョゼフを殺すためなら、クーデターの神輿にでもなってやろう。

アンリエッタの疲れた顔には喜色が浮かぶ。これは天佑というものだ。
「そ、それは大変心強いことですわ! 貴女が即位してガリアが味方につけば、ゲルマニアもアルビオンも容易には攻め込んで来ないでしょう」

マザリーニも、オルレアン派のことは耳にしている。利用できるものは何でも利用せよ、だ。彼女が嘘を言っている素振りはないが、その旗頭が単身やって来るとは、流石に驚いた。
「それで、詳しい手筈は? シャルロット殿下」
「サン・マロンに集結中の『両用艦隊』を内応により奪取し、国内の反ジョゼフ勢力を糾合して決起する。混乱する首都リュティスとヴェルサルティル宮殿を、同時にオルレアン派の花壇騎士団が制圧する。ジョゼフとイザベラは捕縛して、幽閉ないし殺害。……ただし、失敗する公算もある。そこで旧オルレアン公領、つまりラグドリアン湖南岸地域を、本クーデターの根拠地としたい。支援を要請する」

しばし枢機卿と相談した後、女王は彼女の提案を受け入れた。
「よろしいでしょう。仮にジョゼフを討ち漏らしたとしても、広大なガリアを分断させられます。我が国の生き残りを賭けて、全力でオルレアン派を支援いたします。ご即位の際は、私が承認いたしましょう」
シャルロットはぺこりと一礼した。
「感謝する。オルレアン派もトリステイン王国を支援し、ゲルマニアの脅威を退けることを約束する。『両用艦隊』の上陸目的地は、ダングルテール。艦隊が海上の国境線に触れた時点で、クーデターを開始する。……では、私はひとまず、高等法院に潜んでいる悪魔どもを退治して来る」

シャルロットはひらりと窓から飛び出すと、風竜に乗って高等法院へとまっしぐらに飛んで行った。ほっ、と女王は溜息をつき、まずは安堵する。しかしアニエスの件といい、ダングルテールとはなにかと縁があるようだ。

「そう言えば……百年以上前、ガリアとトリステインでこんな予言が囁かれましたね。いつか恐ろしい大王が天から降臨し、戦乱の世に『アングルの地(ダングルテール)の大王』を蘇らせると」
「はい。また予言によれば、その名はシーレン……CHYREN、これを並び替えるとHENRYC(ヘンリ、アンリ)。アンリ王の御子、アンリエッタ女王陛下のお名前に合致いたしますぞ」
枢機卿は、にやりと笑って女王陛下の呟きに答えた。

Au chef du monde le grand Chyren sera,
 偉大なシーレンが世界の首領になるだろう
Plus oultre apres ayme, craint, redoubte
 『さらに先へ』が愛され、恐れ慄かれた後に
Son bruit & loz les cieulx surpassera,
 彼の名声と称賛は天を越え行くだろう
Et du seul titre victeur fort contente.
 そして勝利者という唯一の称号に強く満足する
『ミシェル・ノストラダムス師の予言集(百詩篇)』第6巻70番

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三宅つの
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