三界無安猶如火宅
俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
最初は誇らしい気分だった。片田舎の農夫に過ぎない俺の家が、偉大なる神アポロンの聖火を安置する神殿になったのだから。神官が聖火を母屋に安置して祀り、俺たち家族は離れの家を改装して、そこに住まうことになった。日々供物を捧げ、巡礼者は引きも切らず、賽銭で懐もそこそこ潤った。
ところが、だんだん雲行きが怪しくなってきた。肺病の蔓延はおさまらず、オリュンピア祭どころか世界中で祭を開くことができなくなって来たのだ。明らかに疫病の神アポロンの祟りだというので、聖火に詣でに来る連中はどんどん増えたが、来るはしから肺病に罹ってばたばたと死んでいく。
「ここに聖火を安置したのは神託によるものだ。新たに神託があるまで変えられぬ」神官は頑として移動を拒んだ。「これも神の思し召しだ。その証拠に我々は病気ひとつしないではないか」そう言われるとぐうの音も出ない。
やがて、殺気立った暴徒が松明を手に手にやってきた。「逃げましょう!」「案ずるなかれ」神官は動じない。たちまち飛蝗の群れが南風と共に押し寄せ、暴徒を食い尽くした。後には乾いた骨が転がるだけだった。俺は神を畏れた。
いつしか、太陽が沈まなくなった。真夏の熱波が常に照りつけ、熱風が吹きすさび、地上は大旱魃と飢饉に襲われた。だが、俺の家の井戸水は常に冷たく清浄で、畑からは常に新鮮な作物が採れ、家畜を屠って食べても翌日には蘇生していた。こうして俺たちは聖火を守り、供物を捧げて、生き続けた。
一年が経った時、神官が急に「神託があった。聖火をもとに戻す」と言い出した。「この火は神がくだされたもの。みもとにお返しするだけだ」そう言うと神官は聖火へ松明を突っ込み、母屋に火を放った。
俺と家族は急いで外へ走り出た。神官は母屋と共に火に包まれ、火の柱が雲ひとつない青空にそそり立った。それはまっすぐに太陽まで伸びていった。
【続かない/800字】
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