【FGO EpLW アルビオン】第一節 The Omen of Maelstrom
しかしロンドン、北の風土の女帝よ、
高きところのさだめによりて、汝の大いなる期限は切れたり。
世界の如く偉大なる、そは、時の死にて。
倒れねばならぬ、そして火をもて、より尊き枠組みに立ち上がれ!
――ジョン・ドライデン『驚異の年(Annus Mirabilis)』
◆◇
シティ・オブ・ロンドン。西暦1666年のロンドン大火。なるほど。大英帝国の帝都、近代都市ロンドンが誕生するきっかけとなった災害だ。確かに特異点になり得る。が……。
「……ロンドン大火を、起こさせないわけにはいかないんですよ、ね」
『ンだな。したら歴史が変わっちまうだ。そうすっと、おらたちがすべきことは』
「犠牲者を出さないこと。それも、サーヴァントによる攻撃から、市民を護ること」
『ン』
記録では、ロンドン大火でシティの8割以上は焼き尽くされたが、死者は数人に過ぎなかったという。人口40万の大都市の人口密集地で起きた大火災の割には少な過ぎるので、実際はもっと死んだかも知れないが。しかし、今ここは特異点。野良サーヴァントたちが蠢き、聖杯を求めて殺し合いを始めるだろう。それによって死者が増える可能性が高い。孟津の時は戦場だから仕方ないと言えるが……それでも。
『ちうても、ここが本当に歴史上のロンドンかどうか。ウォッチャーが弄ってるかも知れねえし……』
「それでも、わたしの目の前で市民を死なせるわけにはいきません。理屈ではなく感情として」
エピメテウスによれば、出火は明日9月2日、午前2時頃。今は正午過ぎのようだから、あと半日はある。それまでに仲間たちを探し出し、敵を発見し、対策をとる。……しかし、この恰好で外を歩いていれば、敵に目をつけられるか。目をつけられて襲って来てくれれば話は早いが、そうも行くまい。物陰や裏路地に身を隠しつつ探索に向かう。
―――マシュとエピメテウスが動き始めた頃。
その東、ロンドン塔で。
その西、セント・ポール大聖堂で。
その北、ムーア・ゲートで。
そして南、ロンドン橋の下の……テムズ川で。怪しい影が蠢いた。
◇◆
「……やれやれ、寒い場所に来ちまったね」
巨大な針葉樹が聳え立つ、暗い森林。地面に雪が積もってる。ユカタン生まれのアタシにとっちゃ寒すぎる。
「あー、またはぐれちまったか。あのバカたちゃ、どこへ落っこちたのかね……探せっていうのかい」
ざくざくと雪を踏んで行く、のも面倒だ。縄で樹木を素早く昇り、てっぺんから探すとしよう。
森の上は青空。樹冠部は明るいが、下よりもっと寒い。風が吹き抜け、黒髪がばさばさと後ろへ吹き流される。見回せば、地平線の彼方まで同じような針葉樹林が続いている。カナダか、アラスカか、ロシアか。縄を飛ばし、樹冠を渡っていく。
「人が住んでそうな気配はないけど……あのデカブツは、人じゃないよね」
遥か彼方に見えるのは、樹木より背が高い、蠢く影。人の形。漂ってくるのは禍々しい妖気。明らかに邪悪な。……そいつの顔、らしき部分が、こっちを向いた。見つかったか。ヤバイ。
「■■■■■■!!」
そいつが叫んだ。空気が揺れ、強い風が巻き起こる。ヤバイ。隠れるか。どこへ。考える間も動く間もなく、デカブツがふわりと浮き上がった。竜巻を起こして、それに乗って、こっちへ飛んで来る!
◆◇
気がついて見回せば、廃墟、廃墟、また廃墟。石造りの建物が無数に崩れ落ちている。空は暗雲と黒煙で覆われ、そこかしこから火の手。爆音。銃声。そこらじゅうから敵の反応。なるほど、戦争中か。首をゴキゴキと鳴らし、淡く輝く双剣を抜く。
「ここはどこで、あやつらはどこか、この連中に聞くとするか」
BRATATATATATATATATATATATATATATATATATATA!!!
地面に伏せ、転がり、四方からの攻撃を避ける。軍服を纏い機関銃で武装した連中に取り囲まれている。手荒な歓迎というわけだ。近代戦の知識は英霊の座で与えられたものの、実地で「銃」を見るのは初めてだ。魔力を感じるゆえ、当たればこの英霊の肉体にも通じよう。
目を見開き、獣のように笑う。戦の熱が滾ってきた!
「よかろう。かかってくるがいい!」
◇◆
「……どうしろッてンだ、クソが」
ユカタンからチャイナを経て、妙な大都市へ転移した俺だったが、周りに味方がひとりもいねぇ。通行人とも会話できねぇし、さわれねぇ。いいか、俺は幽霊でも魔術師でもなけりゃあ、超能力者でもカンフーの達人でもねぇ。銃も持ってねぇし、悲しいことに財布すらねぇ。こんなところにひとりでほっぽり出すなよ。マジでどうしろッてンだ。
シトシトと降り続ける、ねばつく黒い雨。どうにも嫌な、ドブみてぇなにおいがするが、鼻が慣れてきやがった。どうすっかな。この雨に濡れると、あんまり体にゃよくねぇだろうな。クソ、なんで通行人はすり抜けんのに、雨は俺の体に当たりやがるんだ。
それにしても、L.A.ときた。ロサンゼルス(Los Angeles)か。俺の故郷ってこんなんだっけか、映画のCGみてぇになりやがって。それともこれは、未来の姿なのか。ここが特異点だってんなら、聖杯だか英霊だかの仕業ってことか。
「……おい」
軒下で途方に暮れる俺に、誰かが話しかけてきた。慌てて顔を上げると……緑色の肌、潰れた豚鼻、原始人みてぇな顔、乱杭歯。オーガーだかオークだか、トロールだか。身長は俺より一回りでかく、体重と腕力は三倍はあるだろう。LED傘をさし、近未来的な革鎧みてぇなもんを着ている。
ど、どうする。武器は持ってなさそうだが、ぶん殴ってどうにかするつもりなら、こっちに声はかけねぇだろう。警戒しつつ、無愛想に答える。
「……なんだ」
「お前、カルデアのマスター、って奴だろ。案内してやるよ。ついてきな」
「カネはねぇぞ」
ぶっきらぼうに答えると、そいつはプッと笑った。
「いらねえよ。ああ、俺は『オーク』だ。よろしくな」
そりゃま、オークだな。英霊だかどうだかは、今のところわからねぇ。他の英霊がいりゃ分かるんだろうが。
そいつは丸太みてぇに太い腕を差し出し、握手を求めてくる。俺は恐る恐る手を差し出し、握手した。すげぇ握力だ。
「よろしく、オークさんよ。俺は◆◆◆だ。……気は進まねぇが、あんたについて行かねぇとダメなんだろうな。きっと」
「そういうことさ。ほれ、傘やるよ」
そいつがさしてるのとは別のLED傘を一本差し出され、複雑な表情で手に取る。手元がピカピカ光ってて、夜道では便利そうだ。
「……なぁ、ついでだがヤクねぇか。タバコでもいい」
ここんとこノードラッグだったから、禁断症状が……あんま出ねぇな。タバコはユカタンで吸ったきりだ。
「ああ、タバコね。これやるよ、あんまりうまくねえけど。ライターもあるぜ」
オークがポケットから、クシャクシャになったタバコの箱とライターを出す。名前は……漢字だ……「煙龍」?
◆◇
「『掩日(エンジツ)』!」
双剣から金属の陰気を放ち、周囲を闇で包む。その中へ身を沈めて滑り込み、斬り払う。銃声。同士討ちが始まる。
「はァッ!」
闇の中でも気配は分かる。目を閉じて斬り進む。全員が女のようだが、問答無用で攻撃してくる連中に情けなど無用。首を、胸を、手首を、肘を。膝を、腰を、脳天を。遮二無二、釈迦力、斬って斬って斬りまくる。降り注ぐ銃弾を弾く。避ける。敵を盾にして防ぐ。ええい、数が減らぬ。
混乱している包囲網をどうにか抜ける。……奴らめ、なにゆえ余を襲った。
こうなれば敵の本陣を探し出して突く他あるまい。どれかを捕まえ、尋問するか。ひとまず、どこかの廃墟へ身を隠すか。
◇◆
俺はLED傘をさして、オークと共に近未来都市を歩く。貰ったタバコは不味いが、ないよりゃマシだ。俺の中になんかのエナジーが入っていく気がする。ヤク入りなのかな。路地裏に入り、オークがLED傘を閉じ、マンホールの蓋を開ける。
「……よう、オークさんよ。結局これからどこへ行くんだ」
「あいつらの目の届かねえところだ。幸い、今は別の方へ向いてる」
「あいつらって……」
「俺らの敵だ。英霊たちさ。そのタバコはそいつらからの目くらましになるし、火嗣ぎでもあり……。あ、まだ傘は持っておいたがいいな。一旦返してくれ」
二本の傘を腰に、武士の刀のように挿すオーク。梯子を掴んで地下へ降りていく。雨は降ってるから濡れざるを得ねぇが、しょうがねぇ。傘さしたまま梯子を降るわけにも行かねぇだろう。なら、レインコートでもくれよ。タバコがシケちまう。―――でも、消えねぇな。マジック・タバコか?
オークに連れられて、下水道に降りる。そのままずーっと歩いて行って……LED傘を灯火にして……急に広い所に出た。ぽつぽつ電灯が灯ってるが、上が高くって、天井は暗闇の向こうで見えねぇ。コンクリートの巨大な柱が荘厳に立ち並ぶ。古代の神殿みてぇだ。
「あー……あれか、日本の首都の地下にあるやつ。ネットで見た」
「そう。地下貯水槽だ。まあ上が汚えんで、ここも下水が流れ込んでひでえ有様だが……」
ボコボコ、ボコボコ、と妙な音。足元の黒い水たまりが泡立ってやがる。なんだ、こりゃ。
◇◆◇■◇◆◇
「……どういうことでしょうか」
『そういうことだろな』
マシュとエピメテウス。シティを歩き回り、城壁を辿って城門まで来たが……出られない。一般市民は何の支障もなく通って行くのだが、マシュとエピメテウスだけは城門を潜ることが出来ない。何か、見えない力によって阻まれてしまう。これは、つまり。
『ロンドン大火は、ほぼシティ・オブ・ロンドンの範囲内だけを焼き尽くしただ。ちうことは、この城壁の内側、シティだけが特異点。おらたち英霊は出られないようになってるンだな』
「ユカタン&コスメル、エンシェント・チャイナと、結構広大な範囲が特異点でしたが……今回はやけに狭いですね」
こんな人口密集地で戦えというのか。しかも大火災の中を。最初にレイシフトした冬木市を思い出すが、あの時は一般市民はいなかったはず。我々の姿は、市民には見えない。今からシティの外へ誘導することも不可能。火災が起きるまで待てというのか。
「……それにしても、マスターやアサシンさん、セイバーさんは、一体どこへ……」
『念話も全然通じねえだな。おらたちが現界できてるってことは、生きてはおるンだろうけンども……』
奇妙な特異点。見つからない仲間たち。カルデアとの通信も開けないまま。
焦りと苛立ちが募るが、どうすることも出来ない。ただ、その時を待つしか。
◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆
竜巻と巨人が、消えた。
冷たい風が吹き、肉食獣のような臭いが漂ってきた。あるいは、腐った肉のような。それとともに、目の前にふわりと鳥が出現した。飛んで来たというより、瞬時に出現した。気配を消し、姿を消していたらしい。全く気配を感じさせなかった。
それは……フクロウに見えた。死んで腐って、羽毛と乾ききった皮膚が骨にへばりついた、大きなフクロウの死骸に。だが、虚ろな眼窩の奥には、邪悪な光が揺らめいている。英雄というより、悪霊とか悪魔の類だろう。
【ホー、ホー、ホー。ようこそ、ご同類】
気さくに語りかけてきた。いやーな声だ。死神のアタシでなけりゃ、こいつとは話しにくそうだ。ひくりと微笑み、挨拶する。
「あーっと、自己紹介させてもらおうか。アタシは『アサシン』。あんたは?」
【ホー、ホー。『ライダー』さ。よろしくね】
ライダー、ねえ。ユカタンでもチャイナでも、ライダーは敵だったが……単なる敵なら、いきなり殺しに来てもいいはずだ。聞きたいことは山ほどある。まずは……
【言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるけどさ、どうも後回しにした方がいいらしい。上を見てご覧】
「ひっかけようってんじゃ、ないだろ……うわっ?!」
◆◇
――――大気が、大地が、震えている。樹木がざわつく。これは。
「時が来た!」「ぶつかる!」「殻が割れる!」「渾沌が訪れる!」「戦争だ!戦争だ!」「最後の時だ!」「終わりの日だ!」「終わりの始まりだ!」
多数の声が脳内に響く。なんだ、これは。誰の声だ。
次の瞬間、天空に亀裂が走り……!