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【FGO EpLW アルビオン】第二節 Firestarter

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1666年9月2日、午前2時頃。ロンドン橋の近く、プディング横丁。パン屋「キングズ・ベイカリー」のかまどから出火。

人口密集地シティ・オブ・ロンドンは、昔から火災が多い。ボヤ騒ぎは日常茶飯事で、すぐに鎮火されると多くの人が――市長さえ――思っていた。木と紙で出来た日本家屋と違い、一応はレンガや石造りの建物もあり、木材もナラ材が多く、比較的燃えにくくはある。だが、この年の夏は非常に暑く、何週間も雨が降っていなかった。家々は乾燥し切っており、火は強い東風に乗って、たちまち燃え広がる……。

「始まってしまった……!」
草木も眠るウィッチング・アワー。燃え出したパン屋を物陰から見て、マシュが下唇を噛む。頭には水晶髑髏、エピメテウスを被っている。サポート兼悪臭避けだ。戦闘時には防具になるし、片手が塞がらずに済む。

消火するわけにはいかない。歴史を変えてしまう。だが、惨事を知っていて止められないというのは、やはり悔しい。敵にも味方にも、結局出会うことは出来なかった。しかし火災に乗じて出て来るだろう。姿を隠しているというよりは「戦争が始まるまでは出会えない」ようにしてあったとしか思えない。我々英霊は……ロンドン塔、ロンドン橋を含む、このシティの範囲から出られないようだ。ここだけが戦場となる!

『……あれは』
「!?」

エピメテウスが霊的視覚で視、マシュの目にも映る。パン屋から出て来たのは、怪しげな仮面を被った四人の男。背が高く体格はよく、まるで四つ子のように同じ。互いに顔をあわせ、愉しげに笑う。
「火がついた」「浄化の火だ」「さあ始まりだ」「戦争だ」「「「「HAHAHAHAHAHA!」」」」

それを見て、マシュが目を丸くする。
「……放火!? しかも……」
『魔力反応がある……だな。カトリック教徒による放火って風説も実際飛び交っただが、サーヴァントが火をつけたとなると……あッ』
考えている暇はない。苛立ち過ぎて堪忍袋が爆発したマシュは、四人の仮面の男たちに飛びかかる!

「イヤーッ!」「グワーッ!?」

手甲(ブレーサー)をつけたマシュの右拳が、仮面の男の一人の側頭部を殴り飛ばす!頭蓋破裂即死!
「アッコラー!」「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」
斃れた男は金色の粒子に変化し消滅! 残る三人は一斉に拳銃を構える!
「イヤーッ!」「「グワーッ!」」
銃弾が発射される前に、両拳が二人の仮面を殴り飛ばす!顔面陥没即死! だが残る一人は先んじて逃走!
「待てッ!!」
脆い。勢い余って、つい殺してしまった。奴は捕まえて拷問(インタビュー)せねば!

◆◆

シティ・オブ・ロンドン北部、ムーア・ゲート付近の夜道。地面を照らすランタンの明かり。年寄りの夜警が、安酒の匂いをぷんぷんさせ、おぼつかぬ足取りで歩く。

「火ィーの用心……うー、蒸し暑ィ、めんどくせぇ」

夜回りは市民の義務だ。やらないと、近所からやいやい言われる。このご時世、カトリックの容疑でもかけられたらコトだ。あのクソ喧しい四輪馬車(コーチ)がガラガラ言わないのはいいが、夜道はやはり不安。酒でも飲まねばやっていられない。

「ああ、風は強いが、東風じゃこりゃァ。イーストエンドの、ドブの臭いがしやがる……うプっ」

ロンドンはシティ、郊外、ウェストミンスターの三つに分けられる。テムズ川は西から東へ流れるため、必然的に上流、西の方が清らかだ。国王や貴族、富裕層は西に住む。自然はなお美しく、レンガ造りや石造りの邸宅が立ち並ぶ。ごみごみしたシティから引っ越した者も多い。そうして生まれたシティの空き地はすぐに再開発され、分割されて庶民の住処になる。

東へ行くほど貧しい連中が棲み、ゴミと汚物の掃き溜め、吹き溜まりになる。一年の四分の三は西風が吹いているから、工場や暖炉からの煤煙もそっちへ流れていく。ロンドン郊外の一番東、一番下流がイーストエンド。満潮時は河口から海水と汚物が遡り、酷い有様だ。棲んでる連中もクソカスとクズばかりだ。とはいえ西側にも、セント・ジャイルズみたいな貧民街もあるから一概には言えない。そういや去年の大ペストもセント・ジャイルズから広まったのだった。

夜警は、そうした貧民街住まいでないことを神に感謝しつつ、立ち小便をしようと暗がりへ歩いて行く。ゲロもしとくか。

どん、と何かにぶつかる。なんか、馬のような、大きな肉体にぶつかった感触。
「ア? ……なんじゃ、こりゃ」
ねばついて、体が離れない。タールかなにか、粘液のようだ。誰かの悪戯か。ぽたり、ぽたりとそれが上から落ちてくる。顔を上に向け、ランタンで照らす。

赤く輝く大きな一つ目。潰れた鼻面。よだれを垂らす、大きく裂けた口。バケモノだ。バケモノと目があった。

「■■■■■■■■■■■■」

怪物は、瘴気を吐き出しながら雷鳴のような唸り声をあげた。

「あ………アイエエエエエエエ!!!」

夜警は思わず絶叫、失禁し、勢いよく仰向けに倒れる。尿のせいか粘液からは身を離せたが、ランタンを取り落とした。瘴気を顔に浴び、目が見えない。激しく咳き込む。
「アイエエエ!! ゲホッ! ゲボッ!! アイエエエ!! アイエエアバッ」
ぶちゅん。怪物は脚をあげ、無造作に夜警の頭を踏み潰した。

「■■■■■■■■■■■■」

怪物は、南へ顔を向ける。火と煙が上がっている。べちゃり、べちゃっ、と音を立て、そっちへ歩いて行く。

地を踏みしめるは四本の脚。前足の周りに肉厚の鰭。だらりと伸びた両腕は地面に届くほど長い。馬のような胴体の上に、大柄な人間のような上半身が乗っている。ケンタウロスをさらに異形にしたような怪物。不釣り合いに巨大な頭は、肩の上をぐらぐらと揺れ動く。乱杭歯の並ぶ口はクジラのように大きく裂け、鼻面はブタのようで、大きな一つ目は燃えさかる石炭のよう。 

もっともおぞましい特徴は、全身の皮膚がないことだった。赤い筋肉と白い腱が、脈打つように動いている。その表面には黄色い血管が走り、どす黒い血液が流れている。完全にバケモノだ。体から滴る黒い液は、地面に落ちるやジュウジュウと音を立てる。

「おうおうおう、えらいこっちゃのう」

怪物の進行方向の左手。路地裏から、怪しい兇相の男が歩み出て来た。

背は高いが猫背。異様に痩せこけ、全身傷まみれ。髪はざんばら、髭はぼうぼう。病的に黄色い顔。目つきは胡乱で、目の下に濃い隈があり、分厚い唇から乱杭歯を剥き出す。纏うのはボロボロの黒い長衣。足は草鞋履き。その右手には、七本に分かれた革鞭に多数の刃を埋め込んだ、奇怪な鞭剣。全身から強烈な殺気を撒き散らし、幽鬼のように輪郭がぼやけている。

「なんじゃァ、おどれも英霊かい」
「■■■■■■■■■■■■」
「ほうか、痛いか。皮がないんじゃけぇのう。ほしたら、あの鉄火場に突っ込んでけや。殺して、殺して、殺したらんかい。おれのためによ」

男は平然と、怪物と会話している。顎でしゃくられ、怪物は頷き、歩みを早める。

市内の鐘が撞き鳴らされ、火事が知らされる。市民たちは寝ぼけ眼を擦り、窓から外を見る。
「……あンだ、また火事かよォ。どうする」
「ロンドン橋の方じゃあねぇか。ペスト持ちの貧乏人どもが焼け死んで、せいせいすらぁ。澱んだ空気もきれいになる」
「あのへん狭かったし、再開発されっだろォなぁ。どうせまた、貧乏人が住み着くだけか……」
「こっちの教区まで来ねぇといいが……アバッ」

窓から顔を出していた男の、首が落ちる。ひゅん。ひゅひゅん。ひゅひゅひゅん。ごろん、ごろん。べちゃり。次々と首が飛び、屋根瓦や道路を朱に染める。

「おどれらァ、傍観者ぶってンじゃねぇ! 当事者じゃろがァ! 逃げろや逃げろ、殺せや殺せ!」
鞭剣男が叫ぶ。彼の攻撃だ。気づいた生き残りたちが絶叫!

「「「「あ………アイエエエエエエエ!!!」」」」

鞭剣男が左掌を地面に翳すと、身の丈ほどある禍々しい石碑が地を割って出現した。
「殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺せ! それが人の使命、存在意義じゃあ!」
凄まじい殺気に当てられ、周囲の住民の目つきがおかしくなる。家の外へ出て来るや、殴り合いのケンカが始まる。掠奪が起こり、石や即席の武器を手にして殺し合う。地獄絵図だ。その群衆から、死体から、ぞわぞわと魔力が煙めいて溢れ、高笑いする鞭剣男に集まっていく……。

◇◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

……見失った。半日下見をしたとはいえ、迷路のような裏路地に逃げ込まれては、地の利のないわたしには追跡は難しいか。
「エピメテウスさん、ナビゲーションを……!」

BOMB!BOMB!BOMB!BOMB!BOMB!BOMB!

あちこちで火の手が上がる。パン屋からの飛び火、ばかりではない。放火だ。奴の仕業だ!

「フォロー・ミー!」

仮面の男が物陰から顔を出し、挑発して来る。拳を握りしめ、間合いを測る。エピメテウスが警告する。
『気いつけろ。大勢いるだ』
「宝具かなにかで、人数を増やしているというわけですか」
『ン。それにあの仮面、有名なアレだ』
「……ですね。正体が彼なら、火をつけるのはお手の物」

会話を聞きつけ、仮面の男がぞろぞろと全方位の物陰から出て来る。両手に拳銃。
「ウフフ」「なんだ、知ってるのかい」「有名なのも困りもの」「今は名も無き名無し(アノニマス)」「ちなみにクラスは『アサシン』さ」「それしかないね」「だって暗殺者だもの」「失敗したけど」

ぎり、と奥歯を噛みしめる。わたしの宝具は、攻撃は、多人数を相手にするのは向いていない。
「名無しなどではないでしょう、高名なテロリスト、『ガイ・フォークス』さん」

真名?判明

アサシン・マスカレード 真名? ガイ・フォークス

「「「「イエス・ウィー・アー!」」」」
アサシンたちが一斉に拳銃を……投げ上げる。両掌をこちらに向ける。咄嗟に手甲を展開させ、盾に戻し、跳躍!

「「「「『爆殺火薬陰謀劇の夜(ナイト・オブ・ガンパウダー・プロット)』!!」」」」

ZGGGGGTTTOOOOOOOOOOOOOOOMMMM!!!

◆◇◆◇

『無事だか』
「ええ」

うまく爆風に吹き飛ばされ、空中を飛び、石畳に着地する。さっきの街区は……全滅か。ここは、どのあたりだ。やや広い。相次ぐ爆発と猛火に、市民が逃げ惑う。彼らはシティの壁の外へ出られる、はずだ。我々は出られない。

「■■■■■■■■■■■■」

背後から雷鳴のような唸り声。新手。振り向けば、皮膚のない単眼のケンタウロスのような異形の怪物。サーヴァントか、エネミーか。いずれにせよ恐るべき相手。その隣に、異様な殺気を撒き散らす男。

「おうおうおう、女ァ、おどれも英霊かァ! 痛めつけていたぶって、犯して殺して犯したらァ!!」

ひゅん。ひゅんひゅん。男が鞭を揮うたび、逃げ惑う市民が切り裂かれ、血の海に沈む。魂喰いで魔力を増やす気か。
「やるしかないようですね」
『ンだな』
盾を手甲に変え、カラテを構える。2対1。いや、エピメテウスもいる。2対2だ。ここで食い止める!

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「HAHAHAHAHA!」「ボンファイア!」「ボンファイア!」
「良き(bon)火!」「骨(bone)の火!」「火薬(bomb)の火!」
「ボン!ボン!ボンファイア!」「ボン!ボン!ボンファイア!」
「迎え!」「迎え!」「ボンファイア!」「送れ!」「送れ!」「ボンファイア!」

火炎と黒煙の中を、仮面のアサシンたちが群れ集い、歌い騒ぎ、踊り遊ぶ。掌から黒色火薬(ガンパウダー)や火球(ファイアボール)を撒き散らす。逃げ惑う市民も、彼らを見るや、顔に同じ仮面が装着され、踊りの列に加わる。狂人が増える。死神が増える。

「「「踊る阿呆に」「観る阿呆」「同じ阿呆なら」「踊らにゃ損損!」」」
「「「エジャナイザ!」「エナジャイザ!」「ヨイヨイヨイヨイ!」」」
「「「エジャナイザ!」「エナジャイザ!」「ヨイヨイヨイヨイ!」」」

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