見出し画像

宝妙童子の話(3/3)

宝妙童子の冒険は、いよいよ終盤を迎えた。これまでの二回のエントリーに続き、こんどは上中下の下巻に読み進めよう。

人々に押されて、童子は岩屋の中に入った。岩の振動とともに、風が立ち、耐えがたい匂いが伝わり、熱い吐息が目のまえに迫ってきた。よく見れば、長さ二十ひろに及ぶ大蛇、その姿といえば、頭は八つ、眼は十六、角は数しらずでまるで赤金の針、紅の舌を垂れ、炎の息は吐く。童子はあっという間に失神した。

死に人を喰わない大蛇は、おもわず退いた。やがて目を覚ました童子は、大蛇をまえにして、自分の身の上を語りはじめた。しばし怒りを沈め、哀れの気持さえで見せた大蛇を見て、童子は合掌して念仏した。とたんに大蛇には成仏の道が開いた。

画像1

暗い岩屋の中は、一瞬にして光明輝く浄土となった。煌びやかに来迎する仏をまえに、大蛇は十六の角が折れ、首をうな垂れ、舌を垂れた。やがていつくしい若い男に姿を変えた。

変身した大蛇は、童子に向かい涙を流し、これまで毎年一人の子を喰い続けた深い罪を悔やみ、親孝行の童子がもたらした他力本願のおかげで自身が成仏できた。そして「都に帰りなさい」と念を押したうえ、雲の上に乗って去った。

画像2

金色のなかを去ってゆく来迎の一行を名残惜しく眺めながら、童子はやがて岩屋から出て長者が住む家へ向かった。

一方では、長者夫婦は童子のことを悲しみ、せめて彼の母に知らせようと考えを巡らしていた。そこへ無事に戻ってきた童子を見て、夢かと驚いた。童子からすべての詳細を聞き、ここまで親孝行をし、その果報を受けた童子を大事にしなければならないと思った。やがて童子を我が子にし、実の子を次男とし、持てる財宝を二つに分けて二人に与えた。

画像3

この国の国王は、このことを知り、童子に会って、岩屋の様子などを詳しく述べさせた。そして、ここまでありがたい親孝行の心をもつ童子には、自ら国土を譲り、万民の幸せを保つように、自分の位に童子を座らせた。童子は新王となった。

画像4

位についた新王は、母のことを思いつづけ、すこしも喜びを感じなかった。やがて長者に宣旨し、天子の身となっても、母の行方を知らないで光陰を過ごすことはできないと述べた。長者はさっそく人を使い、新王の母の居場所を探し求めた。

ほどなくしてその母が盲目になったことを知った。使者からの急いだ報告を聞き、やがて二人の対面が決まった。新王はうきうきした気持ちで輿に乗って盲目の母のいるところに向かった。大勢の人びとがついて行った。変わりはてた母の前に立ち、その首に掛かっている守りの童子の形見を見て、間違いないと確認できた。我が子に抱きつこうとして、目の見えない母はそばの柱に飛びついた。新王は泣きだし、その泣き声を聞いて母は確信を得た。見守る人々もみんな泣いた。気を取り直して新王は悲惨な姿になった母にその理由を尋ね、母は、どんなに財宝があっても自分の子を失ったことと較べれば意味がないと諭した。新王ははじめてそれに気づき、身を伏して泣いた。

画像5

新王は、母に輿の上の王冠を探らせ、王となったことを信じさせて。やがて母を輿に乗せ、都に戻った。これを見て、人びとは子に勝る宝はないと口々に言った。

母は出家の身となり、新王は母のために寺を作った。はてには仏の加護により母の目が再び見開いた。

人びとは、歓喜の涙を流してこの奇跡を見守った。

画像6

ほうみやう童子(下巻)

いいなと思ったら応援しよう!