中国との商売が牧歌的だった時代。『中国てなもんや商社』谷崎光
首の入らないTシャツ。プリント部分がくっついて、蛇腹のようになってしまったシャツの山。ジャムの瓶に丸ごと入っているヤモリ。蜂蜜瓶の中のスプーン。傘は開かない。トレーナーは色落ち。
中国との貿易は、納期遅延、契約違反、トラブル続出。そのいいわけたるや、「竜巻で工場がとばされてしまった」だの、「洪水被害でどうしようもない」だの、「大雪」だの、とにかく20世紀の中国はスケールがでかすぎる。この本が出版されたのは、1996年。21世紀も20年が過ぎ、世界の工場から世界の市場へと変化する現在の中国からは、想像できないことばかり。
著者は、ほんの腰掛け*のつもりで入社した大阪の貿易商社で中国を担当。営業に配属され、華僑の王課長の下で中国に鍛えられる抱腹絶倒のノンフィクションは、中国を知っている人なら、わかりすぎてお腹がよじれそうになる。
でも、著者も負けていない。彼女の父は大阪商人。父親の教えをしっかり受け継いで、王課長に食い下がる。口では決して負けない中国人と大阪商人の娘のやりとりは、まるで掛け合い漫才のようにおかしい。そして、彼女が目にする日本人バイヤーと中国企業の取引のトラブルは、そのまま水と油の日中文化摩擦。
さんざん笑って、読み進めていくうち、ふと気がつく。何事もカイシャ中心の日本。中国では人が全てを握っていて、担当する人間が変わればまるっきり状況が変わってしまう。そして、日本の商社にいる華僑の上司たちというのも、人中心。
最初は振り回される著者を、女だからと区別せず、とことん鍛えてモノにしてくれたのは、結局この中国人上司たちや、中国人の取引先だったりする。人と人との温かみというのと、またちょっと違う気がするけど、カイシャ中心の日本的ニンゲン関係より、ハチャメチャでも人vs人の中国的関係が魅力的に思えてくる。もちろん、中国的ニンゲン関係の大変さも十分わかっているけれど。
この本が注目されて、映画化されてから、20年以上たった。その後、中国はWTOにも加盟し、日本の経済成長を追い抜き、アメリカと張り合っている。ハチャメチャだった頃の中国の名残もとどめつつ、一方ではガンガン発展して最先端。いまどきの若い人は、この本を読んでもピンとこないに違いない。
ここから先の中国がどうなっていくのか。たまに、振り返ってみるのも大事だと思う。 この本はおすすめです。
*余談ですが、「腰掛け」って言葉が死語になってて感慨深いです。