本物の鬼は誰!?『中国魅録「鬼が来た!」撮影日記』 香川照之
2000年のカンヌ映画祭でグランプリをとった姜文監督の『鬼が来た!』
それに主演した香川照之さんの中国撮影奮闘記。
香川さんは脚本を読んで、すばらしいと感じて出演にOKしたのに、それが現場でどんどん変更され、最後には脚本家も首にされてしまう。日本の撮影現場からは想像もつかないような場所を転々とし、想像もつかないような待遇に翻弄される毎日。中国を知らない人には、あっけにとられる日記が続き、中国を知っている人には、「中国ならそうだろうな~アハハ」な日記が続く。
『鬼が来た!』は、日中戦争を題材にした映画。
主演兼監督の姜文は、これまでの中国映画は日本兵士を正確に描いていないと猛省し、日本の戦時記の資料を膨大に集め、ビデオを山程研究し、日本の有職故実についての知識をかなりのレベルで把握した。
そして、本当に細かいこと――例えば様々なケースでの刀の裁き方、収め方、ゲートルの巻き方などなどを披露したのは日本人俳優の宮路佳具さん。彼は大物時代劇俳優の付き人を何年もつとめ、居合いの修羅場を積み、軍事関連の小道具の扱いや時代劇的な所作で知らぬコトはないという人。
香川さんは、「確か、日本の戦国の武将で辞世の句を詠った人がいるはずだが?」と尋ねる姜文監督にびっくりし、「あ、敦盛ですね」と即答して”人生50年~”と詠って舞える宮路さんにも驚く。映画の裏舞台の話が好きな私は、こういう話を聞くのが好き。宮路さんみたいな、決して表舞台にはあがらないかもしれないけれど、しっかり映画の舞台を支えている人たちの話が好き。
中華的映画事情については、日本人の中で澤田謙也さんが詳しかった。彼は香港映画に何度も出演していて、ハリウッド経験もあり、英語も堪能。アクションシーンでジャッキ-・チェンを殴ったら失神させた武勇もあるとか。彼の語る香港映画裏事情も、すごかった。その彼にしても、中国的パラレルワールドは香港以上らしい。
私は、とりあえず中国的日常はいろいろ経験しているので、映画撮影のディテールがものすごく新鮮で興味深かった。
姜文監督は日本では想像もつかない程大量のフィルムを回し、撮影予定を大幅に超過し、何人も脚本家を首にして、最後には自分で書き編集にはさらに時間をかけ、ここでも当初の編集さんを首にしてしまう。
撮影が始まると飲み食いせず不眠不休で撮影に没頭する姜文監督。長期間の隔離されたような田舎でのロケ。俳優、スタッフたちが皆やせていくなかで、1人だけやせなかった監督。そして、最後には日本人1人でロケ地に残り、極限まで追いつめられた著者の演技。一癖も二癖もありすぎる中国人スタッフたちに振り回され続けた日本人出演者、スタッフ。
姜文監督は、出演者の最初の顔合わせで、みんなに「フランス語を勉強しろ! 我々はこの映画でカンヌの賞をとる」と宣言していたそうだ。監督のエネルギーは、本当に『鬼が来た!』でカンヌ・グランプリを獲得する。
著者の苦悩は喜びの結末を迎え……と思いきや、日記のラストは私にとって予想外の結末。
この心地よい裏切られ感。 密度の濃い映画をみたあと、もう一度別の角度から映画を楽しめた、満足の1冊。