静かで繊細であたたかな物語。『線は、僕を描く』砥上裕將
『線は、僕を描く』っていうタイトルが素晴らしすぎました。こんなステキなタイトルをつける作家さんの本なら、おもしろくないわけがないと入手。1ページめから引き込まれて、そのまま半日で一気読みです。
読んだ後に知ったのですが、この本は第59回メフィスト賞受賞作で、応募当時のタイトルは別もの(今のステキなタイトルは編集さんの手腕?)。しかも、2019年の本屋大賞第3位の人気作品で、コミカライズもされている人気作品とのこと。全く知りませんでした。
本好きを長年やっていて最近思うのは、本当に読書って「一期一会」だということ。ノンフィクションとか学術書は別として、小説は自分にとって最高のタイミングで読めば傑作だし、合わないタイミングで手にとったら、どんな評判がよくても合わなく感じます。この本と最高のタイミングで出会えた私は、すごく幸せでした。
本書は、タイトルから予想できるように絵を書く人が主人公。でも、表紙のカラフルさで、水墨画とは思いませんでした。そして、水墨画って日本画の範疇かと思いきや、日本画でもないとのこと。そういえば、水墨画は中国由来でした。だから、カルチャースクールで習えるわりに、美大では教えてくれないのだとか。
そんなわけで、下手をすると今にも廃れてしまいそうな水墨画をテーマに、一般人にもわかりやすく紹介する小説を目指された作者の砥上さん。実は、水墨画の画家さんというから驚きです。いえ、中国では詩と水墨画と印鑑(だったかな?)は士大夫の嗜みだから、小説を書いて絵も描いて印鑑もつくる砥上さんは伝統派なのかも。
交通事故で両親を亡くし、自分を見失った主人公が、ある展覧会で有名な水墨画家に出会い、水墨画を教えられる過程で自分を取り戻していく物語。劇的な出来事はないですが、代わりに水墨画の基礎とか技術とか美しさが、丁寧に繊細に重ねるように語られていきます。その畳み掛ける文章が、水墨画で筆を重ねるように美しいのが魅力です。
水墨画について語る登場人物たちの言葉の1つ1つが、心地いいメロディみたいに、私のささくれた心を解きほぐしてくれました。おかげで、年度末の不安定な私は、涙で潤いすぎて大変。映画ではしょっちゅう泣いてますが、小説でこんなに泣いたのは久しぶりかもしれません。
水墨画って、どんなもの? と思って検索すると、なんと著者の砥上さんの動画がありました。墨とか筆で生命力が表現できるって、本当にすごいです。