使わないのにあるバーチャルことば。『コレモ日本語アルカ? 異人のことばが生まれるとき』金水敏
実際には中国人が使わないのに、アニメやマンガなんかで登場する「アルヨ」ことば。これは、ドラえもんのスネ夫ママの「~~ざます」とか、アガサ博士の「~~じゃよ」と同じで、しゃべる人の役割を表す役割語というのだそうです。「ざます」はお金持ちの女性のイメージを強調するし、「じゃよ」は博士とか物知りの老人がよく使う設定です。
そして、中国人という役割を強調する「~~アルヨ」。いつ頃から、この言葉が使われていたのかを言語学者の金水先生が調べましたが、明治時代の宮沢賢治の時代から、中国人の行商人は日本にやってきていたそうで、彼ら・彼女らが売る漢方薬には、ちょっと怪しい魔術のイメージがあったようです。でも、この時点では、まだ中国人のアルヨ言葉は生まれていません。
しかし、外国人と接点のある横浜を出発点として、昭和に入り、「満州事変」、日中戦争と歴史が進んでいくと、日本兵が即席で習わされる中国語や、「満州」など中国大陸に出ていく日本人が増えて、そういうところで暮らす人たちの使う中国語が日本人に浸透していったようです。
でも、当時は中国に共通語はなくて、地域ごとに言葉が全然違いました。だから、中国大陸に出ていった日本人が使う変な片言の中国語と同時に、中国の人たちの間でも、変な日本語が広まっていったそうです。たとえば、ドラマでよく聞く「ミシ、ミシ!」(飯、飯)とか「パケヤロ!」(ばかやろう)なんかも、この頃できたとか。
外国人が、意思疎通ができない異なった言語圏にやってきて商売を行っているうちに、自然にできた言葉をピジン言語というそうです。そして、ある程度それが定着して、国際結婚した夫婦の子供がどちらの言葉もちゃんぽんに使ってしまうようになるとクレオール言語というとか。
金水先生がこの本を書くときに使った資料には、『支那在留日本人小学生 綴方現地報告』というものがありました。日中戦争中、単純に戦争しているだけじゃなくて、ちゃんと「日支合弁語」についても調査していたなんて驚きです。
そして、それを現代になって、ちゃんと資料として活用して本を書いてる先生がいるところもすごいです。貴重な調査結果は、未来にちゃんとバトンタッチされていたのですね。