平安時代、最大の対外危機『刀伊の入寇』関幸彦
今年の大河ドラマは、私の好きな清少納言が出るというので、楽しみにしていました。見る時間はないけれど、SNSでいろんな感想やら解説があふれてくるのを見つつ、全体像を想像するのが毎週楽しいです。
平安知識があんまりないので、清少納言が使える中宮定子が、父親を亡くして、兄弟の藤原伊周と隆家がやらかしたせいで、どんどんつらい立場に立たされて、しかも叔父の藤原道長が権力者になって、彼の娘彰子が入内したから、悲しい最後を遂げた……くらいしか知りません。
もちろん、道長だって最初から権力を持っていたわけじゃなくて、兄たちがいるから優先順位の低い息子だったという話も知っていますけど、でも、政治の基本的なことがどうだったかって話は、本を1冊や2冊読んだくらいでは、すぐ忘れてしまうので….
というわけで、小・中・高校と歴史の授業が繰り返されるように、自分でも繰り返し、繰り返し、いろんな角度から書かれた本を読むのが好き。今回読んだ関先生の『刀伊の入寇』は、過去のやらかしと叔父の道長のおかげで、不遇だったはずの「やんちゃすぎる平安貴族ボンボン・藤原隆家」が、定子亡き後、活躍した話。
現実の歴史のおもしろいのは、いい人が必ずしもいい政治をできるわけじゃないとか、普通ならそんなところにいるはずのない人が、たまたま事件が起こった場所にいて、それまでマイナス評価しかもらえなかった能力をプラスに発揮すること。まさに「歴史はあざなえる縄のごとし」。だから、多様性の尊重って「人権」とか「おもいやり」だけでなく、単純に組織の生存戦略です。何かのときに、使える人材をキープしておく余裕は本当に大事。世の中は、とにかく予測不能の連続なので。
さて、やんちゃ隆家はおぼっちゃま時代、兄貴の恋敵だと勘違いした誰かに矢を射掛けたら、それが花山院(前天皇)だったため、流刑になります。歴史の実際だと、隆家の従者たちが花山院の従者の首を持ち帰ったとか、なんとか。中関白家という中央貴族とは思えない、驚きの逸話です。
関先生曰く、日本という国は海外に対して、開いているときと、閉じているときがあり、遣唐使や南蛮貿易、明治維新の時代は開いていたバージョン。でも、中国大陸で「唐」が滅亡して、小国に分裂して勢力争いをしたり、草原の女真族とかが勢力を拡大したりすると、争い事も日本に及んで来ます。
有名な「元寇」以前にも、新羅が海をわたって日本へ攻めてきて、人や財産を略奪していったとのこと。この本でとりあげる「刀伊」=「東夷」も、最初は彼らの文字が読めずどこの誰が攻めてきたのか、長い間わからなかったけれど、明治になって研究が進んで、中国東北(旧満州)を拠点とする「女真」だということがわかったそうな。
ちなみに、昔の戦争も今の戦争も最前線には征服したり、降伏した人たちを出すので、刀伊の武装集団には新羅人がいました。このあたりは、名著『シュトヘル』がわかりやすいです。降伏して捕虜になっても、今度は次の戦争の最前列で捨て駒にされる世の中、いやだ……
不遇だった藤原隆家は、眼病を治すために宋人の名医がいるという大宰府にたまたま出かけ、彼には「荒くれ武者たち」がついていきました。過去の蝦夷との戦や、朝鮮半島からの海賊の来襲に応戦するうち、武芸の一族が次第に台頭していって、地方各地でその後の武士につながっていった家柄の人々の存在など、隆家の奮闘だけでなく、世の中の変化があったこともわかります。
それ以外にも、太宰府と京都を結ぶ、たった数日で届く報告書のスピードと正確さも驚きです。記録を残したのは藤原実資。ドラマも見てないのにロバート秋山さん演じる実資の実直な顔が浮かびます。京都から遠く離れた太宰府からの報告書、特に戦った人たちの報告書だけじゃなくて、捕虜(奴隷)として連れて行かれた女性の証言まで残っているってすごいです。
古代日本の政治や経済、文化が海を通じて、より広いアジア世界とリンクしていたことがわかる刺激にあふれた本。そして、海外の影響を受けつつ、貴族の時代から武士の時代に移っていくダイナミズム。一読の価値ありです。