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もし海外で拘束されたら──拘束の流れ・対策・心構え
最近、にわかに海外渡航時の邦人拘束が話題になっている。どうにもきっかけは旧ソ連圏のベラルーシにて、邦人男性が拘束されたというニュースに端を発しているみたいだ(インターネット上では所謂「海外鉄」の某氏だろうという憶測があるが、公的に拘束邦人の身元について開示されたことはないので注意されたい)。
それに関連して、所謂「拘束」とはどのような状態であり、どのような対策があるのかについても注目されつつある。確かに(これが当たり前であってほしいが)拘束、特に海外での拘束というのは極めてイレギュラーなものであり、また実際拘束された場合、国際問題に発展する可能性もあり、恐らく個人が海外旅行で引き起こすトラブルの中で、相当解決が困難な問題だろう。
一方、これら「拘束案件」は極めて早期の対応が良ければ、そこまで予後が悪化しにくい問題である。今回は中国屋として、中国でした経験や関係者の話、公開情報・記事などを元に、主に中国・旧共産圏諸国における「拘束案件」について、基本的な流れとその対策・心構えについて私見を述べてゆきたい。
拘束とはどのようなものなのか
一口に「拘束案件」と言っても、まず大別すれば3種類あり、これらはある程度グラデーション状になっている。今回は中国での「拘束案件」を例にとって解説したい。また本項については中国ライターである安田峰俊氏の解説が極めてわかりやすく詳しい。
①現場判断での拘束
拘束案件のすべての入口と言えるだろうし、何度も海外旅行をしている人なら結構このパターンに遭遇したこともあるだろう。何故ならばこのケースの至る理由はあまりにも単純な場合が多く、特に地方であれば「こんな田舎に外国人が」というレベルで取り敢えず警察が呼ばれることがあったり、(例えば中国の場合は)外国人の宿泊登記作業を兼ねて、チェックインしようとしたら警察が呼ばれることもあるくらいなので、これ自体はそこまでリスクの高いものではない。
この拘束は日本で言うならばちょっとした職務質問程度であり、警察側も我々の個人情報などを知らない。それこそ現地語がうまく話せなかったりして意思疎通が躓いたりしたら、向こうも作業が面倒くさいのか、あっさりと帰るパターンも散見される。
②「敏感な地域」での現場拘束
海外旅行者によっては経験があるかもしれない。所謂軍事施設や国境地帯などの政治的に「敏感」なエリアでの拘束は、先程までと異なり、少し危険なものになる。とはいえこれも基本的には地域住民の通報やパトロールなどで見つかるものであり、警察は我々の個人情報などを知らない。(まずもってこういうエリアに近づかない方が良いが)もし現場拘束されても、警察の指示に従えば基本的には大事に発展するケースは稀だ。
一旦、ここに挙げた2つは「拘束」といえど身柄を抑えられて警察署で…。みたいなものではなく、俗に言う「もしもし」程度のものだ。この案件では適切な対応(詳細は後述)をすれば自体が大事になるリスクも極めて低いし、旅行者のほぼ9割以上がこの2つのパターンに納まるはずだ。
③計画的な拘束
正直言ってこれは極めてイレギュラーとしか言えない。(私は見たこともないが)それこそ昨年流行ったドラマ『VIVANT』の登場人物のしている職業(警視庁のそういう仕事、自衛隊にあるらしいそういう仕事)、インテリジェンス関係の人間であったり、そういう世界と懇意にしていることが相手国の公安・諜報当局に把握されている場合だ。当然だが多くの場合、こういう行為をしている人は「スパイ・工作員」と海外の機関には認知され、恐らくその国に滞在中の一挙手一投足はすべて監視されているだろう(中国なんかはほぼすべての移動経路など当然筒抜けである)。
この場合、過去にあった事例などでは帰国直前、まさに空港に入る直前で公安機関の職員から同行を求められたり、滞在中のホテルの部屋に踏み入られることになる。そしてこの場合はもう拘束の長期化は避けられないし、多くの場合はその国のスパイに関連する法規で裁かれるだろう。
以上の3つが拘束の典型的なケースだ。そして一般人の拘束が長期化するのは、主に①②の「もしもし」の際に幾つか不審点などが見つかり、スパイを疑われるという流れになる。
次項では主に拘束されないコツや、万が一の際の対応について関係者の話などを中心にまとめたい。なおこれらはあくまでも私個人の見解や関係者のアドバイスに基づくもので、これさえしておけばという確実性を保証するものではない。
「拘束案件」虎の巻
①「拘束案件」を防ぐコツ
ここではまず、そもそもの「拘束案件」を防ぐために必要なコツについて解説したい。
・過信しない
基本中の基本。これは絶対徹底したい。「〇〇では大丈夫だった」「今までどうにかなった」「恐らく問題ないはずだ」などという根拠のない自信やマイルールは拘束案件への入口だ。
どういうスタンスがいいかという話になると、私は戦場カメラマンの渡部陽一氏のスタンスが最も参考になると考える。「危機管理第一」「必要な場では身を引く。それもある種の勇気」と明言する氏のスタンスこそが、海外旅行でトラブルを避ける最良の手段だろう。てか海外旅行オタクはマジで一度渡部陽一の本とか読んだほうがいいと思います。
・現地での情報収集を怠らない
結局ほとんどこれに尽きる気がする。自分の渡航先、訪問予定地がどういうエリアなのか、その国の政治的・法律的背景、文化慣習がどうであるかを事前に調べておけば、その途上で自ずとどういう行為を避けるべきかが分かるだろう。
・なるべく一人は避ける
自身の渡航先、訪問予定地が所謂「敏感」な地域であるなら基本的に一人での行動は避けるべきだ。そもそも旅行中のリスクを避けるならなるべく複数人で行ったほうがいいが、そういうのが難しければ、せめてそういう地域で何らかの活動する際は、なるべく現地のガイドなどを雇ったりするべきだろう。
多くの場合、雇ったガイドや現地人がまともな人であれば、そもそも危険の伴う活動を事前に止めてくれたり、(特に撮影などは)現地感覚で問題のない場所を案内してくれたり、万が一「もしもし」されても、その現地人が近くにいれば(彼らも協力者として疑われたくないので)色々対応してくれるだろう。撮りたい被写体などがあるなら保険として決して高くないはずだ。
・「敏感」なものを撮影,記録しない
基本的に撮影はトラブルのものであると心得られたい。冒頭で触れた拘束案件も、その邦人が「撮り鉄」であった可能性があり、また現地報道でも鉄道撮影がきっかけであるようなことが書いてあることからも、やはり撮影というのは危険である。
そしてこの拘束案件に触れるような形で、「自分が撮影したものはそこの職員がチェックしても何も言われなかった」というような言及をしつつ投稿をしている人も見受けられたが、あくまでもそれは、そこの人が言及しなかったという事実でしかなく、イコール問題がないということを示すものではないので注意されたい。
②「拘束案件」に接したら
ここからは実際に「拘束案件」に接したとき、要するに「もしもし」されたときに取るべき対応について書いていく。
・素直に応じる
何においてもこれが一番である。確かに目玉になるような写真が撮れたりしても、削除を求められたら素直に応じるべきである。自身の根拠のない自信から現地公安相手に抵抗するのは愚の骨頂だ。
ここは西側諸国の価値観が通じない東側諸国の中であり、相手はその国で相手を拘束する執行機関であるということを忘れてはならないし、下手に抵抗すると怪しまれる原因になる。
・余計なことを喋らない
逆に解放されたいがあまりに自身から何もかも喋ることも避けたい。時にはそういう態度も相手に疑念を抱かせる理由になりうるので、あくまでも聞かれたことを簡潔に述べるべきである。
公安当局の業務的に、マニュアル的に聞いているだけなので、彼らの満足する回答さえ得られれば基本的に長期化することはないし、それに過不足する情報を伝えるのは往々にして悪手である。
③「拘束」されたら
ここでは最悪のパターンである「もしもし」の段階を超えて拘束が長期化しそうなときの対応について紹介する。ただもうここになると、地域によって千差万別なので、中国のケースを参考にしたい。ただこの場合なら、当初の趣旨の通り東側諸国ではある程度通用するだろう。
・予め自身の日程等を知り合いや家族に共有しておく
「拘束案件」でいちばん大切なのは、自身が拘束された・何らかのトラブルに巻き込まれたという事実がいち早く周囲に把握されることである。早期の把握と初期対応次第では拘束の長期化を避けられる可能性もあるだろう。なるべくなら渡航中は家族との定時連絡などをして欲しいし、私が旅行記と銘打ってリアルタイムで発信しているのも、万が一のトラブル発生時に、そのことを把握してもらうことにある。
・素直に応じる
②の通り。
・余計なことを喋らない
②の通り。
・自分が話したことは覚えておく
中国など旧共産圏の調査手法は同じ内容を数日間にわたり質問し、その回答のブレで判断するというものである。恐らくこれは嘘の供述をしている場合は何らかの回答のブレが出てくるからという判断なのだろうか。
この傾向を踏まえるなら、必要なことは公安当局からの質問に対し自分が何を話したかを覚えておくことが重要だ。そして正直に話していれば、そんなしっかり覚えていなくても相違の大きい回答をする可能性は低いので、その点でも素直に応じることは重要でもある。
・出された食事は基本的に食べる
この中では異色なコツに思えるかもしれないがこれには立派な理由がある。一つは出された食事を食べることは相手に反抗していないという意思を示すことになるからだ。食事を摂らないという行為は、ハンガーストライキがそうであるように、我々の思うより大きな意味合いを持つ。
公安当局にすべてを握られている状況では、反抗していると思われることが拘束長期化に繋がりかねないので、滅多なことがない限りは食べておくべきだ。
もう一つは単純に拘束中にあって、食事は自身の可能性を繋がる手段であるから、食べておくに越したことはない。
④もし家族・知人が「拘束」されたら
ここまでは自身の拘束に対する対策について書いた。次は自身の知人・家族が「拘束」されたと思われる場合に取るべき行動について書いていきたい。
・現地大使館,領事館への通報
本人への連絡がつかず、拘束の可能性が認められた場合は滞在現地の大使館・領事館への通報を急ぎたい。外務省はこのような事態について「滞在先を管轄する在外公館(日本大使館又は総領事館)への連絡を求めてください」としている。
拘束された人が簡単な調査過程から起訴・外交交渉目的への拘束に発展しないうちに対応が付けば長期化が避けられる可能性もあるだろう。
・外務省への相談
外務省はこのような「拘束案件」の疑いについて、テロなどの案件を中心に対応する外務省海外邦人安全課というものを設けている。とはいえ拘束も同人の安全に関わる事象であるとともに、現地在外公館と本庁が連携して対応することは重要であり、何よりも外務省本庁であれば、このようなイレギュラーな事態への対応を直接仰ぐことも出来、相談することは重要だ。
逆に言えば拘束案件に関して出来ることはこれしかないのだ。基本的に外務省がこのような外交交渉を引き受けることもあり、これ以外での解放に向けたアプローチは勧められない。
以上4つのパターンに分けて解説をした。ここまでしっかりとやっていれば、万が一の事態にまで発展しても、恐らく1週間〜2ヶ月程度で「拘束案件」は解消されるだろう。逆に言えばそれを過ぎるようならもう拘束の長期化は避けられない情勢は必至だ。
最後に「拘束案件」について、全てにおいて通底する重要な心構えは「下準備」「慎重さ」「素直さ」である。これらを常に戒め、良い海外旅を過ごして欲しい。
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筆者が主宰する『清華人民共和国外文出版社』では、中国紀行に特化した『辺境中国』シリーズと、ほか海外旅行に特化した『Marco Polo』シリーズを刊行中です。既刊本はメロンブックスで頒布中のほか、今冬発刊の新刊2冊は中国のデジタル事情やアフガンの安全情報なども盛り込んだ豪華な内容で、コミックマーケット2日目東3ホール-ピ25abにて頒布予定です。ぜひご愛顧のほどよろしくお願いします。
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