見出し画像

北朝鮮「ホットドッグ禁止令」の虚構──開放的な平壌グルメ

 複数のネットメディアが取り上げた記事が俄かに話題になっている。元々は米RFA(ラジオ・フリー・アジア)と英大衆紙The Sunが取り上げたもので、これらをまとめた産経新聞の記事によれば、ホットドッグやプデチゲ、トッポギなどは「"西洋的すぎる"とみなされて」おり、「金氏は飲食や調理を"反逆罪"とみなし、中止勧告の後に収容所に送られる」としている。
 まあ見る人が見れば、最初から最後まで根拠のない三文記事であることは言うまででもないが、ではどう根拠のない記事なのかと言われれば回答に窮するのも事実。今回私は記事配信社の性質について簡単に触れた上で、24年に平壌で実際に提供されている料理などを参考に、この記事の誤謬について指摘していきたい。

記事を検証してみる

 まず配信社の性質について、元の記事は主にこの二つだと考えられる。一つはRFAの記事"North Korea bans 2 South Korean dishes"で、記事中、以下の内容が付されている。

“Sales of tteokbokki and budae-jjigae at the marketplace have completely stopped since the 15th,” a merchant from the northern province of Ryanggang told RFA Korean on condition of anonymity for personal safety.”
(「15日以降、市場でのトッポギとプデチゲの販売は完全に停止した」と北部の両江道の商人は、匿名でRFA Koreanに語った。)

“This is not simply a measure taken only in Ryanggang Province, but also to all restaurant networks and market food stands across the country, including Pyongyang,” the merchant said. “People are well aware that the sale of tteokbokki and budae-jjigae is prohibited because they are South Korean foods.”
(「これは単に両江道だけで取られた措置ではなく、平壤を含む全国のレストランネットワークや市場フードスタンドに対しても取られている」と商人は述べた。 「トッポギやプデチゲの販売は韓国の食品だから禁止されていることを人々はよく知っている。)

 記事を読めばわかる通り、証言そのものが一個人に限定されている上に、あくまでも規制が行われたのは両江道であり、少なくとも提供が禁止されているのは一部の韓国料理に限定されている。
 さらに問題なのはこの記事の配信社だ。RFAは元々米議会によって設立された放送局で、その前身は米CIAが反共プロパガンダ放送を実行するために設立した戦争情報局に起因している。現在でも政府系放送局としての側面を有しており、クリントン政権時代の政府高官からは

“Dalpino said she has reviewed scripts of Radio Free Asia's broadcasts and views the station's reporting as unbalanced. "They lean very heavily on reports by and about dissidents in exile," she says. "It doesn't sound like reporting about what's going in a country. Oftentimes, it reads like a textbook on democracy, which is fine, but even to an American it's rather propagandistic.”
(ダルピノ氏は、ラジオ・フリー・アジアの放送原稿を見直したが、同局の報道は偏っていると見ている。「亡命中の反体制派に関する報道に偏りすぎている」と同氏は言う。「国で何が起こっているかを報道しているようには思えない。民主主義の教科書のように読めることも多いが、それはそれでいいのだが、アメリカ人にとってもかなりプロパガンダ的だ」)

という指摘もあり、これらの注目を集めるようなセンセーショナルな記事の信憑性については疑問が残る。

また補足として付け加えれていた英紙"The Sun"の記事に至っては、ホットドッグの下りに関するソースが存在しておらず、おそらくこの内容については、RFAのインタビューを元に、一つの見解として独自に加筆しただけの可能性もある。
いずれにせよ、今回の記事についてはその信憑性に大きな疑問が残るのは事実だ。

開かれた平壌グルメの世界

 では実際に、朝鮮ではどのような物が食べられているのだろうか。記事の指摘するように "西洋的すぎる"料理はやはり提供されていないのだろうか。今回は2024年に朝鮮に留学している中国人学生の投稿から、同国で提供されている料理の一例を紹介したい。

①ケーキ

 誕生日を祝いたいという感情は誰であっても共通なのだろう。留学中に誕生日を迎えたこの留学生は、平壌で友人らと誕生日パーティーを開いたそうだ。大学(ここでは金日成総合大学)のレストランで祝ったというが、このケーキの値段はなんと60ドル。日本円換算でも相当な額だが、当地の経済水準からすると、庶民に手の出る金額ではなさそうだ。味は「普通だった」「それなりに美味しい」とのことで、まあ本人が満足しているなら良いのだろう。

 またこのようなケーキ以外にも、おやつ的なケーキも販売されている。パッケージの雰囲気も、底に書いてある朝鮮語やパッケージ端の朝鮮製品でまじで見るシールの存在がなければ、日本の安いケーキと雰囲気はうり二つだ。

②スパゲッティ類

 平壌は思ったよりスパゲッティを食べることが出来るみたいだ。一例として掲載した画像のスパゲッティ以外にも、いろんな店で提供されているらしいが、肝心な味は「悪くない」というあたり。中国人の平均的な評価なことも考えれば、中国で食べられるあのなんとも言えない感じのスパゲッティと同じなのかもしれない。どことなく麺も太いし。

③寿司

 平壌で寿司が食べられるという話自体は驚きもない。特に私より一回り上の世代であれば、金正日の料理人こと藤本健二さんのことが記憶に新しいだろう。寿司職人として知られていた彼は、一応コロナ禍前までは樂園百貨店で「たかはし」という店を営んでいたが、現在はまだそこに勤務しているか不明だ。
 今回の画像の寿司はそういう純日本的な寿司ではなく、なんか凄いことになっている、やたらアメリカナイズされた寿司だ。まあ一応ガリがある辺り寿司を意識しているし、そういうアレンジ寿司も出せるくらいには、平壌市民の中で寿司は一般的なのかもしれない。

④オムライス

 日本発祥の洋食であるオムライスは平壌でも愛されている。これも大学レストランで提供されているものらしく、雰囲気はかなり安牌な見た目をしている。価格は1ドル程度で、おそらく本来の平壌物価はこの程度なのだろう。

⑤スターバックス

 正直これを紹介したいがためにこの記事を書いたすらある。ノマドワーカーには朗報のスターバックスが平壌にもある…。というわけではなくて、実際にはスタバの食器を勝手に使ったカフェという具合らしい。ただコーヒーの味自体はかなり美味しいらしく、ナウい留学生にもウケているそうである、

番外編:平壌の飲料事情

 北朝鮮といえば、イランと並んで世界で数少ないコーラが飲めない国である(なんならイランはコーラの工場を革命時に接収しているので、一応かなりそれっぽいものは作れるそうだが)。
 ではそんな国にはどういう飲料があるのか。平壌で撮影されたと思われる広告には、北朝鮮で製造されている飲料の一例が掲載されており、コーラのような見た目をしたココア風味炭酸なるものが紹介されている。またほかにもファンタのような雰囲気の飲み物も書いてあり、結構品目は多そうである。

結論─ヴェールの向こうの普通のメシ─

 このように俯瞰すると平壌の食文化というのは極めて多様で、少なくとも今回の報道にあるような閉鎖的な食文化ではない。ただ一方で、このような多様な食文化は(これはサンプルが平壌在住の留学生のみということもあるが)やはり傾向として平壌のような生活に余裕のある都市部に限られていると考えるのが自然だろう。
 とはいえ、北朝鮮において"西洋的な"食事は提供されていない、摘発対象だということはないし、それなりに文化的な多様性が存在していることを知っておくのは、ヴェールに包まれた半島の北側にも、我々と同じような人が普通に生活をしているという視点を持つ一歩になれば幸いだ。

いいなと思ったら応援しよう!