宇宙島へ8「宇宙の『蜘蛛の糸』」
破断長
「宇宙エレベーター」は静止衛星軌道36000kmの宇宙ステーションからテザーをたらすので、少なくともテザーはその長さに耐えられなくてはいけません。
はたして、どのくらいの強度が必要なのでしょうか?
「宇宙エレベーター」のテザーが丈夫でなければならないという問題は、通常のエレベーターのワイヤーの問題とは少し異なります。
通常のエレベーターであれば、ワイヤーの丈夫さの問題は、ほぼ「どれだけの重さのものを持ち上げるか」ということになります。
しかし、「宇宙エレベーター」の場合には、テザーそれ自体が非常に長いため、荷物を全くつるしていなくても自分の重さで上下に引っ張られる力にたえなくてはいけない、という問題が生じます。
これはもちろん地上でもワイヤーが長大になれば、ある地点にはそれより下のワイヤーの重さがかかることで、ワイヤーが耐えられなくなるという現象が起こります。これを自重破断といいます。しかし、普通のビルのエレベーター程度では自重破断は問題にならないため無視して考えても差し支えはありません。
しかし、「宇宙エレベーター」のテザーの全長は6万kmにも達するので、この自重破断が問題になるのです。
では、「宇宙エレベーター」のテザーに必要な条件を考えてみましょう。
①大きな引っ張り強さ
②小さい密度
③しなやかさ
④加工の容易さ
⑤大量生産が可能
⑥安価である
⑦耐久性がある
特に①②は最優先事項です。ここを満たさなければそもそも長さが足りないのですから話になりません。
そこで、①と②をひとつにして材料の強さを表す量「破断長」あるいは「特性高」が考案されました。
「破断長」「特性高」は、地表と同じ一定の重力のところに一定の太さの材料を垂らしたときに自重破断を起こすまでの長さを示しています。
「特性高」は、ジェローム・ピアソンが論文の中で用いた言葉で、「破断長」はアーサー・C・クラークが用いた言葉です。
以下、「破断長」を用いることにします。
破断長Lは、以下の式で求めることができます。
「重量に換算した引張強度」というのは、たとえばkgf/平方mmのような単位になります。
これを密度と引張強度(Pa)を用いた式で表すと、重力換算の引張強度は引張強度を重力加速度で割ればいいので、以下のようになります。
なお、引張強度を密度で割った値は「比強度」といい、これを用いて検証する方法というのもあります。
脱出長
さて、「宇宙エレベーター」では引力は一定ではありません。すでに説明したように、地表から離れれば離れるほど地球の引力は小さくなりますし、逆に遠心力は大きくなります。
そこで、破断長を求めるのと同じ条件、つまり地表での重力がどこまでも作用しているという仮想の条件で宇宙エレベーターが実現できる長さと比較するという方法を用います。
つまり実質的にこの長さがあれば切れない基準となる長さです。
これを「脱出長」といいます。
破断長が脱出長よりも長ければ、その材質で「宇宙エレベーター」を作ることができるということになります。
一定の重力下において、テザーが地表まで達した場合の静止衛星軌道のステーションにかかる力p(RE)と、天井からぶら下げたテザーが脱出長lに達したときに上端にかかる力p(l)が等しくなると考えることができます。
すると、脱出長は以下のように求めることができます。
これに数値を代入すると、4.60×10の6乗mつまり、約4600kmとなります。ちなみに、1975年にジェローム・ピアソンが論文の中で求めた脱出長の値は4960kmでした。
ここでは、脱出長を4600kmとしますが、破断長がこの脱出長の値を超える材料でなければ「宇宙エレベーター」は作れないということです。
しかし、そうした材料を見つけることは非常に難しいと言わなければなりません。大抵の材料は密度が大きすぎるのです。
実際に現在ワイヤーに用いられる素材を見てみましょう。
その密度と引張強度、そこから計算した破断長(この場合は、単位系は同じなのでgやcmの単位をそろえて割るだけでよい)は次の表のようになります。
一番破断長が長いアラミド繊維でも約250kmでしかありません。必要な強度はまさに桁違いです。
では、塔のときと同じように、根元を太く、先端を細くして「テーパーをかける」とどうでしょうか。
塔のときには、錘体にすれば体積が三分の一になることによって高さを3倍にすることができました。吊り下げる場合も同様で、錐体にすることで長さを3倍にすることができます。
また、底面積が高さの指数関数に比例するようにして、引張強度を超えないように単位あたりの断面積にかかる力が一定になるようにとどうでしょう。塔のときとおなじ考え方です。
最上部と最下部の半径比は次の引きで求めることができました。
この場合、塔の高さHは脱出長lに相当します。そしてこの式は、以下のように書き換えることができます。
これを計算すると、以下のようになります。
アラミド繊維でも、地表部分に対する静止衛星軌道部での半径は1000倍必要ということになります。しかも、これらの数字は「宇宙エレベーター」内を移動する運搬装置や、外部からの風などの力は考えに入れていません。つまり、絶対にこれ以上の比率が必要になるわけです。そう考えると、あまり現実的な数字ではありません。
テーパーをかけるにしても脱出長≒破断長である材料を探す必要がありそうです。
【参考】
・石原藤夫・金子隆一(2009)「軌道エレベーター 宇宙へ架ける橋」早川NF文庫
・佐藤実(2016)「宇宙エレベーター その実現性を探る」祥伝社新書
・石川憲二(2010)「宇宙エレベーター−宇宙旅行を可能にする新技術」オーム社
・B・C・エドワーズ、F・レーガン、関根光宏(2013)「宇宙旅行はエレベーターで」オーム社
・佐藤実 (2011)「宇宙エレベーターの物理学」オーム社
・青木義男(2012)「宇宙エレベーター 人類最大の建造物」季刊大林53,p26-29
・大林組プロジェクトチーム(2012)「『宇宙エレベーター』建築構想 地球と宇宙をつなぐ10万キロメートルのタワー」季刊大林53,p30-59
・石川洋二(2012)「2050年宇宙エレベーターの旅」季刊大林53,p60-61
・小泉宏之(2018)「宇宙はどこまで行けるか ロケットエンジンの実力と未来」中公新書
・勝亦正昭、柚鳥登明(1989)「超高強度金属極細線サイファー®」燃料協会誌68(12),p1084
・船井潔(2002)「エレベーターの安全・快適技術」IATSS Review27(2),p115-123
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