【歳時記と落語】上巳
旧暦の3月3日は「上巳」です。今の暦に切り替わるまでは、大体この「上巳」の日に「桃の節句」、つまり「雛祭り」をしてたんです。「上巳」が3日からずれる場合も、「雛祭り」は3日です。
2021年は4月14日が上巳です。
古くから、この「上巳」は川に入り禊をすると風習がありました。これが人形に穢れを移して流すという風に変わり、「流し雛」になりました。「流し雛」は『源氏物語』にも登場しております。これがやがて形を変えて、江戸時代には今の「雛祭り」の形になりました。
また、禊の際に上流から卵や棗を流し、それを掬い取ることで子宝に恵まれるように祈るという古い風習もございます。これが文人たちの間で盃を流す遊びに変わりました。「曲水流觴」、つまり「曲水の宴」ですな。王羲之の『蘭亭序』は、この「曲水流觴」の際の詩を集めた漢詩集の序文として書かれたもんです。この『蘭亭序』、北京の故宮博物院の至宝の一つですが、実は王羲之の真筆というのはこの世には存在しないんです。唐の太宗が全て自分と一緒に葬らせてしまったからです。
さて、いずれにしましても、桜も咲き誇り、華やいだ雰囲気が漂いますな。落語の方にも「貧乏花見」や「百年目」に花見が出てまいります。今回は「百年目」をご紹介しましょう。
さる大店の一番番頭の次兵衛、暖簾分けも間近という年恰好ですが、この年まで遊び一つしたことがないという堅物で通っております。散々店のものに小言を言うて店を出ますと、そこに待っておったのは幇間です。何が堅いもんか、芸者、幇間引き連れて屋形で桜ノ宮へ花見に繰り出そうという趣向です。駄菓子屋の二階で預けてある着物に着替えて船に乗ります。
小心者なんで障子を締めきらせてますが、酒が入ってええ気分になってきた。芸者衆に唆されて、桜ノ宮で目ん無い千鳥の体で陸に上がりよった。
ところが、偶々そこに親旦さんが来てなさったんで鉢合わせ。
「これは、これは、旦さんでございますかいな。長らくご無沙汰を致しております。承りますれば、お店も日夜ご繁盛やそぉで……」訳のわからんことを言うております。
もう酔いも何も醒めてしもうて、駄菓子屋へ取って返します。お仕着せに着替えて店へ帰りますとそのまま頭が痛いと二階へあがりよった。
暇を出される前に逃げ出そうか、温情を期待しようかと悩んだ末に疲れて寝てしまいよった。
翌朝、親旦那は次兵衛を呼び出します。
「こんた、一家の主を旦那と言ぅのは、どぉいぅとっから来たか知ってなはるか? 知らん。そぉじゃろなぁ。この歳になるわしが今まで知らなんだんじゃ。こら、寺方の方から来た言葉じゃそぉななぁ。こないだわしゃ聞ぃてきたんじゃが。天竺。天竺も五天竺あるそぉなが、そん中の南天竺といぅところに赤栴檀といぅ見事な木があるんじゃてなぁ、見る人誉めざるなしといぅ木。ところがその根元に難莚草といぅ見苦しぃ雑草がはびこるのじゃて。赤栴檀は結構じゃが、この難莚草がどぉも具合が悪いっちゅうて、そいつをむしり取ってしまうと、この赤栴檀が枯れるのじゃて。つまり、この下で難莚草といぅ雑草がほこえては枯れ、はびこっては枯れするのが、赤栴檀にとってまたとないえぇ肥やしになる。また、赤栴檀の下ろす露が、難莚草にとってはこの上ないといぅえぇ肥やしになるんじゃそぉな。そこで赤栴檀がさかえりゃ、下の難莚草もほこえる。難莚草がほこえて枯れることによって赤栴檀はますます育つ。寺方と檀家といぅものはこれでなかったらいかんといぅので、赤栴檀の“だん”と難莚草の“なん”とを取って、在家の人のことを「だんな」といぅものはこっから出たんじゃそうな。まぁ年寄りの耳学問じゃ、違ごてても笑ろぉてくださるな。じゃがな、わしゃ、えぇ話やと思たで。世の中はこれやなかったらいかん。まぁこの家でいぅたら、さしずめわしが赤栴檀じゃろ。この頼んない赤栴檀、こんたといぅえぇ難莚草が居てくれるお陰で、えらほこえにほこえさしてもろてます。が、店へ出たら、今度は番頭どん、お前さんが赤栴檀、店の若い連中が難莚草じゃ。店の赤栴檀はえらい馬力じゃが、店の難莚草がちょっとグンニャリしてへんかなぁ? いやまぁ、これはわしの見損ないじゃろぉがな……。もしもやで、店の難莚草が枯れるてなことがあったら、店の赤栴檀のこんたが枯れる。こなたといぅ難莚草に枯れられたら、この赤栴檀ひとたまりもないわい。我が身可愛さに言うんじゃが、店の難莚草にも露を下ろしてやってくだされ。わたしもできるだけ露を下ろそぉと思ぉてます。」
そして、店の金には手をつけず、自分の甲斐性で稼いでつこうていることを誉めてやり、最後に、きのうの妙な挨拶の次第を問います。
「長いこと会わんよぉなことを言ぅたが、あら酔ぉてたんじゃな?」
「いぃえ。けど、あの場合、あぁ申し上げるより、しょがございまへなんだ」
「何でじゃいな?」
「えらいとこ見られた、こらもぉ百年目じゃと思いました」
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