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宇宙島へ11「カウンターウェイトと遷移軌道」

もう一度アルツターノフの提案を見てみましょう。

重心を静止衛星軌道に固定するためには、反対側にも同じような構造物を伸ばす必要があるが、同様の構造では外側の方が長くなるため、先端に重い構造物である宇宙ステーションを設けて遠心力を増して、全体の長さを60000kmに抑える。

外側の先端宇宙ステーションの速度を利用して、何のエネルギーも使わずに太陽系内の惑星に宇宙船を送り出せること。

ここから、テザーを短くすることと、宇宙エレベーターの回転を速度を利用して宇宙船を送り出すための長さを確保するという折り合いによる全長60000kmが導かれたということを前回述べました。

今回はその根拠を探っていきます。

「宇宙エレベーター」の回転を地球を中心にして考えてみると、地球の周囲を円運動する物体の速さは、

回転速度

となります。いま、「宇宙エレベーター」は24時間(23時間56分4秒)で一周しているので、その速度は、およそ、

回転速度簡易

で計算できることになります。この速さと地球からの脱出速度、つまり「第2宇宙速度」が同じになる地点より外側であれば、そこにある「宇宙ステーション」の速度は「第2宇宙速度」を超えます。その「宇宙ステーション」に宇宙船が係留されているということは、宇宙船も「宇宙ステーション」と同じ速度で運動しているということですから、そこから切り離された宇宙船は、「第2宇宙速度」を持っており、何の燃料を消費することもなく、地球の引力を脱して飛んでいくことになります。
つまり、円運動をする物体の速度=第2宇宙速度ですから、式は以下のようになります。

第二宇宙速度から計算

これを変形して、rについて解くと、

半径の計算

となります。r=53000kmとなり、ここから赤道半径を引くと、地表からの高度は約4万7000kmとなります。
ここを「地球脱出臨界高度」といいます。

地球脱出速度

よって、宇宙エレベーターの回転を利用して宇宙船を他の天体に送ろうとする場合、少なくとも、ここよりも外側に「宇宙ステーション」を設置すればいいということになります。
では、太陽の引力を脱することはできるでしょうか。つまり宇宙エレベーターの回転だけで「第3宇宙速度」を出すことはできるでしょうか。

宇宙エレベーターの先端でどのくらいの速度が出ているかを計算してみましょう。

さきほど地球の周囲を円運動する物体の速さは、

回転速度簡易

で計算できることを示しましたから、これを使って計算すると、v=1.1×10の4乗km/s、つまり秒速11kmとなります。
ある主天体からの脱出速度は軌道上の天体の公転速度から以下のように求めることができました。

公転速度脱出速度

一方、第3宇宙速度と地球の公転速度は以下の式で求めることができました。

第三宇宙速度と好転

このことから、地球軌道上での太陽からの脱出速度は、以下の式で求めることができます。

太陽圏脱出

ただ、ここで求めたいのは宇宙エレベーターの先端からの脱出速度です。
宇宙エレベーターのある高度Hから出発した質量mの物質が、地球の引力を脱しても地球の公転軌道である速さで動いているためには、力学的エネルギー保存の式において、

投げ出す速度

となっている必要があります(μは何度もできていている地心重力定数です)。これをvについて解くと、

速度womotomerushiki

となります。この場合は物体の運動速度から地球の公転速度を差し引いた速さVeが先ほどの1.2×104m/sですから、これを求めると、地表で計算したのとほぼ同じ約1.2×10の4乗m/sとなります。残念ながら宇宙エレベーターの先端の速度は脱出速度に微妙にたりません。

では、全長60000kmというアルツターノフの構想の根拠はなんだったのかというと、太陽系内の他の惑星に向かうための速度を得ることと、テザーを短くすることと折り合いです。

これを考えるには他の惑星に到達する際の動きを考える必要があります。
実際に他の惑星の軌道に到達しようとすると、地球の軌道(青色の円)と他の惑星の軌道(赤色の線)を結ぶ楕円軌道(緑色の線。これを遷移軌道といいます)に乗りかえる必要があります。

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その際に地球脱出速度以上の速度が必要になります。そして、その遷移軌道から、加速して目標とする惑星の軌道に乗りかえます。これを「ホーマン軌道移行」といいます。
このホーマン軌道移行の際にはどちらも加速が必要になりますが、一回目の加速は宇宙エレーターによる速度で確保することができます(二回目は宇宙船が推進剤を噴射して加速する必要があります)。

天体1の公転軌道から天体2の公転軌道に移行するための遷移軌道に乗るため増速は、

遷移軌道の増速

ちなみに、遷移軌道から天体2の公転軌道に乗るための増速は、

軌道2への遷移

で求めることができます。火星の場合は2.7km/sとなります。

火星へのホーマン軌道に移行するためには3.0km/sの増速が必要ですから、先ほどの、

速度womotomerushiki

において、veが先ほどの増速分の3.0km/sです。

一方、投げ出す速度、つまり宇宙エレベーターのある地点Hの接線方向の速度vは次のように求めることができます。

等式

各値を上の式に代入してHについて解くと、これは3次方程式の解になるので途中の式は割愛しますが、高度57000kmほどになります。このときの打ち出し速度は約4.6km/sです。アルツターノフやその他の構想における全長60000kmという数字は少なくとも火星への遷移軌道には増速なしで乗せられること前提として考えられているのです。

ちなみに、三次方程式の解の公式は、以下のようになる。

三次方程式の解

【参考】
・石原藤夫・金子隆一(2009)「軌道エレベーター 宇宙へ架ける橋」早川NF文庫
・佐藤実(2016)「宇宙エレベーター その実現性を探る」祥伝社新書
・石川憲二(2010)「宇宙エレベーター−宇宙旅行を可能にする新技術」オーム社
・B・C・エドワーズ、F・レーガン、関根光宏(2013)「宇宙旅行はエレベーターで」オーム社
・佐藤実 (2011)「宇宙エレベーターの物理学」オーム社
・青木義男(2012)「宇宙エレベーター 人類最大の建造物」季刊大林53,p26-29
・大林組プロジェクトチーム(2012)「『宇宙エレベーター』建築構想 地球と宇宙をつなぐ10万キロメートルのタワー」季刊大林53,p30-59
・石川洋二(2012)「2050年宇宙エレベーターの旅」季刊大林53,p60-61
・P.K.Aravind(2006)The physics of the space elevator. American Journal of Physics75(2)

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