宇宙島へ10「宇宙エレベーターに働く力」
「第1宇宙速度」と静止衛星軌道について学んだところで、赤道上の地表よりも高度36000kmの静止衛星軌道の方が「第1宇宙速度」が遅い、つまり軌道が低い方が速度が速いということを計算しました。
一応確認しておきましょう。静止衛星軌道上の第1宇宙速度は、地球の重心からの距離約4万2300kmを用いて、
秒速約3.1kmでした。一方、赤道上の地表での「第1宇宙速度」は、地球の赤道半径が約6378kmなので、およそ秒速7.9kmでした。地表の方が2倍以上も速いことになります。
では、宇宙エレベーターように、静止衛星軌道上から地上にテザーを伸ばした場合、軌道が下がるにしたがって速度が増して、倒壊してしまうのではないでしょうか?
しかし、地球に対して静止している衛星からテザーが伸びている状態というのは、簡単に言えば、おもりのついた紐を振り回しているのを想像してもらえればいいのです。
ここでは紐をひっぱる手の力とおもりを外に放り出そうとする遠心力が働いて、紐はつねにぴんと張っています。宇宙エレベーターもこれと同じで、働いている力は地球の引力と遠心力だけということができます(実際には太陽や月の影響もありますがここでは一旦話を簡単にするために省きます)。
地表での第1宇宙速度は、ある物体が地球を回る円軌道に高度0に乗るための速度です。しかし宇宙エレベーターは高度0を回っているわけではありません。その実態は静止衛星軌道を回る、とてつもなく縦に長い人工衛星なのです。
ですから、「宇宙エレベーター」に働く力は
地球による引力、
と回転による遠心力、
だけです。
なおこの式からは引力が「宇宙エレベーター」の質量に比例し、距離の2乗に反比例することが分かります(一般化すれば物体の質量に比例し、距離の2乗に反比例する)。
一方、回転による遠心力は、「宇宙エレベーター」の質量と距離に比例し、角速度の2乗に比例します。
「宇宙エレベーター」には常に、この互いに正反対側に引っ張る力が働いています。そのため、「宇宙エレベーター」は常に地球の中心からまっすぐに立っていることになります。
静止衛星軌道よりも内側では引力の方が大きいので地球側に、静止衛星軌道より外側では遠心力の方が大きいので地球とは反対の鉛直方向に引っ張られることになります。この力を「潮汐力」と言います。
静止衛星軌道上の宇宙ステーションで、重心からの距離r=4.23×10の7乗、角速度を2πr/24時間として引力と遠心力を計算してみます。
すると、そもそも数値が近似した値を使っての計算なので完全に一致はしませんが、静止衛星軌道上のステーションの質量m対して、0.22×mNの重力と遠心力がかかっています。
向きが反対ですから、互いに打ち消し合って0となり、無重量状態になります。なお、この0.22×mNは、加速度とと同じです。
もし高度を36000kmから半分の18000kmのところまで下がってみるとどうなるでしょうか。地球の中心からの距離は24300kmです。地球に近づくため、質量mに対して引力が約0.68×mNと大きくなるのに対して、遠心力は0.13×mNと小さくなります。このため、この高度ではテザーは潮汐力0.55×mNの力で地球側に引っ張られることになります。
では反対に静止衛星軌道から18000km外側に出てみるとどうなるでしょうか。遠心力0.32×mNに対して引力は0.11×mNとなり、潮汐力0.21×mNの力で外側で引っ張られることになります。
ということは、もし宇宙エレベーターのテザーが切れたり、クライマーから外に放り出されたら、静止衛星軌道から内側なら地球に落ち、外側なら軌道外に飛んでいくということになります。
そのことからも導かれますが、宇宙エレベーター建設において最も注意が必要なのが、静止衛星軌道の内側と外側でバランスをとってテザーを伸ばすということです。もし内側だけにテザーを伸ばすと衛星全体に作用する地球の引力の均衡点(衛星全体にかかる力の中心点)が下がってしまいます。つまり軌道が下がったのと同じになって、速度を上げなければいけなくなりますが、そうすると今度は静止衛星ではなくなってしまうという問題が生じます。そこで、均衡点が動かないように、外側にも同時にテザーを伸ばす必要があるのです。
しかし、先ほどの引力の式や潮汐力計算からも分かるように、引力が距離の2乗に反比例して引力は弱くなり、遠心力は引力ほどは大きくならないので、外に行けば行くほど外側へ向かって働く力は小さくなり、その分テザーを長くしないといけないことになります。つまり同じだけ伸ばせばいいというわけではないのです。
となります。これは地球の重心からの距離ですから、地表から先端までの長さは地球の半径を引くことで求められます。すると約14万3000kmとなります。静止衛星軌道までが約3万6000kmですから、外側のテザーは内側のテザーの3倍近い長さが必要だとわかります。
しかしそれではあまりにも無駄が多いと言えます。そこでアルツターノフの提案を思い返してみてください。
重心を静止衛星軌道に固定するためには、反対側にも同じような構造物を伸ばす必要があるが、同様の構造では外側の方が長くなるため、先端に重い構造物である宇宙ステーションを設けて遠心力を増して、全体の長さを60000kmに抑える。
そうです。「錘」を先端につけることで、外側の長さをぐっと短く押さえて24000km程度にしようというのでした。
現在の宇宙エレベーター構想の多くも、これを同様のものになっています。しかし、「錘」をつけて短くできるなら、何kmでもいいはずです。
一体どうしてアルツターノフは全長60000kmとしたのでしょうか。
ここで、アルツターノフのもう1つの提言
外側の先端宇宙ステーションの速度を利用して、何のエネルギーも使わずに太陽系内の惑星に宇宙船を送り出せること。
がかぎになります。
「宇宙エレベーター」はおもりのついた紐を振り回すのと同じようなものだという説明をしました。このおもりを何かにぶつけたら、ぶつけられたものは飛んでいきますよね。
せっかく巨大な構造物である「宇宙エレベーター」を建設するのですから、その持っている力を使わない手はありません。
しかも棒を回転させる様子をみれば分かるように、同じ一回転でも、内側より外側の方が速度自体は速くなっています。
つまり長ければ長いほど、宇宙船を速く打ち出せる、しかしテザーが無駄に長くなってしまいます。
その折り合いで出てきた数字が全長60000kmなのです。
次回はその根拠を考えてみたいと思います。
【参考】
・石原藤夫・金子隆一(2009)「軌道エレベーター 宇宙へ架ける橋」早川NF文庫
・佐藤実(2016)「宇宙エレベーター その実現性を探る」祥伝社新書
・石川憲二(2010)「宇宙エレベーター−宇宙旅行を可能にする新技術」オーム社
・B・C・エドワーズ、F・レーガン、関根光宏(2013)「宇宙旅行はエレベーターで」オーム社
・佐藤実 (2011)「宇宙エレベーターの物理学」オーム社
・青木義男(2012)「宇宙エレベーター 人類最大の建造物」季刊大林53,p26-29
・大林組プロジェクトチーム(2012)「『宇宙エレベーター』建築構想 地球と宇宙をつなぐ10万キロメートルのタワー」季刊大林53,p30-59
・石川洋二(2012)「2050年宇宙エレベーターの旅」季刊大林53,p60-61
・小泉宏之(2018)「宇宙はどこまで行けるか ロケットエンジンの実力と未来」中公新書
・ロバート・L・フォワード、山高昭(1985)「ロシュワールド」ハヤカワ文庫SF
・ユーリ・アルツタノフ、袋一平(1961)「電車で宇宙へ」SFマガジン2(2)(1961年2月号),p121-123
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