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2.機械の中の幽霊(1)

2-1.日本SFにおけるサイボーグ~『009』から『攻殻機動隊』へ~

2-1-1.日本サイボーグSFの黎明

少し時間をさかのぼって、日本におけるサイボーグの受容を眺めてみよう。
クラインとクラインズの「サイボーグと宇宙」が刊行された翌年である1962年には、日下実男『地球物語 : 地球の生成から消滅まで』(早川書房)において、早くも「宇宙人間サイボーグ」と題して、その内容が簡単に紹介されている。

その年には光瀬龍が《宇宙年代記》シリーズを書き綴り始め、「スーラ2291」(1962年)や「氷霧2015年」(1963年)などに再三にわたってサイボーグを登場させた。

そして、翌1963年には、平井和正原作のマンガ『8マン』(作画は桑田次郎)とそのTVアニメ版『エイトマン』がスタートした。

主人公の8マン(エイトマン)はNASAが開発したスーパー・ロボットであるが、死亡した刑事・東八郎の記憶が移植されており、マンガでは「サイボーグ」としてあつかわれている。また作中には、8マンの生みの親である谷博士の息子ケンが、8マンと同等の能力を持ったボディに脳を移植した真性のサイボーグとして登場している(8マンの後に開発されたので、ナンバーは奇しくも009である)。平井は後に同作のリメイクとして、死亡した黒人警官がサイボーグとして蘇る『サイボーグ・ブルース』を1968年から1969年にかけて『S-Fマガジン』に連載し、1967年には「サイボーグお鷹」を発表している。1968年には石森章太郎(後、石ノ森章太郎)と合作で超能力者と宇宙の破壊者・幻魔との戦いを描いた『幻魔大戦』を発表、作中に主要キャラクターとしてサイボーグ戦士・ベガを登場させている。サイボーグという存在に強いこだわりを持った作家の一人と言えるだろう。
当時はまだ、「サイボーグ」という語は一般的ではなく、平井と脚本家でSF作家の豊田有恒がTVアニメ版『エイトマン』の会議で、敵となるサイボーグを登場させるかどうかで喧嘩になった際、そばにいたスタッフが「細胞具」とメモしているのを見て、可笑しくなって喧嘩をやめたというエピソードがあるほどだった。

しかし、この状況はすぐに一転する。
1964年、海外旅行時に『LIFE』誌でのサイボーグ特集を眼にした石森章太郎が、帰国後に講談社の『少年マガジン』誌上において、『サイボーグ009』の連載を開始したのである。

これ以降、日本のサイボーグSFの上に石ノ森は大きな足跡を残し続けていく。

死の商人である秘密結社ブラックゴーストによって改造され、彼らを裏切り、自らの怪物性に悩みながら戦う009こと島村ジョーを始めとする9人のサイボーグを描いた同作は人気を集めた。なお、石ノ森はSFについても詳しく、しばしば先行作品へのオマージュを織り込んでおり、『サイボーグ009』においても、いくつか見ることができる。009の加速装置のスイッチが奥歯に仕込まれているのは、サイボーグSFの名作であるベスターの『虎よ、虎よ!』からの引用であり、「地底帝国ヨミ編」のラストで、002と009が大気圏に突入して燃える様子を、地上から夜空を眺める姉弟が流れ星だと思って平和を願うシーンは、レイ・ブラッドベリ「万華鏡」(『刺青の男』所収)のオマージュである。

1966年に『サイボーグ009』、翌年に『サイボーグ009怪獣戦争』と劇場版アニメ2本が相次いで公開、1968年からは満を持してTVアニメが放送された。

同作の爆発的なヒットによって「サイボーグ」という語は一気に一般化した。また、「009」は日本ではまさに「サイボーグ」の代名詞的存在となり、石ノ森自身による漫画も休止期間を挟んで1992年まで続き、再三にわたって映像化もされた。作品群は以下の通り。

・1979~1980年:『サイボーグ009』(第二期TVアニメ)
・1980年:『サイボーグ009超銀河伝説』(劇場版)
・2001~2002年:『サイボーグ009 THE CYBORG SOLDIER』(第四期TVアニメ)
※石ノ森の絵柄をアニメで再現した点で今日でも評価が高い。また、未完のプロット「Conclusion God's War」(石ノ森の長男である小野寺丈が後に小説化した)の序章を映像化したことで話題となった。
・2010年:『009』(『CEATEC JAPAN 2010』(10月5~9日)パナソニックブースで上映の短編3Dアニメ)
・2012年:『009 RE:CYBORG』(劇場版)
※2010年の『009』がパイロット・フィルム扱いで、元々は押井守が脚本・監督を担当するはずであったが降板。神山健治が引き継いだ。
・2015年:『サイボーグ009VSデビルマン』(OVA)
※石ノ森の弟子に当たる永井豪の代表作『デビルマン』とのコラボレーション。
・2016年:『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』(劇場版全三章)
※2017年に再編集版全12話がNetflixで配信。

一方、石ノ森は1971年に『サイボーグ009』と共通する基本コンセプトを持った特撮番組『仮面ライダー』の原作を担当、自ら漫画版を執筆した。悪の秘密結社ショッカーによって改造され、彼らを裏切って正義のために闘う仮面ライダーのTVシリーズは「変身ブーム」を巻き起こした。《仮面ライダー》シリーズは「悪の秘密結社と戦う改造人間」というコンセプトを引き継いで、休止期間を挟みながら、
・『仮面ライダー』:1971-1973年
・『仮面ライダーV3』:1973-1974年
・『仮面ライダーX』:1974年
・『仮面ライダーアマゾン』:1974-1975年
・『仮面ライダーストロンガー』:1975年
・『仮面ライダー(スカイライダー)』:1979-1980年
・『仮面ライダースーパー1』:1980-1981年
8作品と、雑誌連載の『仮面ライダーZX』(1982-1983年)まで続いた。その後『仮面ライダーBLACK』(1987-1988年)『仮面ライダーBLACK RX』(1988-1989年)を経て、2000年から現在まで続いている《平成ライダー》シリーズへとつながっていく。しかし、2001年の『仮面ライダーアギト』で、警視庁の装備として「対未確認生命体戦闘用特殊強化服(パワードスーツ)」である仮面ライダーG3が登場したのをきっかけに、続く『仮面ライダー龍騎』以降の仮面ライダーの大半は、生身の人間が外的手段で「変身」して能力を強化するタイプになっていく。

石ノ森は更に、1967年から『サイボーグ009』のアダルト版とも言える『009ノ1(ゼロゼロナイン・ワン。通称ゼロゼロクノイチ)』を連載、1970年まで続いた。また《スーパー戦隊シリーズ》第2作『ジャッカー電撃隊』(1977年)の原作も担当し、ここでもサイボーグを主人公としているが、これは《スーパー戦隊シリーズ》の長い歴史の中で、唯一正義の側が人体改造を行った例である。同年にはは、石ノ森原作のTVアニメ『氷河戦士ガイスラッガー』が放送、「サイボーグ009」のリメイク的要素を含んだ作品であったが、視聴率は伸び悩んだ。

このように日本のSF史におけるサイボーグの需要と一般化において石ノ森の果たした役割はきわめて大きいと言える。

さて、TVアニメ『8マン』終了後の1965年には、宇宙船の事故で漂流しているところをソラン星人に救助され、サイボーグとなった少年を主人公とした『宇宙少年ソラン』が放送され、1967年まで続いた。

1966年には福島正実のSF小説「サイボーグの恋」が中学生以上を対象とした総合誌『ボーイズライフ』昭和41年3月号に掲載されている。「サイボーグ009」以降急速に若年層に言葉が浸透していたことが伺える。

1970年からは、左脳を情報処理装置に置き換え、ネットワークを経由して〈情報省〉に集積された情報にアクセスできる能力を持った情報管理官たち描いた、堀晃のSF小説《情報サイボーグ》シリーズが始まった。後の「サイバーパンクSF」で描写されるネットに接続されたサイボーグのさきがけと言えるだろう。

なお、1960年代半ばから1970年代初頭にかけては、《キャプテン・フューチャー》シリーズ、《ジェイムスン教授》シリーズ、そしてバナールの『宇宙・肉体・悪魔』が翻訳されている。
そして1972年には、「サイボーグ」を浸透させるもう一つのヒットアイテムが誕生した。タカラの玩具「変身サイボーグ」シリーズである。1971年からタカラが米ハズブロ社と提携して販売していた《ニューG.I.ジョー》シリーズに、当時の人気特撮ヒーローの衣装を加えた「正義の味方シリーズ」と称されるバリエーションを追加、更に、手足の着脱や武装の追加など、より変身に重点をおいて展開された新ブランドであった。

そして、アメリカにやや遅れて、『600万ドルの男』『地上最強の美女バイオニック・ジェミー』もTV放送され、人気となった。

1977年には、松本零士のマンガ『銀河鉄道999』が連載開始、翌年にはTVアニメが放送された。主人公が機械の体が手に入る星を目指して、謎の美女メーテルとともに旅をするストーリーで、機械の体に記憶を移植した機械化人が様々なバリエーションで登場した。松本は1974年から1975年まで連載したマンガ版『宇宙戦艦ヤマト』でも、主人公・古代進の行方不明の兄・守がサイボーグ化したと考えられるキャラクター「宇宙海賊ハーロック」を登場させている。

こうしたマンガやアニメ、おもちゃのヒット、更には光瀬、平井、堀、石ノ森らが「サイボーグ」をテーマに作品を書き続けた結果、サイバーパンク・ムーブメントに先駆けて1970年代には「サイボーグ」はSFのメインストリームのひとつとなっていた。この点が英米SFと日本SFとの大きな違いである。

2-1-2.サイバーパンクと「攻殻機動隊」

そして、1980年代半ばにサイバーパンク・ムーブメントが日本にも押し寄せ、1989年に士郎正宗『攻殻機動隊』の連載が始まった。

その頃には、OVAで『エンゼルコップ』(1989-1994年)、TVアニメで『超音戦士ボーグマン』(1988年)、『機甲警察メタルジャック』(1991年)など、サイボーグが主人公のアニメが集中していた。もちろんこれは全くの偶然なのだが、サイバーパンク・ムーブメントの影響下において、SFのメインテーマの一つとしてサイボーグが再び注目を集めた証左と言えるだろう。

そして、サイバーパンク的世界観を日本に根付かせたのが前出の士郎の『攻殻機動隊』とそのアニメ化作品群である。

『攻殻機動隊』を原作を中心に簡単に紹介すると以下のようになるだろう。
特殊部隊に属する全身義体のサイボーグ草薙素子は、ある事件に介入したことで公安の荒巻という人物と接触、自身が理想とする組織を内閣総理大臣直属の「公安9課」として設立する。サブリーダー的なバトー、情報収集のエキスパートであるイシカワ、情報戦と爆弾処理の専門家であるボーマ、スナイパーのサイトー、警察上がりのトグサなど、癖のあるメンバーぞろいである。

違法性の疑いのある洗脳施設や、違法ゴーストダビングで製造されたガイノイド(女性型ロボット)が引き起こした殺人事件などを捜査していく中で、複数の義体を乗っ取って操る電脳犯罪者「人形使い」の事件が発生、それはやがて素子自身の存在をも揺るがす事件へとつながっていく。

『攻殻機動隊』は、『ヤングマガジン海賊版』1989年5月号から連載開始、1991年に『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』、2001年に『攻殻機動隊2 MANMACHINE INTERFACE』、2008年に『攻殻機動隊1.5 HUMAN-ERROR PROCESSER』の書籍版が発売された。

作品中では西暦2029年から物語が始まっているが、20世紀末の第3次世界大戦、21世紀初頭の第4次世界大戦(非核大戦)を経た未来が舞台で、この第4次大戦中にマイクロマシン技術による電脳化技術、義手・義足にロボット技術を発展させたサイボーグ(義体化)技術が発展、普及したという設定になっている。また舞台である日本は一種の企業集合体となっている。

時系列としては同じ作者の『アップルシード』と同じ世界に属しており、『アップルシード』は第5次大戦後の2127年が舞台となっており、同作中に登場する「ポセイドン」は日本という国家そのものが企業化した姿(『攻殻機動隊』に登場する「ポセイドン・インダストリアル」がその中核企業)と設定されている。

1980年代後半からの日本におけるサイバーパンクSFの一つの到達点とされる。

1995年には押井守監督の劇場アニメ『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』が公開、海外でも高い評価を受けた。

ウォシャウスキー兄弟(現・ウォシャウスキー姉妹)は『マトリックス』(1999年)の企画を持ち込んだ際に、プロデューサーにこの『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』を見せて、これを実写でやりたいと語ったといわれ、ビジュアル面で大きな影響を与えている。押井守監督は続編『イノセンス』を2004年に手がけ、独自の《攻殻機動隊》の世界観を作り上げた。

それに先立つ2002年には、神山健治監督のTVシリーズ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』が《第3の攻殻》としてスタート。2004年の続編『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』、2006年のOVA『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』とシリーズを重ねていった。なお、同シリーズは同じ神山監督作品である『東のエデン』と世界観を共有しており、『東のエデン』中の旅客機撃墜事件の生存者2名が、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の草薙素子とクゼ・ヒデオであり、事故による怪我のために義体化を余儀なくされた、というつながりになっている。

2013年には黄瀬和哉監督による《第4の攻殻》、4部構成の劇場版『攻殻機動隊 ARISE』が公開、2015年にはシリーズ構成を務めた作家の冲方丁による初期案に基づいて再編集し、新作エピソードを追加したTVシリーズ『攻殻機動隊ARISE ALTERNATIVE ARCHITECTURE』が放送され、その後、完結編となる『攻殻機動隊 新劇場版』が公開された。この《ARISE》の草薙素子は、妊娠中の母親が事故に遭い、胎児の状態で義体化技術によって助けられたため、生まれつき肉体を持ったことがないという、もっとも過酷な設定になっている。

2017年にはルパート・サンダース監督による実写映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』が公開、主人公である草薙素子を白人女性であるスカーレット・ヨハンソンが演じることで物議をかもした。(作中でヨハンソンが演じているのは、日本人の草薙素子(山本花織が演じている)が記憶も身体も奪われて作られたサイボーグ「ミラ・キリアン少佐」であり、一応筋は通っている)。本作は士郎正宗原作の映画化ではなく、押井監督の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』やTVシリーズ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』シリーズのリメイクと言え、吹き替えにもアニメと同じ声優が起用されている。

2020年には、『攻殻機動隊 STANDALONE COMPLEX』シリーズの神山健治監督、同じく士郎正宗原作の『APPLESEED』シリーズの荒牧伸志監督が共同で手がける、フル3DCGアニメーション『攻殻機動隊 SAC_2045』がNetflixで配信となる。

2-1-3.「義体」という概念

《攻殻機動隊》シリーズ、及び関連作品(「RD潜脳調査室」「紅殻のパンドラ」など)では、サイボーグの身体は「義体」と呼称されている。これは義手や義足の延長線上の技術として位置づけられているためであるが、この呼称によって独自の世界観を構築することに成功していると言える(ただし、士郎正宗が1985年に発表し、世界観を共有する『アップルシード』の時点では「義体」という呼称は存在していない)。

基本的には本人の容姿に近い姿をしたものを用いるはず(「紅殻のパンドラ」にはそのような描写がある)ではあるが、作中に素子の義体が市販品に手を加えたものとあり、押井守の劇場版で街のカフェに素子そっくりの女性が座っているシーンがあるように、実際には元の身体との類似性は問われていない。つまり外見上の制約はない。バトーとボーマは眼を光学センサーの形状にしている。また、男性が女性型の義体を用いる例や、そもそも人の形をしていない義体を使用する例もある。素子も1巻のラストで、緊急避難的に男性型義体を使用している(用意したバトーは女性型義体だと思っていた。押井守監督の映画版では女児型義体、通称「コドモトコ」に変更されている)。

また、基本的にはアンドロイドやガイノイドなどのヒューマノイドも義体と同じ技術の産物であり、脳がないだけで、これらは「ゴーストのないお人形」とも呼ばれている。殺人事件を起こしたガイノイドのほか、同じ容姿で登場する連絡要員やオペレーターもガイノイドである。作中で「人形遣い」が逃げ込んだメガテクボディ社のボディはロボットと称されているようにガイノイドのものであった(押井守監督の映画版では、脳殻が空っぽの義体とされている)。

全身義体の場合、金属製の骨格に内分泌系や循環器系の器官、人工筋肉、電子化された神経が配置されて内部構造を形作っており、脳と脊椎神経を収めた金属ケースが接続される。表面は軟組織で、特に顔面や指、舌などはバイオ系の素材で作られており、ナノマシンが光繊維状の経路を神経ネットと接続して、触覚神経を構築する(作中では素子の友人の形成過程が描かれており、これが映画版オープニングの素子の形成シーンの元になっている)。
素子たちの義体は常人よりも高い運動能力を有しているように描写されているが、超人的な能力は有していない。むしろ、攻殻機動隊において特徴的なのは、電脳化によるネットワークとの接合による通信や情報探索、それから他者の記憶・身体への侵入(これはウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』では「疑験(simstim)」と呼ばれている)。ほぼ生身のトグサも若干は電脳化をしているらしく、素子たちと情報の交換などは可能なようである。これはいってみれば、脳の一部サイボーグ化に相当する。

『攻殻機動隊』においては、人間とサイボーグの差異、サイボーグの人間性の悩みは、意外と大きくない。恋愛描写もあるし、酒を飲むシーンもある(TVシリーズではサイボーグ用フードを食べるシーンもある)。

そこには、『マン・プラス』や『サイボーグ・ブルース』『サイボーグ009』など、それまでのサイボーグもので描かれた、異形性やそれに伴う非人間性、簡単に言えば「怪物としてのサイボーグ」に悩む姿は見受けられない。

それは、『攻殻機動隊』の世界では、電脳化が一般化し、義体化も珍しくないということが大きな要因として挙げられる。つまり、サイボーグの持つ異形性・異能性は、人間ではないことの印とはなりえないのである。そもそも、士郎正宗は先行する『アップルシード』において、異形のサイボーグたちを描いているが、彼らも「怪物性」に悩んではいなかった。それが普通の存在だからである。それに対して、たとえば、『サイボーグ009』では、サイボーグは主人公たち9人と、敵対する組織にしか存在しない特殊なものである。『マン・プラス』では主人公は2例目、『サイボーグ・ブルース』は最初の一人である。当然、主人公たちは自身の特殊性に悩むことになったわけである。

では、『攻殻機動隊』のサイボーグには、悩みはないのかといえば、そんなことはない。むしろ、より深刻なものとして現れている。それは、実は後で取り上げる「ヒューマノイド」「AI」と関連して登場するので、詳細はそちらで述べることとするが、「自分は人間か」という問いである。
完全義体化していればその身体はヒューマノイド・ロボットとなんら変わるところはないため、違いは脳かAIかである。しかし、現象面からはAIも人間も区別がつかないとしたら、自分が人間である根拠はなにか、記憶の書き換えですら可能な中で、自分が自分である根拠は何か、この重層的な問いが『攻殻機動隊』、殊に押井の劇場版では提示された。
『攻殻機動隊』が今日に至るまで作り続けられている理由のひとつが、この「人間と自分のゆらぎ」を扱っている点であるといっていいだろう。

(つづく)

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