見出し画像

宇宙島へ2「ロケット公式」

前回はペットボトルロケットの軌道を計算してみましたが、原理的にはH2Aなどのロケットも変わりません。

では、ロケットの問題点は何か?

それは、性能向上を考えた場合に露呈します。

端的に言って、大型化が難しいという点です。
どういうことかというと、大型化をすれば、全体重量が増え、それに伴ってロケット花火であれば火薬が、ペットボトルロケットであれば水と空気を増やさなくてはならなくなります。
すると、その分重量が増えるので、大型化したほどには打ち上げ性能は向上しない、ということになります。

つまり、増やした燃料を運ぶために燃料が消費されるわけです。

では、性能向上は何のために必要なのかというと、より遠くへ飛ばすためですが、そのためには、燃焼や噴射をより長く、そしてスピードをより速くする必要があります。

これは、現実のロケットでも同様です。

ロケット花火やペットボトルロケットと同じように、大型化すれば増えた燃料を運ぶために更に大型化しないといけないというジレンマは発生します。
では、その燃料はと言うと、液体燃料ロケットの場合、液体水素と液体酸素という燃料と酸化剤の組み合わせが用いられることが多く、固体燃料ロケットでは、ゴム系の燃焼剤に推進力を高めるためにアルミニウム粉末などが混合されることがあります。

現在のところ、最も効率のよい燃料である水素1gを酸素8gと反応させて燃焼させた場合に得られるエネルギーは約120kJに上ります。これはガソリンの3倍近い燃焼性能を誇っています。
それでは、その酸素+水素の燃焼によってどれだけの速度を得られるでしょうか。
運動エネルギーを求める式に以上の値を代入し、速さについて解けば求めることが可能です。
エネルギーをE、質量をm、速さをvとし、数値を代入すると、以下のようになります。

運動エネルギーからロケットの速さ

となり、秒速5.16kmとなります。
しかし、実際のロケットでは、ロケット自体の重さが掛かりますし、熱となって逃げてしまう分もあるので、この速度がそのまま出るわけではありません。しかし、それでも相当に速いことには変りありません。

それでも超えられない限界というものが存在します。

実際のロケット燃料の噴射速度はせいぜい秒速4km程度しかありませんが、高度300kmの地球周回軌道に人工衛星を載せるにしても打ち上げ時には秒速約8km、地球の重力を脱出する探査機などを打ち上げようとすれば秒速11.2kmの速度が必要となります。

つまり、ロケット燃料の噴射速度よりも、ロケット自体の速度を速くしなければいけない。

そんなことが可能なのでしょうか?

ここで、ロシアのロケット研究者で「宇宙開発の父」とも呼ばれるコンスタンチン・ツィオルコフスキー(1857-1935)がまとめた「ロケット公式(ツィオルコフスキーの公式)」というものが導入されます。

燃料満載時のロケットの質量(重さ)をM、燃料を使い切ったときのロケットの質量(重さ)をm、ロケット燃料の噴射速度をw、ロケットの速度をvとすると、

ロケット公式

となります。lnは自然対数の記号です。自然対数はネイピア数e=2.71828182845…を底とする対数で、log eと同じ意味となります。

ここから分かることは、当然ですが噴射速度を早くすればロケットは速くなるとうことです。しかし、その限界を突破しようというのです。

そこで、この式をよく見ると、燃料満載時の重量Mと燃料を使い終わった後の重量mの比(これを重量比といいます)が大きくなればなるほど、ロケット自体の速さは大きくなることが分かります。

つまり、最初の燃料が多く、燃料を使い終わった本体がごく軽い方が速くなる。

先ほどの式に、秒速4kmと秒速11.2kmを代入して、ロケット公式を重量比について解いてみます。

重量比を求める

ということで、約16.5になるので、燃料満載時がロケット本体のみの16.5倍、逆にすると、ロケット本体は全体の6%で、94%が燃料ということになります。

つまり、ロケットのほとんどが燃料ということになり、本当に打ち上げたいものの重さはごくごくわずかということになったしまいます。

そこで、現在では多くのロケットが、本体のロケットに補助ロケットブースターを装備し、さらに本体ロケットは多段式にして、燃料を使い終わった部分を順番に棄てることで、先ほど示した重量比を改善するようにしているのです。

JAXAのHⅡBロケットの概要によると、HⅡBロケットの重量構成は次のようのようになります。

H2B概要

もし、切り離しをまったく行わなければ、満載時の重量が547.2t、燃料が458.2tですから、ロケット本体は89tで、重量比は6.15にしかなりません。
しかし、固体ロケットブースター、第1段、第2段を順次切り離し、最終的に衛星やこうのとりを搭載した衛星フェアリングだけにすると最終重量は19.2tとなり、重量比は28.5になっています。

これで、先ほど求めた速度を得ることが可能になります。

ところが、ここにもう一つ大きな問題があります。
この大量の燃料も本体もブースターも、とにかくすべてが使い捨てだということです。ということは、衛星一個の打ち上げにはものすごいコストがかかります。一説には高度350kmの地球低軌道(LEO)まで1kgのペイロードを打ち上げるのに、100万円かかるともいわれています。

そこで、現在、小型衛星を小型ロケットで打ち上げるというビジネスモデルが登場したり、「ファルコン9」のような再利用ロケット(再利用されているのは、宇宙まで行かない第一段ロケットのみ)の開発が行われているのです。

しかし、コストはそうやって下げることができても、先ほどの速度と重さによる限界を突破することはできないので、現実的には、コストとの折り合いをつけた苦肉の策というところです。

「スペースシャトル」は再利用可能だったんじゃなかったっけ?と思う人もいるかもしれません。確かに「スペースシャトル」自体は再利用可能で、これでコストダウンになると考えたNASAは一時宇宙開発を「スペースシャトル」一本にしました。しかし、結論から言えば、「スペースシャトル」への一本化はまったくの誤算でした。

たかだか人工衛星を打ち上げるためだけに、「スペースシャトル」に人を乗せて静止衛星軌道まで送り届けないといけません。それにシャトル自体も、地上に帰還するたびに多大な費用をかけてメンテナンスをしなければ次回の打ち上げには使用できません。

結局、「スペースシャトル」も新型が開発されることなく引退しました。そのため、アメリカには現状有人飛行ができるロケットと宇宙船が存在しません。そのため、現在、国際宇宙ステーションへの有人飛行が可能なのは、ロシアのソユーズロケットだけということになっています。

また、燃料が環境に与える影響も無視できないものがあります。
HⅡBロケットのメインエンジンは液体酸素を酸化剤、液体水素を燃料としているので、

水素と酸素の反応

と基本的には水蒸気しか出ないことにはなりますが、大量の水蒸気は地球温暖化の原因になるとも言われています。

それに、水素を燃料とするHⅡBロケットも、補助ロケットブースターは固体燃料で、酸化剤に過塩素酸アンモニウム、燃料にHTPB(末端水酸基ポリブタジエン)、補助剤にアルミニウム粉末を用いています。
この酸化剤である過塩素酸アンモニウムは燃焼時に大量の塩化水素が発生します。塩化水素は、オゾン層を破壊するといわれます。
また中学校でも学習した内容ですが、塩化水素は水に溶けると塩酸になります。濃度にもよりますが、塩酸は金属もとかします。
そして、ロケットの打ち上げ時には、本体の冷却のために大量の水を噴霧していますので、強酸性の液体が周囲に降り注ぐことになります。

実際に、大型の固体燃料ロケットブースターを使用していたスペースシャトルの打ち上げでは、周囲の木の葉が変色したり、沼に魚がすめなくなったりしたといわれています。

液体燃料ロケットの中には、比較的安全な液体酸素と液体水素の組み合わせではなく、液体酸素を酸化剤、ケロシンを燃料としたものや、四酸化二窒素を酸化剤と、ヒドラジン類を燃料としたものなどがあり、これらは燃焼時に大量の汚染物質を発生させてしまいます。

ケロシンは灯油やジェット燃料にも用いられていますが、動物実験では発がん性が認められ、水生生物に対して有害であるとされています。

さらに、ヒドラジン類はそれ自体がかなり有害で、北朝鮮の弾道ミサイルにも使用されていると見られる非対称ジメチルヒドラジンは強い発がん性と腐食性を持っており、生物の肉体を溶かしてしまいます。

中国の長征ロケットもかつてはこの燃料を使用していました。
西昌衛星発射センターから1996年2月14日に打ち上げられた長征3Bの1号機は、打ち上げ直後に横向きに傾いて飛行して墜落、爆発炎上したとされています。中国政府は公式見解として、近くの山に墜落し、6人が死亡し、57人が負傷としています。
しかし、それとは異なる意見が世界中に広まっています。
実は、この打ち上げは、アメリカの電気通信事業者インテルサットの通信衛星「Intelsat708」の軌道投入を目的とするものだったため、現場に米国人技術者がいたのです。彼らの証言によると、ロケットは近くの集落に墜落し、爆発と非対称ジメチルヒドラジンのために村人数百人が死亡したとされています。アメリカのドキュメンタリー・チャンネル「ディスカバリー・チャンネル」でも取り上げられ、インテルサットのスタッフが盗撮した映像も放送されました。

しかし、中国で長征ロケットの打ち上げを行っている中国航天科技集団公司は事故から20年目に当たる2016年2月にも改めて声明を出し、この噂を否定しました。

西昌1

写真は、事故の1年半後の1997年8月当時の西昌衛星発射センター(見学区画)の様子です。中央奥に小さく見えるのが覆いをかけられた発射台で、おそらく1号発射台。更に奥に2号発射台があり、このときはフィリピンのAgila-2を搭載した長征3B2号機(1997年8月20日打ち上げ成功)が準備中でした。左手にある衛星フェアリングは、APSTAR-1Aのロゴが描かれています。

西昌2

別角度からの拡大したものがこれです。これは香港の通信衛星で、1996年7月3日に長征3の10号機で打ち上げられました。
つまり、これは長征3B1号機の事故後初の打ち上げ成功を記念していると思われます。

【参考】
・石原藤夫・金子隆一(2009)「軌道エレベーター 宇宙へ架ける橋」早川NF文庫
・小泉宏之(2018)「宇宙はどこまで行けるか ロケットエンジンの実力と未来」中公新書
・ironqqq「Long March Rocket Explodes - 長征火箭爆炸 长征火箭爆炸
・サーチナ(2016)「なぜ今ごろ?『1996年のロケット打ち上げ失敗、500人死亡』はデマと発表=中国」サーチナ2016年2月19日
・中国航天科技集団公司(2016)「人民网:中国航天科技集团公司回应长三乙火箭事故谣言」中国航天科技集団公司 2016年2月18日
・国連労働機関国際化学物質安全性カードデータベースNo.0663ケロシン


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?