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ゲルハルト・リヒター展で視界を溶かす
美術がわからなくても美術でトリップしたい。美術に限らず芸術はカレー・酒と並ぶ合法シャブなので、わかるわからないを超えてそれぞれの愉しみかたがあってよいのではと思う。わかるとよりかっこよいがまあ…
ゲルハルトリヒター見に行ったのですが美術はもとよりわからんので、(ここ数日ドライアイなのに)まばたきせずに凝視することで視界をバグらせるという個人的によくやる鑑賞方法で楽しんでました 明日やり方書きますたぶん pic.twitter.com/hvz9vBPiPj
— minoru matsui (@minoru_matsui) September 16, 2022
ここで説明する鑑賞法は異世界にトリップできるわりには非常に手軽だ。そのためけっして私がはじめて考案したものではなく、むしろたくさんの人がどこかで実践しているのではないかと思っているが、少なくともゲルハルト・リヒター展では同じようなことをしていそうな人はいなかったので、一応ここに書いておく。
WHAT:凝視すると起きる視界の乱れを利用して抽象画を鑑賞する
WHY:美術はわからなくとも抽象画はモノとして楽しめる
HOW:抽象画の一点を見つめる
おことわり
以下で説明する現象は誰でも起きるし起こせる生理的な現象だと思っているが、もしこれが私の目特有の振る舞いだとしたら成立しない。またこれを実践することで被るであろうドライアイの被害についても先におことわりしておく。また本鑑賞法は鑑賞マナー的にはあまり褒められたものではない。美術館では写生するなりメモをとるなり、コンサートでは寝るなりクラブでは音楽聴かずにナンパするなり酒を飲むなりいろいろな楽しみ方があっていいと個人的には思っている。この鑑賞法も作品に敬意をもって接し、自分なりにいちおう真剣に鑑賞しているので御海容いただきたいと思うが、少なくとも日本の美術館ではひとつの作品を注視しつづけるという慣習はあまり見受けられず、他の鑑賞者が寄ってきたら一歩譲っていくのが礼儀とされているように思うので、今のところ注意されたことはないがいつか怒られるかもしれない。また、こんな目の運動のような鑑賞法は鑑賞法の一種ではないというごもっともな点についても「見方」や「眺め方」だとよくわからないので鑑賞法という言葉で代用して説明している、くらいに理解していただければと思う。
点光源を脈動させる:夜景編
いきなり抽象画でやってもすぐにできるが、この方法でものをみることは抽象画でなくてももちろん可能だ。個人的には最も基礎にあたると思っており、最もかんたんに起こせる夜景から説明する。以下のようなステップを追っていく:
目を動かさずに眺める
瞬きせずに眺める
瞳孔の開閉を楽しむ
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部屋の電気を消してメガネなりコンタクトなり矯正具を外し、裸眼で暗めの夜景を眺める。全く暗い夜景だとよくわからないので、街灯や信号が少し遠くにあるくらいがよい。また光源は動きが少ないほうが望ましく、車通りは少なめだとやりやすい。
暗闇の一点を見る
近視眼者であれば点光源がボヤけるはずだ。その状態で光源の少ない暗闇の方面を見る。光源は見ないほうが気が散らず、また瞳孔も開くのでよいと思う。一点のみを睨むのではなく、見るともなくそのあたりをリラックスして眺めながらも、できるだけ目を動かさないようにする。
まばたきをなるべくしない
目を細めず、できるだけ大きく開けたほうがよい。目を細めると視界がはっきりしてしまい点光源のボヤけ具合が小さくなってしまうし、細部が見えるようになってしまうからだ。また大きく開けて夜風に吹かれていると目が乾き、痛くなってくる。瞬きせずに眺め続けられるようになりたいので、むしろ積極的に乾かすことによって涙が多めに流れるようにしたほうがやりやすいように思う。同様の理屈で、なるべくリラックスしたほうがやりやすい。虚空を見つめて哲学的な考えにでも耽るのがよい。瞬きをすると視界とこの効果がだいぶリセットされてしまう。そのうち意識しなくてもまばたきをしていないことに気づくことになる。測ったことはないので体感だが私の場合はここまでで2−3分はかかる場合もあるし、すぐにできる場合もある。
瞳孔が勝手に開閉する
瞬き回数が減るとそのうち(というかかなりすぐに)、暗さに慣れてきて目がバグり始める。おそらく瞳孔を開いて明るくすべきか、瞳孔を閉じて暗くすべきかを目が判断しかねる状態におかれるのではないかと思う。ふだん虚空を見つめることはないので、脳が「え、コイツなにしてんの?どうしたいの?」とコントロールできなくなっているのでは、などと憶測しているが、おそらく医学的に知られた現象だと思うのでどなたかに教えていただきたい。とにかく、目がフラッシュするというか、いきなり明るくなったり暗くなったりして、点光源のボヤけが大きくなったり小さくなったりする。また点光源が消えたり、点滅する点光源の消えているタイミングに点光源のかたちに虚空が生じたり、目の色温度設定がバグったり、視界の端の黄色と青が混じってたったこれだけのことなのだが、ふだんは自分のコントロール下にあるように思っている目が暴走するとかなりびっくりする。ブラックアウトに近いくらいまで暗くなったりもするので意識を失うのでは!?と勘違いしてしまい、ドキドキしたりする。
石を消す:碁盤編
別に囲碁でなくてもよいが、この現象に初めて気づいたのが高校時代、白黒の碁石の乗った碁盤を凝視していたときだったので、碁盤を例に説明する。
まず白黒の碁石を実際の対局(中盤くらいがよい。碁盤のグリッドがある程度みえたほうがおそらくよいので)くらいの密度に並べ、碁盤を見る。そして中央付近の黒石を凝視する。ひたすら黒石に意識を集中させていると、碁盤の強いグリッドパターンが優先され、Photoshopのコンテンツに応じた塗りつぶしのごとく白石が消える。脳みそでPhotoshopができるのだ!これは数秒しかもたない。少しするとまた白石が見え始める。ただ、一度「視え」てしまえば回復も早く、またすぐ白石が消せるようになるだろう。助けになるかわからないが、私はこれをするときに「ほんとうに色が視えているのは視界の中心部分にすぎず、周りは脳みそが補完している、だから凝視すればまわりに意識がいかなくなり、グリッドで適当に埋め始めるはずだ」と考え続けている。白石を凝視すれば黒石も消せるがより難しいし黒石ほど持続しない。メガネは外したほうがやりやすいかもしれない。
自分の顔を消す:鏡編(非推奨)
こちらはかなり怖いので精神的に余裕のあるときにやってみてほしい。とてもおもしろいのだがストレスがかなりかかる。10年くらい前に初めて試してみて、大笑いした以降はけっきょく一度もやりなおす気にならなかった。
日没前くらいの少し外から自然光が入るくらいの部屋で、電気をなるべく消して大きい姿見の前に立つ。別に座ってもよいと思うが…。そして自分の顔を凝視する。目ではなく顔を単位として見たほうがよい(目はふたつあるので気が散る。顔はひとつだけなので凝視しやすい)。この時点で相当ホラーな絵面だが、「自分が写っている」「人が写っている」「顔が写っている」と思わず、「光が色々なものに反射して最終的に目に飛び込んできている」というくらいに客観視する。10分も凝視していれば横から当たる自然光によってグローバルイルミネーションされた顔の輪郭が溶けてくる。そのうち人というよりもムラのある影になる。自分が写っているはずなのに自分とは思えない像が目の前の鏡に出現し、溶けた人影が無数の表情と無表情をこちらにむける。ご自宅で暇さえあれば確実にできるホラー体験である。そのときは笑ってしまったがわりと怖い体験だった。
抽象的な彫刻を溶かす
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上記の見かたを抽象的なオブジェクトに適用すると、かなりお手軽にトリップできる。これは「シンプルなかたち」展でのアニッシュ・カプーアの「私が妊娠しているとき」を10分くらい一歩も動かず(邪魔ですみません…)に鑑賞していたときに見つけた。
普段我々は形に沿って生じる線やエッジ(ワイヤーフレームがまさにそれ)、表面のテクスチャーや反射などを手がかりに空間・形状を把握しようとしている。「私が妊娠しているとき」ではそれらを極限までそぎ取って、非常に繊細で一様な影のみが落ちていて形がつかみにくい。これを少し離れたところから凝視していると影が消えたり濃くなったりしてさらに形がつかめなくなる。ただし作品の前に陣取って長時間一歩も動かないのは先述のとおり鑑賞マナーとしてはあまり好まれないと思うので、ある程度のところで…。
ゲルハルト・リヒター展で視界を溶かす
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アブストラクト・ペインティングシリーズはかなりやりやすい。
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これは錯視みたいなものだからディスプレイに写真を写しても起こせるとは思う…が、実物のほうがずっとやりやすいし迫力も大きいと思う。今試しにディスプレイでやろうとしたができなかった。
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樺(グレイ(樹皮))(6)の次には一面グレイ(7)がある。樺を長時間眺めてからすぐにグレイに移動すると、色の濃さの違いで影送りができる(グレイ一面のなかに樺の絵のかたちにぽっかり明るい四角が浮かび上がる)。眺め続けたことによって目が勝手に白い壁面と暗い作品の明度を調整するマスクをかけたことがわかる。
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カラーチャート(34)。急いで記録用に撮ったので傾いている…。これはかなりトリップにむいている。少し離れて、中央付近の1タイルだけを瞬きせずに凝視していると、他の色が消えたり、階段状に色のエッジが見えたりする。緑を見るとオレンジだけが残る。赤だけ見ていると全部消えたりする。カラーチップは平面と思いきや立体で、ひとつひとつに微妙に影が落ちているためそこにもまた変化が生じる。
動かずに凝視するもうひとつのメリットは体の平衡感覚がバグることだ。視界にかなりを依存して平衡感覚を保っていることに由来するのではないか。ふだんはあちこちに視点を移動させることでフォトグラメトリのように空間を把握しているのだと思う。その機能を一時的に停止させているせいで、そして目の前の平面が非常に大きく、ディテールを注視しているために壁全体との距離感覚が揺らぐせいで、自分の体が自然に前後に傾く。何度かコケそうになった。その感覚が作品に圧倒されているかのように感じて面白い(いや、まあ実際かっこいいのでとても圧倒されているのだが…)。
クレーでもやってますね↓
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ここは「カラーチャートと公共空間」というコーナーだった。
カラーチャートはケルン大聖堂↓
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同じ部屋に↓がある:
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コンクリート壁やんけ。ディテールの極み、具体の塊のような大聖堂にはペッカンとした抽象的なカラーチップをオリャオリャオリャと並べる一方で、こちらは忠雄建築のような壁やら天井を記号のように扱った抽象の建築を、これでもかと塗って汚してテカらせて「壁」画にしているように見え、面白いなぁと思った。
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中心付近に目っぽいのがあるので、これと睨み合いをしているとディテールがきれいに消える(碁盤と一緒)。ディテールを注視すればするほどディテールが消え、コンクリートっぽさが目の中では失われてまた抽象(施工当時の新品?)に戻っていくが、また瞬きをすればすぐにディテール(経年劣化・時間変化)が戻ってくる…という往復で色々トリップできる。リヒターは多分そんなことは意図していないとは思うのだがそれはこの際どうでもよい。
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ブレちゃったけど隣の5。安いカーペットのような断熱材のような起伏がある。ここでは勝手にカーペットとして見る。たぶんリヒターは全くそう意図していないのだが美術館まで運搬されてしまえば見る者の勝手である。すると床を眺めているのに直立しているようで、フラフラする。またこれは濃いので前後に移動するとそれだけで影送りができる。近づくと、砂嵐のようにランダムに配置されたチクチクの間でチラチラが動く。このチラチラには色がついており、たとえばシンワの15cm定規を光にあてたときのようなカラフルなノイズに見える。にらみ続けるとこの作品のディテールも消えるが、先程のコンクリート壁のディテールが全面で消えるのに対し、こちらのカーペットは(少し大きいせいなのか、ディテールが一様であるせいなのか)まだらに消える。
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これはたしか110か99か…同行者に「この左下のあたりを瞬きせずににらみ続けると少しすると画面全体がブワンブワンと波打つよ」と教えるとものの数秒で「うわっホントだ気持ち悪」と言っていたので、人によっては凝視しつづけなくてもすぐにできるようだ。
アブストラクトペインティングは波打ったり回転し始めたりという「運動」が多かった。ディテールが壁画に比べるとずっと複雑で込み入っているせいかもしれないし、明確に筆致があるからかもしれない。またその動き・流れは作品に固定で、頭の中で「これは波打たせよう」とかしても無駄だった。凝視する場所を変えたり鑑賞する角度・距離を変えればまた違うかもしれない。
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おまけ:作品を人工物として楽しむ
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おまけ:作品をコピーとして楽しむ
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misc
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どうしてトリップできるのか
全くの素人なのでわからない。なんとなく自分を納得させるために考えているのはいくつかあるが…。