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創業7年目Nature Architectsの社長を辞任します。研究者から事業をつくるまで。

はじめに:社長を辞任→新会社設立

突然ですが、私、大嶋泰介はNature Architectsの代表を辞任し、AIによる偽情報から社会・脳・命を守り活用する株式会社Humanity Brainを創業することとなりました。今後も、創業者兼顧問としてNature Architectsを支援してまいります。
(Humanity Brainの詳しい事業内容についてはこちらをご覧ください

このNoteの概要

創業7年目を迎えたNature Architectsはこの2年で急速に事業が拡大しました。現在では自動車産業や防衛産業を中心に、製品開発の根幹に関わる重要な設計課題を支援解決する企業にまで成長しました。本記事では、研究者時代から現在に至るまでの私個人とNature Architectsの歩みを振り返ります。この記事がディープテック領域で新たに起業を目指す方や、当社に興味を持つ方にとって有益な内容となることを目指しています。

また、シリーズBで10億円以上を調達したNature Architectsにとって、代表辞任は容易な決断ではありませんでした。この決断に至るまで、私がどのように考え、学んだのかについても共有したいと思います。また、この決定を理解し、次の挑戦を後押ししてくださったNature Architectsの株主の皆様、役員や社員、業務委託の関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

辞任の経緯と理由

Nature Architectsの代表を辞任する理由は2つあります。
1. 会社が急成長し、代表に求められる役割が変化したため
2. 全く新しい挑戦のために新会社を設立するため

直近の急激な成長と役割の変化

創業当初から私は、技術と事業の両面を見ながら技術開発の戦略決定を行い、アウトリーチやトップ営業を行ってきました。初期は技術思想を広め、世の中のニーズを探索する役割を担っていました。その頃の設計理念を示す動画やプロトタイプを通じて一定のインパクトを残せたと感じています。

ここ1〜2年は、大企業の役員へのトップ営業を行い、関係を深めることで多くのプロジェクトを始動させ、全社員が一丸となりプロジェクトを推進しました。その結果、当社は急成長を遂げ、売上は2.5倍、今年度はさらに3倍程度の成長を見込むまでに至りました。また、自動車の完成車メーカーや重工業(防衛産業)など、日本の基幹産業を支える大手企業との密な協業を始めることができました。

代表の役割の変化

これらの事業成長に伴い、Nature Architectsの代表には、技術と事業の両側面を探求する役割から、顧客の課題を解決する技術を着実かつ大胆に考案し、具現化する能力が求められるようになりました。新しい代表には、技術開発をリードし顧客とのプロジェクトを先導してきた須藤海さんが適任と判断し、さらなる飛躍を目指すために代表を任せる決断をしました。

代表辞任の実情

Nature ArchitectsはシリーズBを終え、10億円以上の資金調達を完了しています。このように一定規模の資金調達を実施した企業の代表を辞任することは、決して簡単な意思決定ではありませんでした。1年間悩みながら、役員と長時間にわたって率直な議論を重ねて辞任を決断しました。

代表としての役割が変わったと感じたのは約1年前のことです。自らが代表として会社を成長させる責任を感じながら、同時に自分以外の人物が代表として適任ではないのかという思いが交錯していました。一方で、以前から興味を持っていたテーマに対する関心が強まりました。たとえば、SNSやアテンションエコノミーが人間の認知機能に与える影響、生成AIによる偽情報や大衆操作の問題など、急速に発展するAI社会の課題解決に興味が増していったのです。

新会社設立への思い

私はNature Architectsを上場させた後に、自分の興味に基づいて新しく人類の課題に挑戦する事業を始めようと考えていました。しかし、社会の変化が急速に進む中で「今こそが新たな事業を創業するタイミングではないか」感じることが増えました。

このような状況下でNature Architectsの代表を続けることは、株主や役員、社員、そしてクライアントに対して誠実ではなく、十分なパフォーマンスも発揮できないと考え、全ての関係者に丁寧に説明した上で代表辞任を決断しました。この決断を理解し受け入れてくださった株主や役員、社員の皆様に心から感謝しています。なお、私は創業者兼顧問として今後もNature Architectsを支援し続けますので、引き続きよろしくお願い致します。

国内外の社長辞任の事例

代表辞任に際し、複数の経営者の友人や知人に話を聞きました。そこで共通していた認識は、国内ではまだ少ないものの、海外ではゼロから市場適合までの段階と、その後の拡大フェーズで社長が交代することは珍しくないということでした。とはいえ、株主から預かった資金で会社を成長させる責任のある代表が辞任するのは決して簡単なことではありません。新しい経営陣にも適切なインセンティブを提供する必要があり、個人の目標と会社の成長の両方を考慮して役員や株主と丁寧にコミュニケーションを重ねた結果、Nature Architectsは更なる飛躍を、私は新しい挑戦をスタートさせる準備が整いました。

創業前からNature Architectsを振り返る

最後に、Nature Architectsの創業前から現在までを振り返り、どのような考えで事業を進めてきたのかを振り返ります。ディープテック企業を立ち上げようとしている方々にとって参考になればと思いますし、それ以外の方にもNature Architectsに興味をもつきっかけになってくれたらと思います。

創業前の研究者時代

Nature Architectsを創業する前、私は東京大学の博士課程でメカニカルメタマテリアルやコンピューテーショナルデザインの研究に取り組んでいました。研究のスタートは、木の板にスリットを入れるだけで、特定の方向に柔軟性を持たせる加工法「Kerf Bending」に出会ったことです。Kerf Bendingに触れることで、弾力などの物理現象を加工パターンで制御し直接設計することができると直感的に確信しました。また、こうした物理現象を制御する取り組みは新しい研究領域となるであろう可能性を感じていました。

画像引用:https://drevmag.com/cs/2017/10/08/dukta-flexible-wood-flexibilita-design-akustika/

博士課程1年目には、Kerf Bendingによって生じる弾性特性(柔軟性や破壊せずに曲がる角度など)を数理モデルで表す研究を進めました。

Taisuke Ohshima, Tomohiro Tachi, Hiroya Tanaka, Yasushi Yamaguchi "Analysis and design of elastic materials formed using 2D repetitive slit pattern", Proceedings IASS 2015

その後は、ひとつの方向に曲がるだけではなく、より自由な局面に変形できるパターンの考案や、特定の変形にのみ柔軟性を持つ構造の研究を行いました。これらの研究は、2次元構造(平面を押し出して造形できる形状)などの加工容易な形状から多様な物理特性を生み出し、物理現象を拡張できるか?という問いから始まりました。

Taisuke Ohshima*, Miyu Iwafune*, and Yoichi Ochiai. 2018. Coded Skeleton: Shape Changing User Interface with Mechanical Metamaterial. In SIGGRAPH Asia 2018 Technical Briefs (SA '18). ACM, New York, NY, USA, Article 11, 4 pages.

創業当初の仮説

2017年にNature Architectsを創業した際、私は「コンピュテーショナルデザインやメタマテリアルは製造業に必ず必要であり、価値を生み出すことができる」という仮説を持っていました。その時、参考にした企業の一つが、Evoluteという幾何学とコンピュテーショナルデザインを用いて建築設計を支援する企業です。彼らの技術は、自由な形状を持つ建築物において、デザイン性と施工性を両立させる最適化アルゴリズムであり、私の研究とも技術的に深い関連性を持っていました。

https://www.evolute.at/consulting-en/overview

この画像はザハ・ハディドによる東大門デザインプラザです。自由な曲面から構成される外壁は全てが異なるパネルで埋め尽くされてしまうと、莫大な施工コストがかかります。Evoluteはできる限り少ない種類のパネルでザハの意匠性が担保された形状を最適化アルゴリズムによって導き出す設計ソフトウェアを実務に導入し、意匠性と施工性を両立する建築を実現させました。

東大門デザインプラザ、引用:https://www.united-bim.com/3-remarkable-bim-projects/

メタマテリアルの研究は、マイクロ構造(局所的な形状)とそれによって実現されるマクロな物理特性の関係性を数理的に理解し、アルゴリズムによって設計可能にする、数理と設計手法の研究と言えます。最適化アルゴリズムや幾何学をベースにしている点で彼らの技術領域は私の研究にも類似しており、すでに研究成果が応用された建築が実現していたことに驚きました。

Evoluteは施工性や意匠性場合によっては構造的な強度まで建築にまつわる、分業を統合することで全く新しい建築を実現していました。この視点は建築業界だけでなく全ての製造業に応用できる汎用的な技術理念だと感じました。そこから、全ての製造業で、「意匠性、工学的な性能評価、製造性をこンピューテーショナルデザインで統合し、メタマテリアル概念を応用することで全く新しい製品が開発できないか」という問いを立て、Nature Architectsを創業しました。

創業初期の探索期:メタマテル企業から製造業設計支援へ

創業当初は、仮説をもとに技術を素早く開発し、市場の反応を見て検証を繰り返していました。最初の成果は、Kerf Bendingを活用した大手町Inspired Labの内装設計で、形状の自由度と製造性を両立させる手法を開発しました。

大手町ビルジングのInspired Lab

Nature Architectsの設計手法のポテンシャルを表現した関節から骨、表面の柔軟性を単一材料で組み立てをせず*実現した腕を発表しました。

この当時は3Dプリンタを前提としたラティス(格子構造)とも呼ばれるメタマテリアル構造の可能性を探索し、国内の3Dプリンタ企業との協業を模索していました。

しかし、当時は3Dプリンタを前提にしたメタマテリアルの可能性も模索していましたが、量産コストの課題があるため、振動制御など物理現象に特化したソリューションを提供する事業を模索するようになりました。

自動車業界を主力事業に

2年ほど前、COOの木内さんの参画をきっかけに、自動車業界に事業を注力することを決断しました。自動車業界は市場規模が大きく、特に日本の基幹産業でもあります。また、開発費用を十分に負担できる企業が集まっているのも自動車産業の特徴です。技術の汎用性は高いものの、どのような課題を解決できるかが明確ではないという状況を打破するため、特定の業界に注力し、クライアントの課題を理解した上で、それを解決するための技術を迅速に開発する方針に舵を切りました。

潮目が変わった展示会

半年ほどクライアントワークを続けることで、自動車業界の設計課題が少しずつ理解できるようになってきました。そこで変形・振動・熱を制御する設計ソリューションを自動車の技術展示会である「人とくるまのテクノロジー展」に出展しました。その結果、大きな反響を得ることができ、大手完成車メーカーとの協業が次々と始まりました。

詳しくはこちらを参照ください

また、自動車産業だけではなく、防衛領域においても装備品を開発する複数の大企業とコミュニケーションをさせていただく機会に恵まれ、今年度からいくつかのプロジェクトを開始することができました。

2023年4月にはA-POC ABLE ISSEY MIYAKEと新代表の須藤 海さんが行ったプロジェクトを発表しました。1枚の布に熱を加えるだけで、球体やジャケットなどあらゆる立体に変形させるための設計技術を確立し、世の中にインパクトを与えられたと考えています。

引用:https://nature-architects.com/blog/1061/

成長の鍵は何か?

受託は悪か?

振り返ると、Nature Architectsが大きく飛躍できた理由は、顧客の課題を丁寧に理解し、それに対する技術開発やソリューションの提供を迅速に行ったことにありました。この方向に舵を切ってから、売上が年々急速に増加し、製造業における当社のポジションや技術開発の方向性も明確になってきました。

スタートアップの世界では、受託ビジネスは好まれないことがあります。その理由は、事業の成長が従業員数に依存し、爆発的な成長が難しいとされるからです。しかし、ディープテック企業の初期フェーズにおいては、受託ビジネスは必ずしも悪ではないと私は考えています。汎用的な技術やソリューション(例えばAIなど)を持つ企業にとって、顧客の課題に直接取り組むことが技術の適用範囲を効率的に見定めることができるからです。

ディープテックスタートアップは、技術の汎用性はあるものの、顧客課題とのマッチングや市場の見極めが難しい場合が少なくありません。自社のソリューションの適用範囲を明確にした上で、受託を通じて顧客の課題を解決しつつ、同時に自社の技術開発も高速に進めることが、業界理解を深める最適な方法だと私は考えています。

受託企業の弱点をテクノロジーで克服する

受託ビジネスの弱点は成長が従業員数に依存してしまう点です。しかし、工数をAIやアルゴリズムで自動化・効率化することで、人にあまり依存しない事業をつくることができます。Nature Architectsでは、通常は二桁以上の従業員で行う開発業務を社内の独自プラットフォームで統合し、3〜4名でプロジェクトを遂行しています。通常、設計と解析の業務は異なる部門で行われ、部門間のコミュニケーションに時間と労力がかかりますが、当社では設計と解析のフローを高度に統合し、コストを極限まで抑えています。さらに独自の構造ライブラリを活用することで、クライアントの困難な設計課題も解決の方向性を打ち出し具現化することが可能とします。これにより、単なる受託企業ではなく、製品の根幹に関わる重要な設計課題を上流から解決できる企業へと進化しつつあります。

汎用ソリューションを目指すスタートアップの勝ち筋

AIのような汎用的なソリューションを持つスタートアップの多くは、受託から事業をスタートさせ、顧客の課題を深く理解し抽象化することで、新しい技術でしか解決できない新領域を見つけ出し、ソリューションを開発して事業を成長させてきました。Nature Architectsもまさにこのパターンで事業の成長の糸口を掴みました。

創業当初の仮説を検証する

創業時に掲げた「コンピュテーショナルデザインやメタマテリアルは製造業に不可欠であり、どのように価値を生み出すか?」という問いは、事業の成長過程で答えが見えてきました。製造業の分業プロセスをソフトウェアで統合・効率化し、設計の基盤となる構造ライブラリ(メタマテリアルもこのライブラリに含まれます)を活用することで、設計開発を上流から支援し、顧客が直面する難題を解決できるようになってきました。

創業当時の問いはポジティブに解決されつつありますが、これからのさらなる成長には新たな困難と挑戦が待ち受けているでしょう。私は創業者兼顧問という立場から、引き続きNature Architectsを支援していきます。

反省・感謝・挑戦

Nature Architectsでの7年間は、非常に刺激的で充実した時間でした。研究者だった私は、製造業の開発現場に多くの情熱を持って挑戦する方々がいることを知りました。世相を反映する「最先端の顧客課題」を解決するために、「最先端の技術」を事業視点で再構築し、価値を提供することはスタートアップの醍醐味を経験し学びました。

また、チームビルディングの厳しさや楽しさも経験しました。これはある起業家の先輩の言葉で、「創業社長は自分の良いところも悪いところも全て事業で跳ね返ってくる特権的な職業です」というものがあります。まさに、Nature Architecrtsで経験した7年間は良い部分も悪い部分も事業に反映され結果として現れてきた実感があります。この経験から学び再び創業社長として新しい会社Humanity Brainでも挑戦をします。

創業から辞任に至るまで、株主や顧客、役員、社員、業務委託、そしてSNSで応援してくださる皆様のおかげで、ここまで代表を務めることができました。本当にありがとうございました。そして、代表辞任と新たな挑戦を受け入れてくださった株主、役員、社員の皆様に改めて感謝いたします。また、この決断に至るまで相談に乗ってくれた友人や、エグゼクティブコーチングの専門家、そして家族にも心から感謝しています。この経験を次の挑戦に生かし、恩返ししていきたいと思います。新たな挑戦についてはこちらに詳しく記載していますので、興味のある方はぜひご覧ください。


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