新疆政策、経済発展重視に転換か─現地視察の習主席「反テロ」触れず
中国の習近平国家主席(共産党総書記)は8年ぶりに西北地方の新疆ウイグル自治区を視察した。習氏は経済発展と社会安定の重要性を強調したが、「反テロ」や過激な民族思想・宗教対策には言及しなかった。イスラム教徒の少数民族であるウイグル族に対する極端な弾圧が現地社会を動揺させ、国際社会で強い非難を浴びたことから、経済発展重視の政策に転換したとみられる。
■「安定維持工作を法治化」
習氏は7月12日から15日にかけて、新疆自治区のウルムチ、トルファン両市などを訪問した。同16日付の党機関紙・人民日報は視察の要点として、習氏が「社会の安定と恒久的平安の総合的目標をしっかりととらえ、改革・開放を全面的に深化させ、質の高い発展を推進し(新型コロナウイルスの)感染対策と経済・社会発展の両立を図る必要がある」と述べたと伝えた。
習氏はその他に次のように語った。
一、新疆は経済圏「一帯一路」の「シルクロード経済ベルト」核心区建設を推進し、対外開放の大通り建設を加速しなくてはならない。
一、トルファンは自然に恵まれているが、経済・社会の発展と生態環境保護の関係を正確に処理して、文化と観光の融合発展を推進していく必要がある。
一、安定維持工作の法治化と常態化を進める。新疆に関する対外宣伝を多層的、全方位、立体的に展開していく。
一、イスラム教中国化の方向をよりしっかりと堅持し、宗教を社会主義社会に適応させていかねばならない。信者である大衆の正常な宗教上のニーズには応える必要がある。
一、発展と安定、発展と民生、発展と人心の密接な関係を深く認識すべきだ。質が高い経済発展を加速させ、特色があって優勢な産業を育て、就業者を吸収する能力を増強しなくてはならない。
国営中央テレビは15日夜のニュース番組を通常の30分から50分に大幅延長し、トップニュースとして33分にわたって習氏の新疆視察を詳報。習氏が視察先の関係者や住民から拍手を浴びるシーンを何度も放映して、現地が平穏であることを強調した。
■自治区トップ交代が転機に
昨年8月の中央民族工作会議では、習氏は「民族分野の重大なリスク」としてイデオロギー問題を提起し、「民族分裂、宗教極端思想の流す毒」を取り除き、国際的な反テロ協力を強化すると強調。新疆自治区政府が今年3月、北京で行った記者会見でも「反テロ」を主要テーマの一つとして取り上げていた。
しかし、公式報道を見る限り、習氏は今回の新疆視察でこれらに全く触れなかった。治安対策を意味する「安定維持工作」には言及したが、「法治化と常態化」の必要性を指摘した。これまでの施策では、一党独裁下の「法治」の基準からも外れる恣意的な突発的措置が多かったためとみられる。
人民日報は7月17日にも習氏新疆視察の詳報を1面トップにしたが、これにも「反テロ」の記述は皆無だった。表題は「わたしは一貫して新疆の建設・発展に関心を寄せている」だった。
中国の政治情勢を詳しく伝える香港各紙は「新疆における集中的な反テロが一段落したということだろう」(明報)、「新疆の主旋律は反テロから発展に変わった」(星島日報)などと指摘した。
新疆では、トップ(自治区党委員会書記)の陳全国氏が保守的な習氏の意向に沿って、ウイグル族を徹底的に弾圧していたが、陳氏は昨年12月、米国で新疆産品の輸入を禁止する新法が成立した直後に同書記の職を突然解かれ、異動先は公表されなかった。
後任の書記となった馬興瑞・前広東省長は、国政諮問機関の人民政治協商会議(政協)主席を務める汪洋氏(序列4位の党政治局常務委員)が広東省党委書記時代に工業・情報化省から広東に引っ張ってきたテクノクラート。汪氏は胡錦濤前国家主席や李克強首相と同じ共産主義青年団(共青団)出身で、改革派として知られる。
■路上のチェックポイント廃止
汪氏は今年3月に新疆を視察した際、「民生改善、団結増進」と同時に「法律・規定に沿った反テロ・安定維持工作」を指示した。陳書記時代のテロ対策は法律・規定に反していたということだろう。
汪氏は7月15日に開かれた閣僚級幹部の民族・宗教工作研究班座談会でも、同工作について「少し成果を上げたからと言って偉そうにしたり、一部を知っただけで全体を分かったと考えたりしてはならない」とくぎを刺した。近年の粗雑な少数民族政策に不満があったように聞こえる。
陳氏は6月になって、党中央農村工作指導小組の副組長に転じていたことがようやく公表された。現職の党政治局員としては通常あり得ない閑職である。
中国共産党政権は漢民族中心の独裁体制なので、少数民族に対する警戒や抑圧がなくなることはないだろう。だが、新疆の場合、習氏の強硬路線が行き過ぎて、内政・外交の両方に支障を来したことから、党中央は現地トップに責任を押し付けて更迭し、政策を調整したとみられる。
7月20日付の星島日報によると、新疆では書記が交代してから、通行車両を調べる道路上のチェックポイントや警備拠点が次々に廃止されている。自治区政府報道官も同紙に対し、「かつて多発したテロ活動は効果的に封じ込めた。社会の安定に関する情勢の変化や経済・社会発展の必要に対応するため、新疆の一部の地方では警備センターやチェックポイントについて適切な調整と改善を行っている」と説明した。
メロンで有名な新疆・クムル(哈密)を6月に旅行した青島(山東省)在住の香港人は「街中は落ち着いた雰囲気だった。空港にも銃を持った兵隊や警官はいなかった」と語った。
また、中国メディアによれば、「中国で最も美しい道路」といわれる天山山脈の道路はこのところ、観光客が増え過ぎて車の渋滞がひどく、100キロを走るのに8時間かかることもあるという。(2022年7月25日)